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第二話 ポストからぼたチラシ

 米と鶏むね肉、ネギ、豆腐、それと缶ビール(これは外せない)が入ったエコバックを抱えて、俺は家に着いた。

 家のポストには一枚の紙切れが挟んである。


「はあ? ふざけんな」

 それは吐き気を催すほど、とてもひどい内容だった。


【家賃値上げのお知らせ】

 平素は弊社の賃貸物件をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 昨今の物価高、原材料高騰などにより、皆様がお住まいの住居に対する、これまでと変わらずの管理・清掃を維持することが厳しい状況です。

 誠に勝手ではございますが、弊社賃貸物件につきましては一律二十パーセントの値上げを実施することとなりました。

 お客様の改定後の家賃は次の通りです。


 (旧)七万円→(新)八万四千円


 つきましては、来月分の家賃より追加費用を引き落とさせていただきます。

 口座を確認いただき、金額の不足なきようご注意ください。


 何が「厳しい状況です」だ?

 物件の維持にどんな物価高、原材料高騰が関係あるんだよ!

 何でもかんでもブームに乗って、値上げしやがって。

 何が「実施することになりました」だ?

「実施することにしました」だろ。

「なりました」で、被害者面しやがって。


 俺はチラシをクシャっと丸めた。

 つい力が入りすぎたのだ。わざとじゃない。

 先月、ようやく奨学金を返し終わったのだ。

 やっと生活が少し楽になるところだったのだ。

 それなのに、それなのに……。


 あんまりだ。

 バカにされてるとしか思えない。

 俺が貧乏人だからって、バカに……。

 階段で三階に上がり、部屋に入った途端涙が込み上げてきた。

 俺は怒りと悲しみに任せて、チラシを捨てようと振りかぶった。


 クシャッ。


 違和感があった。紙が分裂するような違和感だ。

 どうやら不動産からのお知らせの後ろに、もう一枚別のチラシが隠れていたようだ。

 不動産のチラシだけゴミ箱へ丸めて捨て、もう一枚の紙を見た。


「投資のご案内?」

 目を通すと、どうやら外貨貯金の案内のようだった。

 日本円をアメリカドルで貯蓄すると、何円お得です、みたいな感じのやつだ。

 正直、投資とかめんどいのでやったことはない。

 きっとやった方が得なんだろうけど。難しいことわかんないし。


 しかし、このチラシは俺の興味をそそった。

 投資にではない。その内容に、だ。

 案内がいささか不思議だった。


「えっとー、エデン? スイヤー? なんだそりゃ」


 内容を要約すると、日本円をエデンスイヤーに替えるとお得ですよ、という内容だ。

 エデンも、スイヤーも聞いたことがない。

 察するに、エデンが国名だろう。

 それで、スイヤーが貨幣の名前だ。

 しかしスイヤーはおろか、エデンという国名にも心当たりはない。

 自慢じゃないが、地理は得意だった。

 チャドの首都ンジャメナや、エロマンガ島、不思議な名前は一通り覚えた。

 その俺でもエデンなんて地名は知らない。

 強引に訳すとすれば、エデン=楽園ということだろうか。


 うむ、響きは悪くないな。


「おいおい、マジかよ! ヤバッ」

 俺はあきれた感じのため息をついた。

 レートを見たのだ。日本円からエデンスイヤーのレートを。

 ゼロがすっごいついてる。

 一、二、三、四、五、六……。

 百万?


【一円→百万スイヤー】


 それがレートのようだった。

 スイヤーは、よほど信頼のない通貨のようだ。

 だって一円と百万スイヤーが同じ価値なのだ。

 たとえば、エデン人が百万スイヤーをもって日本へ旅行に来ても、それは一円にしかならない。

 日本で百円の缶ジュースを買うなら、一億スイヤーが必要ということになる。

 缶ジュースに一億って、マジか……。

 日本に旅行来ても、エデン人何もできないじゃん。

 某テーマパークに入るだけで、百億スイヤーするじゃん。

 ホテル泊まれなかったら、野宿なのかな。

 俺はまだみぬエデンについて、思いを巡らせた。


 治安が悪かったり、悪弊が出回っているのかもしれない……。

 文明が栄えていない発展途上国なのかもしれない……。

 もしかしたら、ご飯とかパンとかなく、日々食べるのがやっとの国なのかもしれない……。


 それと比べれば、日本は豊かな国だ。

 多少の値上げで文句を言えるなんて、自分たちはまだ幸せな部類なのだろう。

 俺はもう一度紙を見つめた。


 この紙のおかげで、少しだけ憤りが収まった気がする。

 気がす……。

 気が……。


 いや、全然しないねっ!

 確かにそりゃ、日本恵まれてるけど、税金高いし。物価も高いし。

 消費税まだ増税するとか言ってるし。

 ステルス増税ばっかだし。

 減税全然しないし。

 物の豊かさと、心の豊かさは比例しないって、何かの調査で言っていた。


 やっぱり、嫌だ。

 これ以上、搾取され続けるなんて。

 お金を稼いで国家に貢いで、そんでまた働く。

 しかも少子高齢化社会だぞ。

 退職の年齢とか、年金受給年齢とか、めっちゃ引き上げられるじゃん。俺がじいちゃんになるころには、百歳とかなってるかもしれん(焦)。

 一億総活躍時代だし。百歳現役とか、イヤー!

 このままじゃ、地獄のスパイラルしか待っていない?

 あーだこーだ言っても、現状変わんないしなー。変えらんないしなー。


「あーめんどくせえ。取りあえず、夜飯食おっと」


 チラシをゴミ箱へ捨て、俺はテキパキと夕飯の準備を始めた。

 余っていたたまねぎの半玉を鍋で炒め、あめ色に変わったところで、お肉とだしを投入。

 頃合いを見て、ご飯を丼によそってっと。

 あとはどんぶりで合わせれば……。


 はいっ、みんな大好き親丼の完成!

 わー、我ながら貧相な飯だ。卵がないだけで、こうもうら寂しくなるなんて。

 親と子のペアは偉大なり。


「いただきます」

 力なく合掌し、冷えたビールのプルトップを引いた。

 一口、ゴクリ。喉元でシュワシュワーッと泡がはじける。


「ぷはーっ、このために生きてるっ!」


 見るともなしにテレビをつける。

 一人暮らし独身の会話相手は、電話越しのおかんか、テレビと相場は決まっている。

 母親のいない俺は、唯一テレビだけが話し相手だ。


 母親は俺が大学二年のときに、心臓発作で死んだ。

 過労によるものだそうだ。

 シングルマザーだった母は、気丈で、めったに弱音を吐かない人だった。

 女手一つで育てるということは、きっとそういうことなのだろう。


「昔と違って、今のご時世、せめて大学くらいは出ておかないと」と、俺をどうにか大学まで進学させてくれた。

 お金だけではない。

 きっと昔と違って、今の日本では、色んなモノゴトの求められる水準が上がっているのだろう。

 生き……ぐるしい。


 テレビではごく普通のバラエティーをやっている。

 芸人が年越しをハワイで過ごした話をして会場がわき、ロサンゼルスを活動の拠点とする大御所がさらに大きな話をする。それに合わせて、会場がわく。

 今日の番組は、なんとなく異国情緒にあふれていた。


「そういえば、シンガポールに移住した〇〇はどうしてるんやろね」


 そんなことを司会者が言う。


「元気にしてるみたいですよー。初めは文句言うてましたけど、住めば都やーって。もう日本帰りたないって言うてました」

「そんな、さみしいこというなや」と司会者に芸人が叩かれ、「僕ちゃいますよ。〇〇です。言うたの」と答え、笑いを誘う。

「最近は海外に移住する人も多いみたいやな」


 その言葉で、俺ははたとビールを運ぶ手が止まった。

 海外?

 移住?

 待てよ――。


 俺は慌てて、ゴミ箱をひっくり返した。

 しわくちゃの紙を掴んで、両手で広げる。


 一円→百万スイヤーってことは、エデンでは一円に百万の価値があるってことでは?

 つまり、つまり……向こうに行けば、俺が稼いだ一円は、百万倍の価値を持つってことでは?

 ってことは、百万円の貯金すべてをスイヤーへ換金すると――。


 一兆スイヤー。


 えっ、ナニコレ……為替チート!? 


 やばっ。すごーい。

 超金持ちじゃん。

 超々金持ちじゃん!


 もしかして、これキテるんじゃ……。

 波が、この俺に。


 えっ……移住しようかな。

 どっかの有名人みたいに。

 ファイヤーした早期リタイアの人みたいに。

 移住しちゃおっかな。


 シンガポールは無理だ。アメリカももちろん無理。

 フランスも、スペインももちろん無理。


 でも、エデンなら――。

 今の資金でも十分早期リタイアできる。

 一兆スイヤーあれば、一生遊んで暮らせるのではないか。


 俺はまだみぬエデンについて、思いを巡らせた。

 どんな国なのだろう。

 高層ビルなんてなくて、水と食べ物がおいしいところだろうか。

 人と動物が、手を取り合って共存しているのかもしれない。

 綺麗な女性が多いかもしれない。

 平和で愛に満ちた国かもしれない。


 期待が膨らむほどに、先ほどまでの悪いイメージは縮んでいく。

 これから待ち受ける未来が、俺にそうさせるのかもしれない。


 いずれにしても、俺はエデンに移住する。

 もう、決めたのだ。


 このまま日本で死ぬまで働くくらいなら、いっそ新天地で新しい生活を始める。

 一生ダラダラと暮らせる、素敵な世界で。

 エデンは間違いなく、楽園の名がふさわしい国だ。

 そうに違いない。

 同じ人生を生きるなら、俺はただ楽に暮らしていきたいのだ。

皆さま、本作を呼んでいただき誠にありがとうございます!


引き続き、イクオたちの異世界ライフを定期的に書いていきますので、ご興味がございましたら、ぜひ『ブックマーク登録』をよろしくお願いいたします。


応援してくださる皆さまと一緒になって、本作を作り上げていきたいと思います。


『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』をぜひよろしくお願いいたします。


感想もお待ちしております。


私にとって、今後も本作を書いていく強力なモチベーションとなります。

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