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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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睡蓮の間にて

玄関を通った先にあるエントランスも、広く豪華でした。

窓が多く明るいからでしょうか?広くても、寒々しい空気はありません。


「『睡蓮の間』を御用意しております。こちらへどうぞ。」

執事と思われる、品のある初老の使用人が母に語りかけました。


「懐かしいわ、オイゲン。この家にずっと尽くしていてくれたのですね。」

と母が言うと、執事は深く頭を下げました。肩が僅かに震えていました。


「『睡蓮の間』は、複数ある応接室の中で一番格の高い部屋なの。」

廊下を歩きながら、母が私と姉にそう囁きました。


『睡蓮の間』に入って、どうしてこの部屋が『睡蓮の間』と呼ばれるのかわかりました。

貴族の家の応接室は、大抵壁に絵が飾ってあります。でも、この部屋に飾ってあるのは一枚の大きなタペストリーでした。パッチワークのそのタペストリーは、満開の睡蓮が咲き乱れる風景を描いた物でした。透明な水すらも、布の組み合わせで美しく表現されていて、縫い込まれた銀糸が、反射する光を見事に表現しています。息を飲むほどに美しいタペストリーでした。

騎士達のローブに睡蓮の花が刺繍されていた事から考えても、シュテルンベルク家にとって睡蓮は何かの意味のある花なのだと思われます。


ソファーは座り心地が良く、そこに座って見える窓の外には、色とりどりの花が咲いています。ここが最も格の高い応接室だという理由がわかる気がしました。そこに招き入れてくださったのは、最大級の歓迎の証しなのでしょう。


お互いの自己紹介をしている間に、訓練された動きの使用人達が素早くお茶やお茶菓子の用意をしてくれます。時刻は正午過ぎで、昼食をまだ食べていないのでお腹が空いています。大皿に盛られた大量のサンドイッチを見るとますますお腹が空きました。


サンドイッチだけでなく、フルーツのタルトやチェリーパイ、カメの形をしたパンや可愛らしい形のクッキーも並べられました。甘いものだけでなくチーズやナッツ、カットされたオレンジや瑞々しいさくらんぼも皿に並べられています。見た事の無い変わったお菓子も並んでいます。豪華な茶菓子に嬉しくて一瞬泣きそうになってしまいました。

おいしそうなお菓子が並んだから嬉しいのではありません。精一杯豪華にもてなしてくれようとするその気遣いが嬉しかったのです。


「女性の好むお菓子がよくわからなくて、だからお菓子はアルベルに用意してもらったんだ。ニルス君もたくさん食べてね。」

とリヒャルト卿が言われます。しかし、ニルスは食欲よりも緊張が先に立っているらしく、母親の側でうつむいています。

執事が、トングで皿にサンドイッチやお菓子を盛り、ニルスの前に置きました。ニルスが母親を見てそれから祖母を見ます。お母様が

「ニルス。ご厚意なのだから頂きなさい。」

と言うと、ニルスは顔を輝かせてサンドイッチを手に取りました。


侍女達が私や姉や母の前にもサンドイッチやお菓子をのせたお皿を置いてくれます。私はサンドイッチを手に取りました。


サンドイッチはジャムサンドです。さくらんぼのジャムのようです。果物の甘い香りと砂糖の甘さが口の中で溶けて行きます。

パンも甘く柔らかく、数回咀嚼するだけで飲み込めてしまいます。


「おいしい!」

とニルスも満面の笑顔です。


「良かった。」

とアルベルティーナ叔母様も嬉しそうに微笑まれました。


「カロリーネ叔母様もいてくださったら良かったのだけれど。」

ティーカップを口に運びながらアルベルティーナ叔母様が言われます。


「数年前までは、王都にあるエーレンフロイト家の別邸に住んでおられたの。でも、体を壊されて温暖な海の側に引っ越されたのよ。お姉様が王都に戻って来られると連絡があってすぐに、叔母様に連絡をしたの。でも、王都から海の側の街までは三日かかるから、叔母様がどんなに急いでも、王都へ戻って来られるには六日かかるわ。」


という事は『叔母様が会いたがっている』云々の手紙はウソですか?

その叔母様が夫を亡くされた後は、アルベルティーナ叔母様が面倒を見ておられたようです。優しい方なんだな、と思いました。


それにしても、早くて六日ですか。フェルミナ様の事を相談したかったのに、相談できるのは早くて六日後という事です。

ティナーリア様には十日以内に帰ると約束を致しました。まだ一日しか経っていませんから日にちには余裕があります。でも、カロリーネ大叔母様の体調次第では六日以上かかる可能性もありますし、来られないという可能性もあるのです。

そうなれば、別の方法を考えなくてはなりません。


「ニルス君は何歳なの?」

とアルベルティーナ叔母様が聞かれます。


「ニルス、お返事なさい。」

「五歳です。」

「まあ、そうなの。うちには三人子供がいるのだけれど、一番下の子は三歳なのよ。仲良くしてやってね。」

叔母様は笑顔ですが、こちらには拒否権の無い命令です。勿論ニルスは、空気の読める礼儀正しい子供なので

「わかりました。」

と答えました。


「お子様が、まだ小さいのですね。」

と姉が言いました。

「一番上の娘は、もう成人しているのだけど・・。」

叔母様が目を泳がせながら言われます。


ブラウンツヴァイクラントでもヒンガリーラントでも、成人年齢は十五歳です。


「そうなのですか。是非仲良くさせて頂きたいです。」

と姉が言うと

「やめといた方がいいわ。」

と叔母様言われました。何故?


「どうしてだい?三大陸一立派な娘なのに。」

「リヒト。あなたの目は節穴なの?」

「ちゃんと、脳の奥まで繋がっているさ。あんな賢い娘がいるものか。」

「女に賢さは必要無くってよ。」

「私は気の遠くなるような愚かな女性より、賢い女性の方が好きだけどね。」

「あなたの趣味は特殊なのよ。」


「リヒャルトさんにも息子さんがおられるのですよね?」

と母が聞きました。

「リヒトと呼んでください。そうなんですよ。一人息子なのですが・・・。」

「お姉様ったら、聞いてはいけない事を。これから自慢話が一時間くらい続きますよ。親バカだから。」

「自慢の息子を自慢して何が悪い。あの子は・・・。」

「ニルス君。さくらんぼおいしい?この家の庭で穫れた物なのよ。果物は当たり年と裏年というのがあって、今年は当たり年だったの。だからたくさん穫れたのよ。数が多い分実は小さめだけど、春先に雨が少なかったから甘く実ったの。良かったら残りの実を摘みに行ってね。」

「人の話のコシを折るな!」


叔母と甥という関係性ですが、お二人は年が近い分実の兄妹のように仲が良いようです。


微笑ましい光景ですが、行方知れずのお兄様の事を思い出し苦しい気持ちになりました。

でも、王都にはブラウンツヴァイクラントの大使館もあります。亡命して来ているという貴族の方もいるでしょう。もしかしたら何かお兄様の情報が手に入るかもしれません。


カロリーネ大叔母様が王都に来られるまで、ただ無為に過ごすのではなくできる事をしていこうと心に決めました。

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