第七話 老人の奇策(上)
マイセンは木剣を構える。老化による腕の衰えはあろうが様になった立ち姿だった。イットも木剣を構える。イットは魔法で戦ったほうが強いが、剣を持っても戦える。
腕自慢の冒険者の剣技に対処するために自然と身に付けた我流剣術だ。
マイセンの眉がピクリと跳ねた。イットの腕前が並ではないと見抜いたと見ていい。
プラロの「始め」の合図と同時にマイセンが踏み込んだ。剣での薙ぎ払い。お手本のような綺麗な一撃だった。
さっと見切って回避する。剣が通り過ぎたタイミングで間合いをイットから詰めて斬る。
イットの剣がマイセンの首にピタリと触れた。
「勝負あり」と合図がある。イットは勝った。だが、マイセンはまだ本気ではない。あえて一本を取らせた。マイセンの顔を見ても悔しそうではない。
死なない勝負で、一本を取れば勝利。あえて、最初の勝負を捨ててイットの剣筋を確認してきた。冒険者ならばやりそうな手だと思った。
「もう三つ貰おうか」と財布を開けてマイセンが饅頭を買おうとした。すると、カッソが横から口を出す。カッソはニコリと微笑む。
「一人で楽しむな。次は儂じゃ。饅頭を三つくれ」
マイセンは素直に順番を譲った。カッソは饅頭を仲間の老人に二つ配る。カッソはルールに則り一個を食べると感想を口にする。
「昔ながらの味じゃな。儂は甘いのよりこっちが断然好きじゃ」
カッソが剣を構えて勝負開始となる。「始め」の合図があってもカッソは動かなかった。
打ってこいとばかりに待っている。イットが踏み込み一撃を放った。カッソはさっと躱して、イットの懐に入ろうとした。
イットは膝蹴りで迎え撃つ。カッソの腹に蹴りを寸止めする。
「勝負あり」と合図がある。負けたカッソだがこちらもちっとも悔しそうではない。カッソはイットが反応する速度を測っていた。カッソもまた一回で勝とうとせず、イットの手の内を探っている。
イットは本気ではない。マイセンもカッソもまた本気ではない。マイセンとカッソはイット攻略の糸口を探っていた。
マイセンがローザに金を渡して饅頭を三個買う。ローザは流れを理解していたので代金をガラス瓶に入れた。マイセンが饅頭を仲間に配ってから、一個だけ食べる。
「饅頭は美味いが、歳を取って食が細くなった。貢献してやれずに残念だ。早々に勝たせてもらおうかの」
「そういわず、十でも二十でも食べていってくださいよ。まだ一杯ありますから」
フンと笑うとマイセンは指を舐めた。マイセンの顔には余裕がある。マイセンと対峙して二戦目が開始される。マイセンは先ほどと同時に「始め」の合図で斬りかかってきた。
踏み込んでの上段から斬り下ろし。避けても良かったが、威力を知るために剣で受けた。マイセンの一撃は衰えた老人のものではない。見かけは細い腕だが、人間にしては力は強い。
攻撃を防がれたマイセンはさっと剣を引いて打ち込んでいく。二撃目、三撃目は速いが力が乗っていない。軽く打ち込みイットの攻撃を誘っていた。
誘いに乗った。マイセンの間合いに入っての胴薙ぎ。マイセンはすかさずイットの首を狙う。マイセンの攻撃は今までの中で最速。イットは上体をグンと反らした。
イットの顔の上を木剣が通過する。反撃に放ったイットの木剣はマイセンの胴を捉えていた。
「それまで! あり」の声が響く。
マイセンの顔を見た。悔しそうにも驚いているようにも見えない。
「これもダメか」と静かに分析していた。思案しているが、諦めてはいない。
この手の冒険者は昔からいる。手堅く守りつつ、攻略の隙を探す。上級者の手口だ。守りに入る決断は難しい。下手な冒険者が真似をすると攻撃の機会を失いほぼ負ける。
なので一般冒険者は守りから入らないし、守りから始めるやり方も知らない。
マイセンをおだてた。マイセンの心の内を探るためだ。
「今のは危なかったです。ヒヤリとしましたよ」
見え透いたお世辞に対してマイセンは冷静だった。
「そうかな? 不自然な姿勢でありながら、剣を止めない。そのまま寸止めができる腕は中々じゃな」
広場に三十人近い子供が集団でやってきた。子供たちは全員が木の棒ないしは、木剣を手にしていた。
先頭にいた子供がカッソに声を掛ける。
「じっちゃん、言われた通りに友達を連れてきたぜ」
カッソはイットに交渉を持ちかけてきた。
「この挑戦は子供でも挑戦できるんじゃろ」
「いいですよ。老若男女を問いません」
カッソの企みが読めなかった。子供たちはいたって普通の子供、何か特殊な訓練を受けているようには思えない。どこかの剣術道場の門下生にも見えない。いいところ腕自慢の悪餓鬼だ。
カッソが財布を軽く持ち上げて徴発する。
「子供は飽きやすい。一度に相手にしてもらえないじゃろうか、もちろん無理なお願いじゃから、全員分の饅頭に上乗せして合計百個買おう」
子供が相手ならたとえ一万人いても負けない。目を瞑っていても勝てる。イットの動きを見ていればカッソもわかっているはず。
「いいですよ。子供は好きですから」
何か企むなら乗ってやろう。こういった冒険者の策を潰す楽しみは久しぶりだ。
あからさまな態度でカッソは喜んだ。
「それはありがたい、ただ広場の隅では狭い。中央でやろう」
開けた場所で囲むのなら攻め手が有利。仲が良い子供同士なら拙いながらも連携はできる。多少は有利だが、それでもイットの実力差は埋まらない。
現状をカッソがわからないはずがない。カッソが何か考えているが読めなかった。
ニコリと笑ったカッソが提案する。
「お前さんは饅頭が蒸しあがるまで向こうで休憩するといい」
疲れてはいない。ただ、一度に百も注文が入ると饅頭を蒸すのが間に合わないのは事実だった。また、チャレンジの仕組み上、饅頭を子供に食べてもらう必要がある。
何か考えがあるのは明白だが、あえて乗った。
「いいですよ」と応えて、休憩に入る。カッソは子供たちを集めて、紙に絵を描いてあれこれと指示する。
子供たちに策を授けているとみて間違いない。子供たちは真剣に聞いていた。
饅頭は冷めると味が落ちるのでできた順に子供たちに配られる。
「俺は甘いのがいいな、魔王饅頭って甘いもんだろう?」と幾人かの子供たちが不満を口にする。街の魔王饅頭の概念が変わりつつある事態を実感させられた。
笑ってカッソは子供たちを提案した
「いいじゃろう。作戦が上手くいったら甘い饅頭も御馳走しよう」
カッソの提案に子供たちは喜んでいた。
イットも楽しみでもあった。さて、何をしてくる老獪な冒険者よ。