第五話 無職、豪邸に住む
「あのう、住む家を探しているんですけど」
「はいはーい、ご新規さんですか」
受付ではポニーテールの金髪の女性が応対してくれた。桃色の瞳がこれまたキュート。
胸元の札には『モモ』と名前が書いてある。
通訳ポーションを飲むと、どうやら会話だけでなく、文字も理解できるようだ。
モモはルイーズに負けず劣らず、顔もスタイルもいい。
ルイーズがかっこいい系天使だとすると、モモはかわいい系天使だ。
よりかわいさに、ポイントを割り振っているカンジだ。
「実は俺、今日この世界に来たばかりでして――」
かくかくしかじか、俺は事情を説明し、家が欲しいことを告げた。
「事情は理解しました! それでお家はどうしますか。賃貸にするか、持ち家にするか?」
「持ち家でお願いします」
マイホームを持つことが、ずっと夢だった。
まさか三十手前で夢がかなうなんて。
まあ、日本の家じゃないけど。
それに、賃貸だと毎月お金が取られてしまう。それはもったいないだろう?
それにこの街は過ごしやすそうだ。
日本に近いのも利点だろう。嫌になったらささっと帰れる。
「予算はどの程度をお考えですか?」
「そうだなぁ」
俺は顎に手を当てて考えた。
どれくらいが妥当だろう。
日本の首都圏だと、土地付きでだいたい五千万円~くらいが相場のようだ。
地方だと、安くても三千万円弱~といったところだ。
最近の値上げラッシュでもう少し値は吊り上がっているかもしれないが……。
俺は今、一兆スイヤーを持っている。
肝心の物価自体、日本とエデンでそう違いはない。
ということは、単純に考えると、五千万スイヤーで普通の家が建つということになる。
「一億、いや二、三……二十億スイヤーまでなら出せます」
一兆スイヤーもあるのだ。
すこしばかし豪華な家にしてもいいだろう。
海外セレブはそれくらいの家に住んでいると言うし。俺も……。
「二十億っっっスイヤーっっ!」
モモの目が見開かれた。くりくりとした瞳がより一層丸まり、まるで大きなお月様みたいになっている。
「し、失礼ですが、ご職業は?」
「えっとー、無職です」
「む、無職? あ、あのう申し訳ないのですが……」
どうやら冷やかしだと思われたらしい。
チッチッチッ。
甘いぜ、モモ。
無職は無職でも、早期リタイアの無職だぜっ!
言うて、貯金百万円だけど。
でもそれが、エデンなら一兆スイヤーの価値になる。
ザ・為替チート。
「実は少しばかし、金融商品で成功しましてね」
俺はスーツケースのジッパーをわずかに開けた。
「こ、これはっ!」
中から一兆スイヤーの金貨の光がさんさんと漏れている。
「わかってもらえたでしょうか」
「は、はいっ! 大変失礼しました」
これじゃまるで「お代官様」「お主も悪よのう」ってやってるみたいだ。
あれ、一度はやってみたかったんだよね。なんだかテンション上がるなぁ。
うやうやしくお辞儀したモモは、奥へと引っ込んだ。
しばらくして、モモは手ぶらで帰ってきた。
「申し訳ないのですが、お客様のご要望に沿う不動産はありません」
なにやら難しい顔をして、モモが言う。
「ない?」
「はい。この街にある最も高い不動産が、十億スイヤーなのです。二十億となると、王都へいかれた方が良いかと思います」
なるほど。二十億スイヤーの豪邸はない、と。
予算設定が高すぎたようだ。
「王都はここからどれくらいの距離ですか」
「馬車ですと、およそ一週間の距離になります」
「遠っ!」
この過ごしやすそうな街に家を構えるか。
王都に構えるか。
うーん、悩ましい。
「あのう、俺は今日来たばかりであまり詳しくないのですが、この街について教えていただけませんか」
「この街『ナジム』は、エデンの最南端に位置する商業都市です。近隣の街との中継貿易で栄えてきました。名産物はブドウと桃、あとは畜産も盛んです。そうそう、初代勇者出生の地でもあるんですよ。っていっても、初代勇者が活躍したのは数百年も昔の話なんですけどね」
勇者出生――。
ラノベ好きとしては、なんかそそられる響きだ。
「中継貿易ってことは、日本ともやり取りしているんですか?」
「異世界とですか……ええ、まあ時々。でもあそこは物価が法外に高いので、めったに貿易はしませんね。たまに、金持ちの人に頼まれて仕入するくらいです」
法外に高い、だって。まあ、確かに高い。
「知っていますか? りんご一個が一億スイヤーもするんですよ! ぼったくりもいいところです」
俺は苦笑いをした。
申し開きのしようもない。
日本は物価が高すぎるのです、ハイ。
「勇者ってことは、魔王もいるってことですか」
「もちろん。北の端の魔王城で暮らしています。魔王の討伐は人間の悲願ですね」
ナジムが南の端ってことは、魔王城からは一番遠そうだ。
「魔物も出るって聞いたんですけど」
「ああ、この辺の魔物は心配しなくても大丈夫ですよ。魔王軍所属ではなく、ただの野良ですから。街には騎士団もいますし。ただ街の外に出るときは遭遇する危険性もあるので、気を付けてくださいね」
俺はそれからもナジムの街や、魔王と勇者についてモモに尋ねた。
広場に立っていた仁王立ちの銅像は、初代勇者らしいというのがわかった。
勇者出生の地に住む、俺。
なんかやっぱりゾクゾク、ワクワクする。
RPGゲームの主人公になったみたいな気分だ。
それにナジムの街は、エデンの中でも治安は良さそうだ。
冒険するにしても、のんびり暮らすにしても、拠点の治安はいいに越したことはない。
「俺、決めました。この街に住みたいと思います」
「わかりました。ではとりあえず、十億スイヤーの豪邸の内見に向かいましょう」
※※※
「ほうほう、これはなかなか上等ですね」
俺はまずまずといった具合に、頷いた。
豪邸は二階建てだった。
花々の装飾が施された玄関を抜けると、大広間が広がっている。
真ん中には左右に分かれて、らせん階段がある。
天井も高くて、立派なシャンデリアもある。
まさに想像通りの豪邸だった。
これが十億スイヤー。
えっと、日本円にすると……千円か。
「こちらは以前、貴族が住んでいたものなんですよ。備え付けの家具も一流の物ばかりです」
モモがあれこれと説明してくれる。
「へぇ、貴族がねぇ」
俺は得心するように頷いていた。
こんなものなんでもないさ、とうそぶく感じで。
だが、内心は……。
めっちゃすげぇぇぇぇ!
豪邸、マジ半端ねえ!
どこもかしこもきらびやかだし。
門から玄関まで自転車とか走らせられそうだし。
部屋なんて、二十個くらいあるぞ。
「お気に召していただけたでしょうか」
モモが上目遣いに覗き込んできた。
うっ、かわいい。
「ま、まあ悪くないな」
俺はゴホン、と咳払いしながら答えた。
「ほんとですか! 嬉しいなぁ」
モモは思わずこぼれた笑みを、隠すように手で押さえた。
「ところで、この家にお風呂はないのか?」
「家に……お風呂ですか?」
「そうだ。湯船にたっぷりとお湯を張って、肩までつかれば、それだけで一日の疲れをいやしてくれる」
「申し訳ありません。お風呂は銭湯が基本で、家に備え付けというのは聞いたことがないですね」
「えっ、一家に一台だろ。お風呂って」
「……うーん、お風呂がある家なんて、聞いたことがないですね。王族の方さえ庶民の方と一緒に使っていますし」
「そうなのか……」
俺はがっくりと肩を落とした。
これが異文化というやつなのだろう。
日本で当然と思っていたことが、エデンでは非常識。あるあるだ。
俺が項垂れていると、モモがためらいがちに声をかけてきた。
「あのう、もし家にお風呂があれば、この豪邸を購入されますか?」
「えっ?」
「もし購入いただけるなら、お風呂サービスしますよ。しかも、広いやつ」
「買いますっ!」
正直、そのままでも買うつもりだった。
だって庭付きの二十LDKの豪邸が、千円だぞ。
北里さん一枚だぞ。
これは買うしかないだろう。
日本にいる頃は物価が敵だったが、エデンでは物価は俺の味方だ。
こうして百万円から、俺のファイヤーライフは始まったのだ。




