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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)

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星の山

ところが。


タングラムパズルは意外なほど難しかったのです。

紙に描かれた図形と同じ形を作ろうにも、どこかが欠けたりはみ出たりします。私は一番簡単な図形一つだけしか作る事ができませんでした。


「一番簡単なのしかできないわ。」

「私もよ。」

と、姉が言いました。ところが。

姉が作っていた形は私が作っていた物とは別の形でした。私達はお互いに「えっ⁉︎」という顔をしてお互いが作った図形を見ました。


「できた。」

とニルスが言います。ニルスが作っていたのは私とも姉とも違う形です。


「すごいです、ニルス様!三個目ですね。」

とセラが言いました。

私が作った図形と姉が作った図形と、更にもう一つを早々と作っていたようです。

「ニルス様は天才かもしれません。」


「まあ、大げさね。」

と姉が苦笑いします。

「でも、お二人は一つしかできていないではありませんか?」

「・・・・。」


私は手元の板をまた色々と動かしてみました。しかし、どうしてもわかりません。


「本当に、この紙に書いてある図形全部ができるの?」

「はい。」

「セラさんは全部作れるの?」

「私自身は四つしか作れませんでしたが、私の夫は20個全部作りました。だから、どうすれば出来上がるのか答えは一応知っています。」


・・・・。

結局、私はどうしても分からず10分後にギブアップしました。その横でニルスは四個目の図形を完成させました。


真剣な目をしてパズルを動かすニルスを見ていて、セラの優しさに胸が温かくなりました。

小さな子供に船旅は退屈だろうと気を使って遊び道具を用意してくれていたのでしょう。そんな気遣いの気持ち、ネーボムク男爵には100分の1もありませんでした。

優しいヒンガリーラント人もいるんだ。

当たり前の事に今頃気が付きました。


「セラさんの故郷ってどういう所なの?」

と私は聞きました。

「リナ様。私の事は呼び捨てにしてくださって構いません。私の故郷は、シュテルンベルク領です。ヒンガリーラントで最も南東にある領地で森や川や滝、それに広大な山々がある自然豊かな美しい場所なんです。」


『シュテルンベルク』


『星の山』という意味です。

美しい名前の土地です。きっとその名の通り美しい土地なのでしょう。


「聞いた事がある名前だわ。確か昔『聖女様』がいた土地なのよね。」

「はい!初代伯爵夫人が『聖女エリカ様』です。」

そう語るセラの頬は僅かに紅潮し、とても誇らしそうでした。


微笑ましい。と、思うと同時に寂しくもなりました。

私にはもう、故郷がないのです。

美しい故郷を持つセラが少し羨ましくなりました。


船はそして私は今、流れに逆らって進んでいる。王都へと向かっている。でも、それが全て無駄になるかもしれない。努力をすれば必ず望んだ結果が出る。などというのは夢物語です。どれだけ努力したって無駄な事もあるのです。私と元夫の結婚生活のように。


あの人は今、どうしているのだろう?

と、ふと思いました。

しかし、急いで私は考えを払いのけました。あんな奴の事を考えたって何にもならない。私が気遣って差し上げなくてはならないのはフェルミナ様やティナーリア様、それにアリゼやクオレ達なのです。皆の為にも王都で助けになってくれる人を探さないといけないのです。


「そろそろ夕ご飯を頂きましょう。」

と母が言いました。しかしニルスは聞こえていないようです。そのくらいパズルに集中しているのです。


「ニルス。」

と言って、姉がニルスの肩を叩きました。


「食事にしましょう。遊ぶのは、またその後でね。」

「はい。」

ニルスはまだ遊んでいたかったようですが、ローテーブルの上に食事を並べると目を輝かせました。


船酔いで体調の悪かったベルダも、セラにもらった薬を飲んで横になったら調子が良くなったみたいです。

お皿やコップが無いので困ったな、と思っていましたが、セラが自分の荷物の中から人数分のピューターのお皿とコップを出してくれました。何から何まで、本当にセラには感謝です。

セラも自分の分の食べ物は用意していたので、一緒のテーブルで食べる事にしました。

セラは恐縮していましたが、母が強く勧めたのです。


「おいしいー!」

腸詰を挟んだパンを口いっぱいに頬張り、満面の笑顔でニルスはそう言いました。あまりお行儀が良くはありませんが、誰も何も言いませんでした。

私もパンをちぎって口に運び、シードルを飲みました。腸詰ってこんなおいしかったんだ。と思いました。久しぶりにお酒を飲んだからでしょうか。急に涙が溢れそうになりました。


明日がどんな日になるかはわかりません。でも、今この瞬間のささやかな幸せを大切にしよう。と思いました。



翌朝。目が覚めると陽はかなり高く昇っていました。

寝心地の良いベッドで、ネズミに怯える必要のない部屋で熟睡して寝坊してしまったみたいです。

慌てて起き上がりましたが、もう一つのベッドで姉はまだ眠っていました。


私は急いで着替えて居間に行きました。

ニルスはもう起きていて、タングラムパズルに没頭しています。その様子を微笑ましいという表情で母とベルダとセラが見守っています。


「おはよう、リナ。」

「おはようございます。すみません、寝坊しました。」

「別にいいのよ。疲れが溜まっていたのでしょう。でも、そろそろ朝ごはんにしましょうか。エマを起こして来てくれる?」


「リナ叔母様。僕ね。新しい形が二つもわかったんだよ!」

ニルスが嬉しそうに私に報告しました。

「そうなの?すごいわ、ニルス。」

そう言ってから私は姉を起こしに行きました。


窓から差し込む光が船の中の部屋を明るく照らしています。

今日は良い天気になるだろう。そう思いました。

『聖女エリカ』様がどういう人だったのかは、『侯爵令嬢レベッカの追想』の第二章の『聖女エリカ』という話で詳しく書いています

読んだ事無いという方、読んだけれどもう忘れたという方は、ぜひもう一回読んで頂けますと、とってもとっても嬉しいです(⌒▽⌒)

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