第八話 冒険者になろう①
一週間ほど豪邸にこもって過ごした後、俺は冒険に行くことにした。
いくら豪邸とはいえ、引きこもって過ごすのは退屈だった。
それに魔物とやらを、この目で見てみたかったのだ。
俺は冒険者ギルドへと向かった。商人ギルドの真向かいにある。
冒険者ギルドの扉を開けると、独特の活気が押し寄せてきた。
酒とタバコと、雄々しい臭いに混じって、少しの甘ったるい香水の匂い。
嫌いではないけれど、治安のいい日本とはやっぱり違う、アングラ感。
酒場が併設されており、昼間から飲んだくれた冒険者が、やいやいと笑い声をあげている。
バン、っと大きな音がして、うおーと歓声が上がる。
「おっしゃー、俺の勝ちだ」
ゴリラ顔の男が、鼻息荒く、勝どきをあげた。
「クソ―、またかよ」
「ウホホホホ、約束通り、奢るゴリよ」
どうやら、腕相撲をしていたらしい。
相手もなかなかの筋肉団子マンだが、ゴリラ男には勝てなかったようだ。
すでにかなり酒が回っているのか、二人とも顔は真っ赤に上気している。
ヒィィィ――。
賭け腕相撲とか、ザ漫画の世界ってカンジ。
憧れてたけど、実際に見るとちょっと怖いなぁ。
俺は足早にその横を通り抜け、中央奥にある受付へと向かった。
エデンは治安が悪いとはいえ、なるべく安全かつ平和に生きたいものだ。
「えっと、街の外に出たいので、護衛をお願いしたいのですが……」
声をかけると、ツインテールの受付嬢がやって来た。
金髪に、桃色の瞳――。
その顔を見て、俺は思わず「モモさん?」と叫んだ。
商人ギルドと冒険者ギルドを掛け持ちしているのだろうか。
「髪型変えたんですね! 似合ってますよ」
先日商人ギルドで会った時はポニーテールだった。
「私はミミ。モモは、私の妹です。私たち双子なんですよ」
そう言われると、確かにどことなく雰囲気が違う……気がする。
モモがかわいい系だとすると、ミミはどことなく大人びている気がする。
「そっくりなんですね!」
「よく言われます。だから、私たち髪型で区別してもらうようにしてるんです」
なるほど、ポニーテールがモモで、ツインテールがミミか。
ミミ(耳)は二つあるから、ツインテールっと。
それなら覚えやすい。
「護衛の依頼でしたよね。えっと……」
「あ、イクオといいます。少しこの辺りを見て回りたいと思いまして」
「はじめまして、イクオさん。妹に会ったということは、商人か何かですか?」
「いえ、商人ではなく、住民です。実は、移住してきたばかでして……。一応、武器は買ったんですけど、流石に一人で出かけるのは不安だなぁ、と思って」
俺は腰の聖剣に手を当てた。
まあ、正直護衛がいなくても、こいつがあれば安心な気もする。
なんせ聖剣様様だからな。
でも、念には念を入れておく。
ゲームのように、リセットはできないからな。
「なるほど、事情は理解しました。それではまず、イクオさんも冒険者ギルドへの登録をお願いできますか」
「依頼するだけなのに、記入が必要なんですか?」
「はい。冒険者ギルドは相互扶助のような組織になっています。依頼をするにも、依頼をこなすにも登録が必要なのです」
なるほど。相互扶助というと、互いが互いを助ける的なシステムか。
ミミが書類を手渡した。
俺はテキパキと必要事項を記入していく。今朝飲んだ翻訳ポーションのおかげで、エデン文字もスラスラ書ける。
名前、性別、年齢を記入して、えっとジョブ?
「ああ、ジョブは自己申告で大丈夫ですよ……もしあれなら、ジョブチェッカーもありますけど、やってみますか?」
「はい、ぜひ!」
何だ、それならジョブ特性を調べてから、武器を買えばよかったか。
ミミが何やら人形を取り出した。紙でできた人形だ。
「これは式人と呼ばれる道具です。魔力を込めることによって、その人のジョブ特性がわかる仕様になってるんですよ」
「えっと、魔力?」
「はい、魔力です。さっさ、手をかざしてください」
俺はミミに手をにぎられるがまま、人形の近くに手をかざした。
「ちょっと待って!」
俺は頭を抱えた。
「イクオさん? ど、どうかしましたか?」
えっとー、そもそもの話――。
この世界、魔法とか使えたの?
そういえば、ポーションとかある時点で使えたのか。
聖剣にも魔法陣がなんとかって、おっちゃん言ってたし。
日本と地続きの世界だから、油断してた。
そこまで異世界仕様だったとは。
神仕様かよっ!
「いえ、なんでもないです。続けてください」
俺は再び人形へと手をかざした。
……。
…………。
………………。
「あの、どうすれば、魔力って出るんですか」
「えっ? そりゃ、こう自然と……」
ぽかんとした表情で、ミミが言う。ミミに悪気はなさそうだ。
それだけ、エデンでは魔法が当たり前ということだろう。
「おりゃあああああああ」
俺はめいっぱい、手のひらに力を込めた。
俺に眠りし魔力よ、今解放されよ!
「うりゃりゃりゃりゃあああ」
「ハイヤー、ホイヤー、ソイヤーああああ」
「ナム、アミ、ダー、ブー、ツーゥゥゥ」
……。
式人には何の変化も起こらない。
「あのう……これって、どうなったら成功なんですか?」
「そうですね、魔力がこもると式人がポーズを取ります。剣士ならこう、剣を構えるようなポーズ、格闘家なら腕を顔の前に構えます。魔法使いなら紙が燃え始めます」
「おりゃあああああああ」
俺は再びありったけの魔力を込めた。
式人がゆらゆらと揺れ始めた。
おっ、なんか紙燃えるんじゃね。
「そう、いい調子です! 手から糸をひねり出すようなイメージです!」
何、そのアドバイス?
クモなの? 魔法ってクモの糸的な感じなの?
結局、式人に何も起こらなかった。
揺れたのはただの風のようだった。ちーん。
「まあ、魔力がない人間もごくたまにいらっしゃいますし」
それ慰めになってなくない?
「それにイクオさんの場合、冒険者になったばかりですから……そのうち魔力が開花するかもですし」
結局、俺は剣士でジョブを自己申告した。
魔法がなくても、俺には最強の聖剣がある。問題ない。
登録書と同時に、俺はクエスト依頼書も書き記した。
「登録お疲れさまでした。それでは、依頼をクエストとして掲示板へ張り出させていただきますね」
ミミがギルドの入り口付近を指した。
黒板ほどの大きさのそこには、たくさんの貼り紙がしてある。
すべてが何かしらの依頼のようだ。
「これで、イクオさんも冒険者の一員です。もし、ご興味があれば、他の方のクエストを受けてみるのもおすすめですよ」
俺が誰かの依頼を、か。
本業にする気はないが、暇つぶしにはいいかもしれない。
「それと、こちらがイクオさんのギルドカードです」
俺は銅色のカードを受け取った。名刺サイズのカードだ。
そこには俺の名前と、ジョブ名、それからランクが書いてあった。
Fランク。
どうやらそれが俺のランクのようだ。
「Fランクだと、薬草採取がメインになりますね。ランクが上がれば、魔物討伐などのクエストを受けることもできます。Aランクともなれば、王様から直々に、魔王軍掃討の特別な依頼が来ることもあるんですよ」
「なるほど、ランクで待遇が変わるってことか」
「そういうことです。それとこちらをどうぞ」
ミミは一冊の本を手渡した。大きさこそ手のひらサイズだが、かなり分厚い。
「このでかいハエ叩きみたいなものはいったい……」
「ギルドのしおりです。細かな規則が書いてあるので、しっかりと熟読してくださいね」
ミミはにっこりと笑いながら、そんなことを言う。
うわー、勉強とか無理だ。
大学は遊んでたから、最後に勉強したの高校じゃん。
まあ、重要そうなことは口頭で教えてもらったし、形だけって感じかな。