第十話 クエスト:白兎の皮
「ここが『退廃の森』よ」
俺とルイーズは今、街の西側に広がる森の中にいる。鬱蒼と生い茂る木々が、空を覆っている。昼間でもずいぶんと暗く感じる。
「退廃って、相当な名前だな」
「何でも昔はこの辺りにも街が広がってたみたいなの。それが魔物の侵略によって、人間の支配範囲が狭まったみたいよ」
「なるほど、それで退廃か。魔物に負けて、人間が後退したっていう」
「そういうことよ」
先陣を切って歩いているのは、ルイーズだ。俺はその後に続いている。
モンスターにはまだ遭遇していない。外に出た瞬間、襲ってくるとかそういうわけではないらしい。
要はめぐりあわせのようだった。
突然、ルイーズが立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「シッ。静かに」
ルイーズが腰の剣に手を伸ばし、抜いた。
「もしかして、魔物が?」
「ええ、そうみたい。気配がするわ」
俺には何もわからない。
もしかしたら、何か察知するスキルみたいなものがあるのかもしれない。
「十時の方向。来るわよ」
ルイーズがそう言うと同時に、茂みの中からゴブリンが三匹飛び出してきた。
「う、うぉおお」
俺も慌てて剣を抜いた。
しかし、ゴブリンはもう眼前まで迫っている。
こいつら、どうやら俺たちの様子をうかがって、奇襲をしかけてきたみたいだ。
「イクオは下がってて」
ルイーズは叫ぶと同時に、一歩前に出た。
華麗な剣さばきで、一体、二体、三体と切りつけていく。
「すげぇ」
「でしょ」
剣先についた血を払い、ルイーズは剣を鞘にもどした。
「かっこいい」
「でしょ」
ルイーズが鼻高々といった顔で頷いている。
「剣の達人」
「でしょ」
「かわいい」
「でしょしょしょ。ち、ちがうわよ」
ルイーズは顔を真っ赤にしている。
ほんと、ルイーズはからかいがいがあるなあ。
ルイーズは何やら小型のポーチを取り出し、その中にゴブリンの片脚をつっこんだ。
すると、キュイーンと全体がポーチへ吸い込まれていく。
「うわっ。なんだその掃除機みたいなやつ」
「掃除機?」
「えっと―……ゴミを吸い込む機械のことで……って、それはどうでもよくて。ゴブリンが今、キュイーンって」
「ああ。これはね、マジックボックスっていうの。クエストで倒した魔物や、採取したアイテムなんかを一時的に保管しておくアイテムよ」
ルイーズはポーチをパンパンと叩いた。
「ゴブリンもお金になるからね。マジックボックスに入れて、ギルド裏の解体屋へ運ぶのよ」
「どれくらい入るの?」
「そうねえ。グレードによもるけど、私のだと、まあゴブリンなら五十体くらいってとこかしら」
マジックボックスか。結構、便利そうだ。
俺も街に帰ったら、買おうっと。
それからも時折、魔物に襲われながら、俺たちは退廃の森の中央辺りまで進んだ。
森の中央には木がない。
拓けていて、草が生い茂っていた。草原と呼ぶには心許ない。
「この森にこんなところがあるなんて」
「この辺りは、隠れる場所がないから魔物の奇襲も少ないわ。それに、ここよ。あなたの目的のものがいるのは」
「俺の目的のもの?」
俺は首を傾げた。
「あなたのクエストよ」
ああ、そういえば。
クエストを受注していたのをすっかりと忘れていた。
スリリングなデートが楽しすぎて。
たしか、白兎の皮だったよな。
俺はあたりを眺めまわした。
十メートルほど先に、なじみのある白いモフモフな後ろ姿を発見した。
兎だ。
俺は気づかれないように、背後からそっと近づいた。
あと一歩というところで、剣を引き抜く。
しとめるのは気が引けるが、これも自然の摂理だ。
「御免」
振りかぶった瞬間、うさぎが振り向いた。
「イクオっ! 危ない。間合いよ」
ルイーズが叫んだ。
えっ? 間合い?
ガキーンッ――。
俺の意図した方向とは逆に、剣が勝手に動いた。
どうやら俺を守ってくれたらしい。
俺は目の前の光景に唖然とした。
だって、兎が――。
あの愛らしい兎が――。
兎の頭に――。
角が――。
「あのー、ルイーズ。この兎、角が生えてるんだけど?」
「何言ってるのよ。キラーラビットなんだから当然でしょ」
白兎の皮って、兎の皮じゃなくて、キラーラビットの皮のことかいっ!
わかりにくいわっ!
キラーラビットの皮って書けよ!
危うく死ぬところだったじゃねーか。
今度は躊躇なく、俺は剣を振りかざした。
剣はキラーラビットの角をはじくと、そのまま強烈な一撃を叩きこんだ。
「グエェェェェ」
断末魔の叫びをあげ、キラーラビットは息絶えた。
「やるじゃない。さすが異世界人ね」
「異世界かんけーねーし」
俺は平和な日本ですくすく育った、一般人だって―の。
にしても、この聖剣グランデとやら、なかなかにすごいぞ。
今の戦いで分かった。
この剣は持ち主がピンチならすかさずガードに回り、チャンスなら攻撃に転じる。
俺の反射よりも早く動くから、剣撃が起こってから自分の行動が防御なのか、攻撃なのかわかるくらいだ。
「イクオ、あっちにもいるわよ」
「さんきゅー」
俺は走りこんで、すかさず一撃を食らわせた。
勢いづいていたせいか、今度はキラーラビットの角ごと一刀両断した。
「おっしゃー!」
この調子で、俺はあっという間にキラーラビット十体を倒した。
死骸の持ち運びには、ルイーズのマジックボックスを借りることにした。
「なあ、あっちに黒い兎いるだろ? あれもキラーラビットなのか」
俺はキラーラビットを片付けながら、尋ねた。
「ああ、あれはデスラビットよ。キラーラビットよりも上位の魔物よ」
そういうが早いか、ルイーズは走り立ち、デスラビットへ一太刀。
あっという間に、デスラビットの脚を掴んで持ってきた。
「デスラビット討伐の推奨ランクは、Cってところね。キラーラビットより凶暴なのよ」
「とか言いながら、ちゃっかり始末してますけど」
「そりゃね、私、Aランクですから」
「……もしかして、また『かっこいい』って褒めてほしいとか」
「ち、違うわよ。魔物は放っておくと、街までやってくることもあるのよ。だから、見かけたら倒さなくちゃ。それが凶暴な魔物であるほどね」
確かに一理ある。逃がした魔物が街を襲って、死人がでたら目覚めが悪そうだ。
「よし、俺ももういっちょ」
俺も負けじと、黒いモフモフへと剣を振るった。
デスラビットを一刀両断する。
斬り心地はどうだったかって?
キラーラビットが泥団子といった具合だったとすると、やや固い泥団子といった具合だ。
Cランクの魔物ごとき、この聖剣グランデとイクオ様の敵ではないわっ!
「クエストも達成できたし、森もだいぶん探検できたし。ルイーズ、そろそろ帰ろう」
初日にしては、なかなかに素晴らしい成果ではないだろうか。
日本でブラック企業に勤めていた時とは、雲泥の差だ。
まず達成感がある。
討伐した時の感覚といえば、もうサイコーだ。
例えるなら、一匹一匹が、ゲームのラスボスを倒したくらいの達成感がある。
それに、やりがいもある。
街の人々を、危険な魔物から守っているのだ。
言い換えるなら、正義の味方だ。
人をだまして商品を売りつけるブラック企業とは、まるで違う。
※※※
「ねえ、イクオ。ちょっとだけ付き合ってくれない?」
俺が帰り支度をしていると、ルイーズがふとそんなことを言う。
「付き合うって何に?」
日が暮れかけている。
もしや、これは……夜の――。
冒険者同士の、一夜限りの――。
なーんて、俺は妄想を膨らませてみる。
「腕試しよ」
「う、腕試し?」
ハイ、期待裏切られましたー。
まあ、わかってたけど。
「そうよ。一度でいいから、異世界から来た、ツワモノとやりあってみたかったのよね。私の腕がどれだけ通用するかどうか」
「ツワモノってさー、俺なんてしがないサラリーマンだけど……。っていうか、さっき、俺の実力見たでしょ」
「見たわよ。隠された実力をね」
何言ってんだ、この人?
「いや、あれが俺の全力だよ。超全力。キラーラビットがやっとなの」
「異世界人があの程度なわけないわ。魔物をも凌駕する鉄の軍団を使役する異世界人が」
ああ、そういえばそんな設定があったな。
エデン人にとっての、日本人って激つよ認定されてるんだった。
「さあ、本気で相手して頂戴っ!」
ルイーズが剣を構えた。練習とはいえ、すごい殺気をまとっている。
……マジか。
これ、オレ死ぬんじゃね?




