第八話 老人の奇策(下)
子供たちに策を授けたカッソが離れた少し場所に陣取る。戦いの場を俯瞰して観察できる場所だ。饅頭を全員が食べ終える頃にカッソがマイセンを呼んだ。
二人は少しの間だけ話した。内容はわからないが、共闘の申し込みだと察知した。冒険者の厄介なところは利害が対立していても状況によっては、妥協点を見つけて共闘してくるところだ。
飄々とした態度でカッソが指示してきた。
「始めよう、場所が広く使えるからお前さんは中央に立ってくれ」
指示に従うと、子供たちが十人一組で輪になってイットを囲む。十人の後ろには子供が並ぶので三重の囲みだ。子供の配置には問題ない。
気になったのは前後を挟む形でカッソとマイセンが見学している。全方位から攻撃に対して何かを確認する配置だ。
「いつでもどうぞ」と声を掛けると、子供が五人で襲ってくる。サッと躱して、軽く小突く。殴られた子供はパッと退場すると、次の新手が迫ってくる。
所詮は子供、同時にきても問題ない。あっという間に十人の子供が退場する。ピカッと何かが光った。控えていた子供の一人が鏡でイットの目を狙った。
一瞬だけ迷った。イットの外見は人間と同じだが、体の機能は異なる。光で目を狙われても視界は遮られない。だからこそ、ここで反応していいのか迷った。
人間ならスキができる。されど、熟練冒険者なら対応できる。どちらにするかの迷いだった。子供たちの木剣が迫る。子供の攻撃だから避けられた。また、軽く一本も取れた。
問題は自分の反応がカッソやマイセンにどう取られたかだ。
襲い来る子供をちゃっちゃっと片付ける。あっと言う間に残り五人になった。四人を倒す。最後の一人の子供は仲間の背中を踏み台にして上空から襲い掛かって来た。子供はきちんと太陽を背にしていた。
「おー」と観客から歓声が上がる。
逆光だが問題ない。イットはひょいと避ける。降り立った子供の後頭部を軽く小突く。戦いには勝利した。カッソとマイセンを探すと、しかめっ面で何かを考えている。二人はイットの動きから何かを計算している。
カッソが子供たちに声をかける。
「まだ饅頭を食べたい子はおるか? おるなら言ってくれ、買ってやるぞ」
子供は誰も手を挙げない。カッソの孫が意見する。
「じっちゃん、あまり間食すると夕飯が食えなくなるよ。そうしたら、母さんに怒られる」
躾けの問題で娘と揉めたくないのか、カッソはあっさりと諦めた。
饅頭屋の屋台を見ると、行列ができている。観客が見物料代わりに買ってくれている。個数は一個ないし、二個だが人数がいれば馬鹿にならない。売上金を入れる瓶も半分以上、貨幣で満たされている。
カッソが提案してきた。
「饅頭を三十買うから、腰の双剣を使用してもいいか?」
慣れた武器で戦えば勝てると踏んだか。遂に本気で討ちにきた。
「腰の剣は真剣ですか?」
「そうじゃよ」とカッソはアッサリ認めた。イットの体なら真剣の一撃を受けても死ぬほどやわではない。
だが、人間の体は違う。当たり所が悪ければ死ぬし、斬られれば血も流れる。一撃を受ければ、イットの正体が人間ではないとバレる。
「真剣は危険だ。寸止めに失敗すれば万が一のことがありえますよ」
イットの意見を全くカッソは気にしていない。
「お前さんが今までの通りに避けて、一本を取ればよい話じゃろう?」
カッソは無茶な要求をしている。されど、別に負けが込んで腹を立てている顔ではない。カッソの提案は駆け引きだ。イットは断ることもできたが、あえて試した。
「真剣を使用するなら、饅頭を百は買ってもらわないと」
「わかった、百じゃな。買おう」
値切ってくるかと予想していたが、あっさり了承した。イットは代金を瓶に入れる。
カッソは孫の友だちではない、子供たちに声を掛ける。
「さすがに饅頭の百個は喰えん。代わりに食べてくれる子はおらんか」
お腹を空かせた子がわらわらと屋台に群がる。人が食べてると食べたくなるのが子供だ。カッソはルール通りに一個だけ食べるとイットに向き合った。
「用意してきた小遣いも尽きた。勝敗を決しよう」
今までカッソからは感じなかった闘志を感じた。観客が見守るなかカッソは双剣を構えた。一目見てわかるスキがない構えだ。イットも木剣を構えた。
「始め」の合図でカッソが斬りかかってくる。真剣は木剣より重い。剣の速度は落ちそうなもの。だが、現実は違った。カッソの双剣は速く左右から風のように襲ってきた。カッソはこの戦いのために真の実力を隠していた。
受けられる速さではある。だが、硬い木剣といえど相手が鉄なら、どんどん削れる。防御に回っていれば武器がもたない。イットはここで妙に思った。
「剣の切味が悪い。安物か? それとも刃引きがしてあるのか」
カッソが持っていた愛剣ならもっと威力がありそうなもの。カッソの双剣は真剣ではない。鍛錬用の武器だ。真剣と見せかけて交渉して有利な条件を引き出すつもりだった。だが、流れとして使用できるので使っている。
防戦はまずい。イットから仕掛けた。カッソは防御に徹する。イットの繰り出す木剣を削っていく。卑怯かもしれないが、有利な点は絶対に捨てない。冒険者の戦い方だ。イットの攻撃を凌ぐうちに木剣がついに折れた。
イットは木剣をカッソの顔に投げる。カッソが避けたタイミングで踏み込み。イットはカッソの顔に拳で打つ。カッソはイットの攻撃を待っていた。カッソはギリギリで避けた。双剣でイットの両脇を打ちに行く。
念動力でイットは自分の体を後ろに引いた。カッソの剣が空を切る。イットは後ろに倒れ込ながら蹴りをカッソの足首に放った。本来なら有り得ない角度からの蹴りはカッソも避けられない。倒れたカッソは追撃を防ぐために立ち上がる。起き上がったカッソの顔にイットは拳を寸止めした。
「一本それまで」の声が響く、熱戦に魅入られた観客が歓声を上げた。
カッソはここで初めて悔しそうな顔をした。
「若いの、ちっとは年寄を労われ」
「そこまで動けるのなら、充分でしょう」
残るはマイセン一人、ここで広場に屈強な男たちが集団でやってきた。戦い慣れた空気があるのでおそらく戦いのプロだ。人数にして十五人。
「売り上げに大きく貢献してくれそうな一団ではあるが果たして客だろうか?」
集団の先頭にいた赤ひげの男がマイセンに声を掛ける。
「先生どうしたんですか急に呼び出して、俺たちはこれから昼飯なんですが」
「そうじゃろうと思ってな、たまには御馳走してやろうと思って呼んだ」
赤ひげの男はいかにも胡散臭そうにマイセンを見ていた。マイセンは気にせず饅頭を注文する。
「饅頭を百個もらおう」
赤ひげの男は渋々の態度で意見する。
「昼飯が饅頭ですか? 嫌いではないですけど、甘い物を昼飯代わりとは」
「安心しろ、これは魔王饅頭じゃ。甘くない」
マイセンの意図がわからないが剣の師匠には逆らえないのか男たちは蒸した饅頭を食べ始めた。マイセンはニコリと笑って提案してくる。
「さて提案じゃ。饅頭を百個買ったからカッソと儂で二人で挑戦させてくれ。武器は真剣でなくていい、どうじゃ?」
饅頭を入れてきた箱はほぼ空。おそらく、ほどなく売り切れる。ここで勝てば饅頭を売り気って終了だ。
「いいでしょう。ではお二人を相手にしましょう」
イットの返事にマイセンは喜んでいた。