第十三話 薬とボクっ娘
ルイーズと別れ、俺は薬局へ行くことにした。
正式には、魔法薬店といった方が正しいのかもしれない。
今回、初めてクエストに出て、よくわかった。
エデンはめちゃめちゃ治安が悪い。
わかってはいたが、森を歩いているだけで、ゴブリンに襲われるのだ。
かわいい兎には角があって、愛らしい瞳で容赦なく串刺しにしようとしてくるし。
あの時は聖剣を手にしていたから良かったが、もし聖剣に手が触れる前に攻撃されていたら?
もし死角から不意打ちされていたら?
きっと俺はこの世にはいなかっただろう。
エデンには危険がいっぱいだ。
聖剣グランデばかりを過信していたら、いつか取り返しのつかない事態になるかもしれない。
火遊びのつもりが、ゲームオーバーで俺の大富豪ライフが終わってしまっては、悔いても悔やみきれない。
もっと根本的な、安全策が必要なのだ。
そう考えて、俺が出した答えが、『薬』だ。
どんな怪我でもたちどころに直してしまう万能薬。
異世界と言えば、必ず出てくる定番中のド定番。
そう、回復ポーション様だ。
これさえあれば、万が一、致命傷を負っても生きながらえることができるだろう。
※※※
「すみませーん」
俺は店主へと声をかけた。
魔女ハットを被った、初老の女性だ。短く整えられた白髪ヘアからは、いささか神経質な印象を受ける。
店内には棚がたくさん並べてあり、各種ポーションや材料などがところせましと並べられていた。客は俺の他に一人、白いフードを被った少女がいるだけだ。
俺の顔を見ると、店主はしわの深い顔に満面の営業スマイルを浮かべた。
「ああ、お得意様のイクオ様じゃないかい」
「おばちゃん、久しぶり」
翻訳ポーションを買ったときに、すでに顔なじみだ。
「それで、今度はどんな薬をまとめ買いしてくれるんだい?」
いや、まだまとめ買いするとは言ってないんだけどな。
「えっと、回復ポーションをお願いします」
「オーケー、上級、中級、下級があるけど、どれがいいんだい」
おばちゃんが三種類の瓶をテーブルに並べた。
どれも青色をしているが、その濃さが違う。
一番左がもっとも薄くて、薄めた水色みたいだ。それから右に向かうにつれて、青色が濃くなっていく。
「上級だと、どんな傷まで治せますか?」
「重傷を完治とはいかないまでも、動ける程度に回復するくらいかね」
おばちゃんは、一番薄い水色の瓶を持ちあげ、軽く振った。
どうやら透明に近づくほど、上質な回復ポーションのようだ。
おそらく不純物がなくなり、薬の純度が高くなるのだろう。
アルコールの度数みたいなものか。 何度も蒸留して、不純物を取り除く。
うーん、ちょっと物足りないな。
「致命傷は治りますか。たとえば、千切れた腕をくっつけるとか」
「バカ言っちゃ、いけないよ。そんなポーションは存在しない。そんなことができるとすれば、伝説の女神様か、あるいは聖女くらいだろうね」
「聖女?」
「なんだい、聖女のことも知らないのかい? 女神様より力を授かりし、神託の聖女メルロース。私も噂でしか、聞いたことがないが、ほぼ死体と化した瀕死人間を蘇生したことがあるらしい。他にも水をワインに変えたとか、にわかには信じがたい奇跡をいくつも起こしているそうだよ」
まるでイエス=キリストだな。
そんな人間とお近づきになれれば、異世界生活も心強いってもんだ。
「どこにいけば会えますか?」
「王都だねぇ」
王都ってことは馬車で一週間くらいの距離か。
遠いな。
やっぱりやめよう。
ないものねだりをしても、始まらない。
街一番の薬師が言うのだから、俺の求める万能薬なるものはきっと存在しないのだろう。
仕方ない。
「おばちゃん、上級ポーションをとりあえず五十本」
「毎度ありっ! さすがイクオだ。太っ腹だね。わたしゃ、ふと口の客は大好きだよ」
会計の段になって、そういえば値段を聞くのを忘れていたことを思い出す。
「それじゃあ、金貨五百枚もらえるかい?」
金貨五百枚ってことは、えっと――。
全部で五円か。
つまり、上級ポーション一本が十万スイヤーということだ。
安いような、高いような。
でも最上級のポーションだとすると、妥当な価格設定か。
俺はマジックボックスから、金貨の入った袋を五つ取り出した。
俺は物が買いやすいよう、金貨が百枚ずつ入ったものを数セット、いつも持ち歩いているのだ。
まあ、札束みたいなものだ。
「はい、ちょうどだね。またごひいきに」
「こちらこそ、ありがとう」
備えあれば患いなし。
聖剣グランデと、回復ポーションさえあれば、命を落とす確率は随分と低くできるはずだ。
この危険な異世界で、俺は放とう生活を満喫するのだ。
※※※
魔法薬店を出て、家路につく。
空には暗闇が迫っている。夕陽が地平線の彼方へと沈んでいる途中だ。
俺が初めてのクエスト達成に思いをはせていると、
「お兄さん、お兄さん」
ちょいちょい、と後ろから袖口を引っ張られた。
ためらいがちに見えて、結構強い力でもある。
「ちょいと、そこの太っ腹のお兄さん」
「誰が太っ腹だ? 言うほど出てねーわ」
俺は勢いよく振り向いた。
そこにはフードを被った少女がいた。白色の髪がフードの内側に覗いている。ややボーイッシュな印象だ。全身白コーデのなかで、緋色の瞳がキラキラと輝いて見える。
「あれ? 確かによく見るとお腹は出てませんね? でもややメタボよりか、と。もう少し運動した方がよいのでは?」
なんだ、この初対面失礼女は?
でも、どこかで見覚えが――。
「あっ、君はさっき魔法薬店にいた……」
そういえば、魔法薬店には一人だけ先客がいたのだ。
もしかして、そこからつけてきた、というのだろうか。
「そうです。ボクの名はメイト。以後、お見知りおきを」
「あっ、どうも。イクオです」
「聞きましたよ。なんでも、万能薬をお求めだとか。特別にこれをタダで差し上げます。サンプル品ですよ」
メイトはポーション瓶らしきものを差し出した。
光の加減か、中身には何も入っていないように見える。
「えっ、いや、いらないんだが」
「……おかしいですね。ちょっと空耳が……。これを差し上げます」
「いや、いらないってば」
「な、なんですとっ。そ、そんなはずは……。見てください、この限りなく透明に近いブルーの発色を。ここまでの回復ポーションそうそうお目にかかれませんよ」
「いや、ただの無色透明にしか見えないんだが。それ本当に回復ポーション? ただの井戸水では?」
「そんな意地悪を言わずに、どうか。もらってください。さあさあ」
メイトは俺の手を掴むと、強引に手へと握らせてくる。
なんかすごい保険の押し売りみたいだ。
「いや、よくわかんないけど、知らない人から物を受け取ってはいけません、ってお母さんから教わらなかったか?」
「知らない人ではありません。先ほど店で知り合いましたじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだけど」
「さあさあ、受け取ってください。今ならタダですよ。こんな機会、めったにないのですよ」
「いや、いらないし。タダほど怖いものはないって、よく言うだろ」
いやまあ、俺にとっては、どんなものも、ほぼタダ同然みたいなものなんだけどさ。
それは置いといて。
「えっ、タダなのにもらってくれないの?」
メイトがウルウルと瞳をうるませる。
そんな顔しても、ダメだぞ。
「そんな効能がよくわからない薬、使えないよ。最悪、毒かもしれないだろ」
メイトは困ったように眉をひそめた。
それからワタワタと悩み始め、意を決したように短剣の柄を抜いた。
「ではでは、ボクがこの場で腕を切り落として、実証を」
そういうが早いか、メイトは短剣を抜いた。
自分の左手に向かって、刃を向けていく。
「うわっ、ちょっ。タンマ。いきなりやめろって」
何なんだよ、コイツ頭おかしいんじゃないのか。
メイトは短剣を自分の腕に近づけては離す、また近づけては離すを繰り返す。
短剣を持つ手が震えていた。
「……やっぱり自分では無理でした」
「でしょうねっ!」
「お、お兄さん、後生です。どうか、その腰の剣でボクの腕を切り落としてはくれませんか?」
「嫌だよ。なんで俺がお前の手を切り落とさなきゃいけないんだよ」
「で、ですが、薬の効能を信じてもらうには、もうそれしか手は……」
その極端な発想やめい。
「わ、わかった。信じるよ。ほら、もらう。その万能薬とやらをもらうからさ。頼むから、腕を切り落とすのはやめてね」
「本当ですか!」
メイトは飛んで跳ねて、喜んだ。
俺の手に瓶を握らせると満足したのか、いそいそとスキップをしながらきびすを返した。
「次会うときに、感想楽しみにしています」
いったい何だったんだ?
まるで嵐のようなボクっ娘だったな。
まあ、こんな薬でもないよりはマシか。
俺はその万能薬? をマジックボックスへとしまった。




