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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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ヴェステンの門

読み終わって。


なんか、あっさりしている手紙だなあ、と思いました。


妹から亡命して来た姉への手紙なのです。


『ご無事ですか?』『怪我をしておられませんか?』『大丈夫なのですか⁉︎』

といったフレーズがあっても良いと思うのですけれど。


正直、私のヒンガリーラント人のイメージは、気位が高く、情に薄く、理性的で冷静、といったものです。ブラウンツヴァイクラント人は、情に厚く、感情の起伏が激しく、時に粗野なほど心が熱い国民性ですので、言うなれば正反対の国民性と言えます。


そして、そのイメージ通りの手紙なのです。


私には、ヒンガリーラントの貴族の手紙の定型文、というものがわかりません。


『水がぬるむ』とか『渡り鳥が帰って来る』というのは、春に出す手紙に必ずつける文章なのでしょうか?それとも、長い間ヒンガリーラントを離れていた人を相手に『和解を望む』みたいな意味があったりするのでしょうか?


年寄りが体を悪くしているので会いに来て欲しい。というのは、手紙の定型文のような気もしますし、詐欺の典型という気もします。


『世情に疎い私』みたいな事を書いていますが、たぶんこれを書いている人は疎くないです。書いてある内容に一定ライン以上の知性を感じます。

『乱筆乱文にて失礼』と書いてあるけれど、ものすごく綺麗な字です。まあ、誰かに代書させているという可能性もありますが。


何故、この手紙を他人行儀に感じるのかわかりました。この手紙には、ノエルというお母様の名前がどこにも書いてないのです。


「お母様。カロリーネ叔母様という方は、お母様の叔母様ですか?」

と姉が聞きました。


「ええ、父の妹です。ご自分に子供がおられなかったので、とても可愛がって頂きました。きっと、アルベルもそうなのでしょう。」

「お体が悪いのですね。」

「それは、どうでしょう。」

母は首を傾げて言いました。


「手紙にまるで緊迫感がありませんからね。父が危篤になった時や、長兄が死んだという手紙が届いた時は、もっと動揺しているような内容でしたよ。字も本当に乱れていました。本当に叔母が病気なのだとしたら『いつでもおいでください』みたいな書き方はしないでしょう。『親戚の年寄りの体調が悪い』というのは、会いに来て欲しいという意味の一種の慣用句なのです。」


あー、やっぱりそうなのか。と思いました。


「今までにも手紙が来た事があったのですか?」

「父が危篤になった時と長兄が死んだ時、それと本人が結婚した時に届きました。」


妹さんとは、完全に没交渉だったわけではないようです。


「私達がここにいる事を、どうやって知ったのでしょう?」

正直、それが一番気になります。母も首を傾げました。


「本人に聞いてみないとわからないわね。」

「アルベルティーナ様に会いに行く為に王都へ行くのですか?」

と私は聞きました。

母はそっと目を伏せました。


「あのままあの屋敷にいる事は危険です。ネーボムク男爵夫婦は信頼してはならない種類の人達です。」

「ごめんなさい。」

と姉がうつむいて言いました。


「私がヒンガリーラントに行こうと言い張ったから。」

「気にする事はないわ。こういう事になる可能性も考えていました。あまりにも都合の良い話でしたからね。それでも行くと決めたのは行き先がヒンガリーラントだったからです。いざとなれば、カロリーネ叔母様に頼ろうと最初から考えていました。」

「お母様・・・。」

「ただ、カロリーネ叔母様も老齢の未亡人です。優しい御方だったけれど、どれくらい力になってもらえるかはわかりません。妹のアルベルティーナに関しては為人すらよくわかりません。王都へ行ってもどうにもならないかもしれないし、むしろ危険でさえあるかもしれません。だから、ティナーリア様とフェルミナ様をお連れしなかったのです。」

「お母様のお気持ちもよくわかります。でも、お二人やアリゼを残して行く事は正直とても辛いです。私達のいない間にみんなに何かがあったらって!お母様の妹のアルベルティーナ様という方も男爵を信頼しておられないのですよね。」

「どういう事?」

と私は姉に尋ねました。


「だって、こんな方法で手紙を渡して来るなんて、手紙の事を男爵に知られない方が良いと思っているという事よ。それに、この手紙には『お姉様』とあるだけで、お母様の名前が書いてないわ。もしも、仮に手紙を男爵に見つけられても、誰宛ての手紙なのかわからないようにしているのよ。」


手紙一つでもいろいろな事がわかるものです。


「王都まで片道四日か。王都って遠いのね。」


乗り心地の悪い馬車はガタガタと揺れます。馬車は街を囲む城壁の門までついたようです。小窓を開けると太陽の光が差し込んで来ました。


「おかしいわね。」

と母が呟きました。


「門と同じ方向に太陽が見える。という事は、ここは街の西門なのだわ。でも、王都へ向かうのに使うのは北門のはずです。」

「王都は、この街より北にあるのですか?」

と私は聞きました。


「方角的には南です。でも、王都とこの街の間にはエルフェリー山と呼ばれる山があって、北に迂回しないと王都には行けないのです。」

「南でなく、北に迂回ですか?」

「南に迂回すると、二倍時間がかかるのですよ。深い谷や大きな湖があるんです。」


あれ?と思いました。お母様はこの街に以前にも来た事があるのでしょうか?そうでなければ、この街から王都はどちらの方角にあるのか。旅をするのに日数がどのくらいかかるのかわからないはずです。


私も窓から門を眺めました。確かに門の上部には、西を意味する『ヴェステン』の文字が書いてありました。

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― 新着の感想 ―
レーリヒがティナーリアとフェルミナの存在を知ってるからノエルが何かしたのかと思ってましたが、特段何もしてないのですね。 話の展開がとても待ち遠しいです。 ここで書くことではないのかもしれませんが、レ…
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