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第六話 挑発を入れる

 材料の買い出しは終わった。材料をローザが相続した店舗に運ぶ。店の立地は湯治客が集まるメイン通りから離れていた。ふらりと新規の客が来る場所ではない。


 交通の便はいいところではあった。配送が容易な温泉旅館は六軒もある。

「真魔王饅頭が売れるならこの立地は悪くない。旅館から大口の注文が取れれば充分に利益が上がる場所だ」


 前の職場では冒険者の攻略ルートを予想できないと仕事にならなかった。客の動線の推測も配送ルートの読みも同じだ。


 買い付けた量を見て老いた従業員は驚いた。老いた従業員はローザに注意する。


「明日から魔王饅頭を真魔王饅頭として販売するとは聞きました。でも、仕入れた材料が多過ぎませんか? 売れないと大量廃棄ですよ」


 ローザがいい訳する前に口を出した。

「問題ない。販路を拡大する目星はある。材料が悪くなる前に使い切る」


 老いた従業員は呆れていた。

「あんたは街の現状を知らなさ過ぎる。大量廃棄になって悲しい思いをするのはローザお嬢さんなんじゃよ」


 ローザは愛されている。ローザの現状では従いてくるメリットはない。商売を拡げているアレックスやサイモンの店にいたほうがいい思いができる。


 老いた従業員の声に驚いたのか、奥から二人の職人が現れた。

三人といえど、従いてきた人間がいるのなら羨ましくもあった。なにせ、イットに従いてきた者は誰もいない。


「材料費は俺も出している。リスクを負っているのだから信じてくれ。明後日に広場が空いていたのでイベント用に抑えた。会場費は俺が負担する」


 老いた従業員はローザを見ると、ローザは頷いた。

 いかにもやれやれの感じで老いた従業員が釘を刺す。


「言葉だけでなく、きちんと金を出しているのならまだ信用できるか。でも、後で売れなかったから金を返せとは言うなよ」


「売り切ってやるよ」


 真魔王饅頭の生地は作ってから涼しいところで一晩寝かせて熟成させる。なので、今日は生地を作り、明日の早朝に餡を作り生地で包む。生地作りは従業員とローザだけで大丈夫だったので、イットは冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドは相変わらず暇そうにしている老人たちの溜まり場だった。


 仕事を紹介してきたプラムに声を掛ける。

「明後日に広場で真魔王饅頭の販促を兼ねた小さな催し物をやるので来てください」


 老人たちは取り立てて興味を示さない。仕事を紹介してきたプラムは責任があるのか応じてくれた。

「時間はあるからいいが、何をするんだ?」


「饅頭を買ってくれた方と勝負します。勝てたら、賞金を出すイベントをやるんです」


 背の小さな老人がふんと鼻を鳴らして不機嫌に答える。

「くだらん、儂らは八百長には加担しない」


「何か勘違いされていますね。審判をお願いしたいのと、木剣を貸してください。もし、参加されるのならご自由にどうぞ」


 枯れ木のようなひょろ長い老人が笑う。

「若いの、それは馬鹿にしすぎじゃ。確かに儂らは年寄だ。だが、どこの馬の骨ともわからんポッと出には負けんよ」


 小柄な老人が軽口を叩く。

「儂よりは弱いが、死に損ないのマイセンとて街の衛視長よりは強いぞ」


 枯れ木の老人が言い返す。

「お前こそ双剣のカッソと呼ばれていたのは昔の話じゃろう。もっとも現役の頃から儂のほうが強かったがな」


 小柄な老人の名はカッソ、枯れ木のようなひょろ長い老人はマイセンだとわかった。

 二人はバチバチと視線で火花を散らす。


 こういう冒険者は好きだ。いつの時代も良いカモになってくれる。年寄を騙して金を巻き上げる形になるが、使えるものは使おう。そもそもの始まりは冒険者ギルドの働かない役員のせいだ。


「カッソさんとマイセンさんもぜひお越しください。お二人にはいい運動になるように配慮します」

「配慮」の単語が気に障ったのか、カッソとマイセンがイットをギロリと睨んだ。


 やれやれの口調で、プラムが口を出す。

「感心せんな、お前さんは大損するぞ」


「その時はきっちり払いますよ」と笑顔で語った。

「言うたな」とカッソとマイセンも意地悪く笑った。カッソもマイセンも完全に勝つ気だ。


 これで客は来てくれる。他の老人もきっとくる。これで少なくとも饅頭が十五個は売れる。


 翌日、従業員三人に饅頭を持たせる。蒸したてを提供するために屋台を牽いた。ローザを連れて広場に行くと、案内所の老婆が機嫌よく広場の一角の使用を認めてくれた。


 饅頭を蒸して売る準備をすると、饅頭が四百しか準備されていなかった。


 老いた従業員に尋ねた。

「随分と用意した真魔王饅頭が少ないですね」


「職人が少ないからの仕方あるまい。また、久々に作業をしたので疲れが出た」


 わざとらしく老いた従業員は腰をさする。見え透いた嘘だ。老いた従業員は真魔王饅頭が完売するとは思っていない。大量廃棄を嫌がって生産量を抑えた。


 実績がなく信用されていないなら、信用させるまでだ。

 饅頭が蒸しあがる頃にギルドマスターと十四人の老人がやってくる。老人の中にはマイセンとカッソも入っている。


 ギルドの役員が総出で来るなんてよっぽど暇なんだな。


 ギルドマスターが木剣を渡してきた。

「用意をしてきたぞ、してどうする」


 広場に人通りはまだ少ないがイットは声を張った。

「さあさ、お立合い。これより真魔王饅頭の発売を記念してイベントを行います。真魔王饅頭を三個購入していただたい方には魔王役の私への挑戦権を差し上げます」


 面白がった老人の一人が合いの手を入れてくれた。

「武器はなんだ? 相手が魔王なら真剣か?」


 誰も真剣で斬りあうとは思っていないが、ノリとして叫んでくれている。


「武器は木剣で先に一本取ったほうが勝ちです。ルールは二つ。購入した真魔王饅頭は捨ててはいけない。挑戦者は真魔王饅頭を食べることです」


 景気よく合いの手が入る。

「魔王に勝ったら恩賞はあるのか? 姫は貰えるのか」


 イットは大きなガラス瓶を屋台に置いて、銀貨十枚を入れる。

「このガラス瓶の中の金を全部、差し上げます」


 賞金が銀貨十枚ではしょぼいと思ったのか観客の反応は薄い。これは計算の内。


 マイセンがまず動いた。

「真魔王饅頭を三個もらおう。確認じゃが、三個とも儂が食わなくてもいいんじゃよな」


「真魔王饅頭を食べてもらうためのイベントなので参加者は一個食べればいいですよ。残り二個は御友人に配っていいです。ただし、貰った方はきちんと食べてください」


「承知した」とマイセンは真魔王饅頭を三つ購入する。イットは真魔王饅頭の代金として受け取った金をそっくりガラス瓶に入れる。


「ほおう」と老人の誰かが感心した。イットが負けなければ賞金がドンドン上がっていく。真魔王饅頭が売り切れたら店側が全部持っていく、仕組みだった。これは最初から最後まで無敗で行くとイットが宣言したに等しい。


「小癪な」とマイセンは言い捨てるが、顔は楽しそうだった。

 マイセン自身は真魔王饅頭を一個だけ食べ、残りの二つは仲間に配った。


マイセンは魔王饅頭を口にした感想を述べた。

「確かにこれは昔ながらの魔王饅頭だ。味は前よりよくなったようだな。残念なことがあるとすれば、この新しい魔王饅頭の角出を儂が挫くことになることかな」


 饅頭を食べ終わるとマイセンは木剣を構えた。イットも木剣を手に取った。面白そうな見世物が始まると察したのか、冒険者ギルドの老人たち以外の人もパラパラと寄ってきた。

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