第九話 コンビネーション
カッソは剣を木刀に持ち替える。木刀は短い短刀タイプで二刀流。マイセンは長目の木刀を手にしていた。カッソとマイセンでは間合いが違う。カッソとマイセンは当然のようにイットを挟む形を取る。
審判役のプラロが始める前に確認する。
「本当に二人同時に相手をしていいのか? 老人だと侮りすぎではないのか」
「俺も少々荷が重いと思いますが、饅頭をほとんど買い上げてくれたのはマイセンさんとカッソさんです。ここまできたらサービスしないわけにはいかないでしょう」
サービスは本心だが、荷が重いは嘘だ。冒険者の二人同時に相手をするなんてダンジョンならイージーモードもいいところ。もっと強いのが五人、十人が殺意を持って襲って来るのがダンジョンだ。
「後悔するなよ」と釘を刺してからプラロが開始の合図をする。カッソもマイセンもすぐに仕掛けてこない。ジリジリとイットの周りを動く。
イットは自然体で構えて攻撃を待った。背後からマイセンが斬りかかってきた。剣で受けず身を捻って躱す。マイセンに一撃を入れようとしたが、カッソの邪魔が入った。
カッソが懐に入ろうとしていた。イットは片手をカッソに向けた。
光の弾を作り放った。魔法は今まで見せていないが、カッソは当然のように対処できた。カッソは光の弾を剣で弾かない。跳び退いて避けた。
「やはりな」とカッソが微笑む。マイセンは撃ち込みを止めてイットの間合いから離脱した。仕掛けてきそうにないのでイットは質問した。
「どうして俺が魔法を使ってくるとわかりました?」
背後からマイセンの声がする。
「お主と子供たちの試合じゃよ。お主の剣術は確かに立派じゃ。だが、全方位を相手にしたときの立ち回りが剣を主体に戦う者の動きとは違った」
一対一の勝負で気付いた違和感を埋めるために子供を利用した。わからない事をわからないまま、こうだと決めつけて戦わない。知る術があるなら試すとは用心深い。
魔法でカッソから一本を取る。次いでマイセンから剣で一本を取れば楽に終わったのだが、簡単にはいかなくなった。
単調な弱い魔法攻撃は読まれる。もっと強い魔法なら当たるだろうがそれではカッソに怪我させる。かといって負けるのは癪だ。
マイセンが斬り込んでくる。イットは剣でマイセンの攻撃を受ける。同時に距離を詰めてくるカッソには魔法弾を連打して近づかせない。
戦いに魅了された観客がどよめく。盛り上がってくれるのはいいが、イットは困っていた。観客が集まりすぎている。よく試合を見ようと距離が近くなってきている。
魔法弾は威力を弱めているが観客に当たるような打ち方はできない。そうなると、どうしても軌道が制限される。
軌道が読みやすい魔法弾に当たるほどカッソは耄碌していない。ここでイットはカッソとマイセンのもう一つの策を知った。
「饅頭配りは俺の魔法対策としての側面もあったのか。派手に騒ぎ、饅頭をばらまいて観客を集まるのを待っていたのか。観客を俺の魔法を封じに使うとは、恐れ入る」
普段は無観客で戦っていたので、観客の心理を読めなかった。
観客は自分たちがいるせいでイットの魔法使用に制限が掛かっているとは思っていない。観客を人の盾にするのは卑怯。だが、二人にとっては観客が勝手に集まってきただけ、と言い張るのが目に見えている。
イットはマイセンからまず倒そうとした。フェイントを入れて斬りつける。マイセンは戦い方を突き主体に変更した。イットの剣を払う防御に徹した剣術だった。守りに入られると崩すのが面倒だった。
あえてカッソを近づかせて剣で迎え撃つ。マイセンに背を見せる恰好を取った。マイセンは踏み込まない。一撃を読まれて逆にやられるのを警戒していた。カッソもイットとの打ち合いを望まない。すっと距離を取る。
「相手の嫌がる戦い方をする。冒険者の鏡のような人間だ」
イットは二人の戦い方に困った。弱い魔法弾の連打でも続ければ魔力を消費する。人間ならそろそろ限界がきてもおかしくない。
イットの魔力容量は人間を凌駕する。本音を言えばまだまだ戦える。だが、魔法を使っての戦いが続くと明らかに不自然である。立場的には達人クラスの攻防を超えるのは正体の露見に繋がる。
早々に勝敗を決めたいところ。だが、二人はイットが焦るのを待っている。ここら辺の駆け引きは冒険者と長くやってきたので推測できる。
冒険者に負けたくはない。正体も知られたくはない。魔王饅頭の概念を変えられたくもない。イットは木剣を手から落とした。イットはその場に胡坐をかいて座った。予期しない行動にマイセンとカッソが距離を取った。イットは両手を拡げる。
「なんだ? なんだ?」と観客もざわめいた。一見すると意味不明な行動にイット以外が戸惑った。数秒の間をおいてカッソが飛び掛かる。反対でマイセンが舌打ちする音が聞こえた。
マイセンはじっくりと見極めてから攻撃したかった。されど、カッソは手詰まりのためのこけ脅しと踏んで、攻撃に出た。
このままカッソが飛び込み、何かしらの方法でやられたとする。マイセンは独りになれば勝てない。一人ではイットに勝てないので、マイセンも動くしかなかった。
息がぴったりだったカッソとマイセンの呼吸がずれた。イットは念動力を使った。座ったまま地面を滑るように横に移動した。一直線上にカッソとマイセンが並んだ。
念動力で二人の背中を強く押す。二人は踏ん張りきれずに前のめりになり衝突して転倒した。イットはその隙に木刀を拾う。二人の頭を軽く木刀でポンポンと叩いた。
「勝負有り」の声が響く。観客は予想外の結果に驚いていた。
カッソとマイセンがよろよろと立ち上がる。
先にマイセンが愚痴る。
「なぜ早まった? あそこは様子見でよかったじゃろう」
カッソが言い返す。
「お前こそせっかくのチャンスに躊躇いおって、タイミングがずれたではないか」
「なにおう」と二人はいがみ合っている態度こそ見せていたが、念動力で背中を押されたことを口にしなかった。観客は二人の様子を見て、勝負を焦った老人たちがタイミングを間違い衝突した、と勘違いして笑った。
カッソとマイセンには借りができた。二人は敗者に甘んじ道化になり場を締めてくた。見方によっては今までの戦いが全て余興だったのではないかと思えるほどに滑稽な態度だ。
二人のやりとりに笑いが起きているなか、一人の黒髪の女剣士が屋台に向かうのが見えた。女剣士は長刀を背中に提げている。装備は新しいが、剣だけが年季が入っている。
剣は業物であり、素人がおいそれと持てるものではない。
女剣士が財布を出して注文する。
「饅頭を三つくれ」
ローザが詫びた。
「もう残り二つしかありません」
「二つか、ならチャレンジは無理か」
ローザがイットに視線を送ってきた。女剣士には嫌なものを感じたので首を横に振った。饅頭がないので断る理由はある。
合図を見たローザは女剣士に謝った。
「他のお客様の手前、三個買っていただかないと不公平になりますのでご容赦ください。チャレンジに参加できないのなら、キャンセルされますか」
女剣士の声には不満が籠っていなかった。
「いや、買おう。面白いものを見せてもらった。それに魔王饅頭は好きだ」
ローザが大きな声を上げる。
「真魔王饅頭は完売です。皆様ありがとうございました」
観客は満足した表情で散っていった。
「儂らも戻るかのう、久々の若い者の活躍に祝杯をあげよう」
プラロが機嫌よく仲間に顔を向けると老人たちも頷いて退散する。
マイセンとカッソも一緒に帰った。女剣士も饅頭を買うとさっさと場を後にした。饅頭は売り切った。だが、イットは女剣士のことが気に懸かっていた。