第七話 異世界サイコー
俺は街の食堂で夕飯を食べ、買ったばかりの豪邸へ帰った。
途中、薬局に寄った。翻訳ポーションは箱買いすることにした。毎日、朝食時にこれを飲めば、会話に困ることもない。
翻訳ポーション一本、銅貨一枚なり。
なんと一円以下!
一円もあれば、翻訳ポーション一万本が買える。
すごい! 毎日飲んで、ざっくり三十年は、外国語ペラペラマンになれる計算だ。
必死こいて、中学高校と英単語を勉強していたのが、何だか馬鹿らしくなるなぁ。
もうっ!
やれやれ、やってらんねーぜ。
俺は食後の運動代わりに、豪邸を駆けずり回った。
隅から隅まで。
廊下が泳げそうなくらい、長くて広い。
小学校のときの二十五メートルプールより、全然広い。
「俺の家サイコー! これが千円ぽっきりとか、安すぎー! 人生一、有意義な買い物だったわ」
物価が日本と天と地の差だぜ。
家具も備え付けで、一級品がそろっている。
さすが、元貴族の邸宅、といったところか。
唯一、欠点があるとすれば――。
一人で住むには、ちーっとばかし広すぎることくらいか。
なんか物価が安くなった代わりに、悩みの水準が高くなったな。
こ、これが俗に言う、贅沢な悩みってやつか。
これが「パンがないなら、ケーキを食べればいいじゃない」の世界線ってやつか。
うわぁー、感激だ。
この俺なんかが、贅沢な悩みを抱ける日が来るなんて――。
底辺労働者だった俺が、一夜にして上級国民側になれるなんて――。
為替って、偉大だな。
※※※
俺は寝室のベッドに横たわった。
ふわふわのキングサイズベッドが超気持ちいー。
天蓋までついていて、まるで王族か何かの気分だ。
これが念願のマイホーム、ってやつか。
なんて素晴らしいんだ。
生まれて初めて、自分の労働が報われた気分だ。
日本にいた頃は、どれもこれも高すぎる気がして、買い物が苦痛でしかなかった。
服も、食べ物も、レジャーも。
確かに、嬉しい、美味しい、楽しい。
けれど――。
何一つ、完全に俺を満足させてはくれなかった。
お金を使った後、どこか胸の内側で、モヤモヤとした塊が、うずいて落ち着かなかったからだ。
財布が軽くなると、どうしようもない不安に襲われた。
今月、大丈夫だろうか、と。
今月は何とかなっても、来月は?
その次は?
年金が少なくなる中、しっかり自分で老後に備えることができるのだろうか、と。
夜眠るのが、苦手だった。
目を閉じて、再び目を見開いた先に、光があるのが嫌だった。
また、働かなければならない。
お金を稼がなきゃ、生きていけない。生活できない。
生活するだけじゃダメで、貯めていかなきゃいけない。
言葉を恐れずに言うなら、日本での俺は、ずっとお金の奴隷だった。
奴隷の俺は、明日が来るのが、怖かった。
苦痛だった。
また社会にムチ打たれて、強制的に働かされるのだ。
わずかばかしの、到底釣り合わない安すぎる対価(お金)のために。
将来が不安という名の霧で覆われ、一寸先も闇だった。
もう何も望まないから、このまま時よ止まってくれ、と何度願ったことだろう。
俺にとって、買い物はそれらの不安や恐怖を加速させる行為だった。
決して等価交換とは言えない、高すぎる物価によって――。
でも、今は違う。
エデンでは違う。
買い物が楽しい。
楽しくてたまらない。
何も心配しなくていい。
心と体が、経済の束縛から解放されたみたいだ。
豪邸も、聖剣グランデも、最高の買い物だった。
これが【消費】じゃなくて、【物を買う】ってことなのか。
今日は丸一日、よく動き回った。引っ越しの日はあわただしいものだ。
その甲斐もあり、住むところも武器もそろったわけだ。
これから何をするかは考えていないが、時間とお金だけはたくさんある。
第二の人生で、やりたいこと。
これからゆるりと考えていくとするか。