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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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トンネルをぬけて

向かう方角が違う。という事にぞっとしました。確かに、街を囲う城壁のすぐ向こうにはそびえ立つ山が見えます。何の為に山に向かうのか、私は姉やベルダと顔を見合わせました。


今、馬車は門を出る手続きの為止まっています。母は馬車のドアを開け、ドアのすぐ近くにいた護衛に声をかけました。


護衛は二人います。一人は初老の男性で、もう一人は私や姉と同世代の女性です。


「北門ではなく、西門を通るのはどうしてかしら?」


答えてくれたのは、若い女性の方です。


「以前は、この街から王都に向かうのに、北門を出てその先に伸びるテスア街道を通ってフェルゼ河に向かっていましたが、五年前にエルフェリー山にトンネルが開通し、そのトンネルをくぐるとすぐフェルゼ河に着けるようになりました。そこから船に乗れば、一日で王都に着く事ができます。」

「そうなの。便利になったのね。」

と母は言いました。私も驚きました。トンネルを作るというのは大事業です。ネーボムク男爵領の為にトンネルを作るなんて、ネーボムク男爵という人はそんなにもヒンガリーラントで影響力のある方なのでしょうか?

私がそう言うと、母は仰天するような事を言いました。


「この街はネーボムク男爵の領地ではありません、王室直轄領の別荘地です。子供の頃姉と一緒に来た事があります。」

「ええっ!」

「あの屋敷はネーボムク男爵の別荘でしょう。あるいは貸別荘を借りているかです。」


あの詐欺師!

と腹が立ちました。


どうりで、貧乏そうな男爵家の領地にしては綺麗過ぎる、と思ったのです。


城門をくぐり、馬車は進みます。そして10分程で、また止まりました。


レーリヒ卿が、外から馬車のドアを開けました。


「失礼します。トンネルを通る前に通行税を払うので、兵士による人数確認があるのです。」


レーリヒ卿の後ろに鎧姿の兵士がいて、「中の人数は申請通り五人ですね」と言いました。

その後、隠れている人間がいないか調べる為でしょう。荷物室のドアを開けて兵士が中を確認していました。


「通行税はいくらなのですか?」

と私はレーリヒ卿に聞きました。


「人間一人につき金貨一枚、馬一頭につき銀貨50枚です。」


高い!

と思いました。


トンネルは、工学と数学の結晶です。掘るのには、大変な人手と日数、準備とお金がいった事でしょう。そして作った後も継続的なメンテナンスがいります。兵士達の給料だって確保しなくてはなりません。そうであるとしても高額です。


ブラウンツヴァイクラントには、金貨は小金貨と大金貨があります。小金貨は、だいたい庶民の一ヶ月分の賃金です。大金貨の方は、貴族や大商人以外の人間が目にする機会はまずありません。

ヒンガリーラントの物価がどれくらいなのかはわかりませんが、金貨の価値がそれほど違うという事はないでしょう。


レーリヒ卿に、従僕の方が四人、護衛が二人、私達が五人。全員で十一人です。それに、馬車を引く馬が二頭、従僕と護衛の方が乗る馬が五頭、合計七頭います。かかる費用の額にくらっときました。


しかし、従僕の方は

「では、金貨14枚と銀貨50枚こちらに。」

と言って、小さな袋を兵士に渡していました。


「良い旅を。」

と兵士が言ってくれました。レーリヒ卿が馬車のドアを閉め、馬車は再び動き出しました。馬車はトンネルの中を進んで行きます。


「お母様。ヒンガリーラントの金貨はどれくらいの価値があるのですか?」

「ブラウンツヴァイクラントの小金貨とほぼ同じですよ。」


という事は、このトンネルを通る為だけに、庶民の年収一年分以上が消えたのです。その費用は最終的に誰が持つのでしょう?

トンネルは広々としていて、たくさんのカンテラが灯され明るかったです。『黄金の道だわ』と内心で思いました。


トンネルは短く、一分かからず外に出ました。出た場所は丘の上で、眼下には広々とした平野と巨大な大河がありました。

「あの河を上流に上るのよ。」

と、母は言いました。


私達は、河の側の河の駅にやって来ました。駅はそれなりの大きさですし、周りにはホテルやレストランなどたくさんの店があります。

船は既に到着しています。しかし、水や燃料を積む為出発は一時間後になるとの事でした。


『ボーッ!』という大きな音が、周囲に響き渡りました。停まっている船は蒸気船なのです。確かに上流へ向かうのですから、何らかの動力が必要です。しかし、海の無い国で育ち、池に浮かぶボートしか見た事の無い私には衝撃の大きさと科学力でした。認めたくありませんが、ヒンガリーラント人はブラウンツヴァイクラント人よりも賢く、国も豊かなのでは?と考えさせられます。今までネーボムク男爵の所で、貧しい暮らしをしていたので、心のどこかでこれがヒンガリーラントの『普通』なのだろうとヒンガリーラントを下に見ていたのです。


そう思う私は今、河の駅の中の談話室にいます。そこで、暖かいお茶を頂いているのです。席についているのは、私と母と姉とニルスとベルダです。ベルダは同じ席に着く事に恐縮していましたが母が無理に座らせました。レーリヒ卿は、船に荷物を積み込みに行っています。


駅のスタッフが淹れてくれたお茶は蜂蜜を入れなくても甘く感じるほど上等な物でした。なのに

「蜂蜜をどうぞ。」

とトレイに載せられて小さな壺がたくさん出て来ました。


「ディッセンドルフ領のマロニエの蜂蜜、アイヒベッカー領のリンゴの蜂蜜、ローテンベルガー領のバラの蜂蜜、エーレンフロイト領のレモンの蜂蜜、シュテルンベルク領のソバの蜂蜜、ハーゼンクレファー領のブルーベリーの蜂蜜でございます。ご希望の物をどうぞ。」


蜂蜜って、そんな種類がある物なんですか⁉︎蜂はいろんな花から適当にちょっとずつ集める物じゃないんですか?


「蜂はそんなに長い距離を飛べる昆虫ではありません。なので、薔薇園の側に養蜂箱を置けば薔薇の蜜だけを、蕎麦畑の横に養蜂箱を置けば蕎麦の蜜だけを集めるのです。」

と母が言いました。勉強になります。


「味がそんなに違うものなのですか?」

とベルダが聞きます。

「全く違いますよ。薔薇の蜂蜜からは薔薇の香りが、レモンの蜂蜜からはレモンの香りがします。」

母はそう言った後


「私は蕎麦の蜂蜜を。それと孫はまだ幼く蜂蜜は体に毒になるかもしれないので砂糖を入れてくれるかしら。」

と言いました。お母様。蕎麦ですか⁉︎チョイスが渋いです!


「承知致しました。」

と言ってスタッフが、ニルスのカップに小皿の上に置かれていた飾り砂糖を入れます。砂糖は花の形をしていました。


「わ・・私は奥様と同じ物を。」

とベルダが言いました。

「私も。」

と姉も言います。私は何にしようかと考えました。蕎麦の香りが紅茶からしたらせっかくの紅茶の香りが台無しになってしまいそうな気がします。でも結局、皆と同じにしてみました。


蕎麦の蜂蜜は別に蕎麦の香りはしませんでした。一口紅茶を飲むと優しい味が口の中に広がります。


こんなおいしい紅茶を飲むのは、どれだけぶりだろう。暖かさと甘さにふと、涙が溢れそうになりました。

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