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第五話 お人好し

 ローザとは一度、別れて宿を決める。町に出て敵情を視察する。饅頭屋は町に二十店舗もあった。だが、真魔王饅頭を売っている店舗二店しかない。イリノ屋とマシマシ屋だが、イリノ屋は三種類の魔王饅頭を扱っていた。


「本物のみを売る店が一件だけ、だと」


 戦況は圧倒的に不利だった。だが、物は考えようだ。魔王軍の四十九州の内、四十八州を取られている状況に比べればまだマシだ。


 本物のイット様のほうが苦しい戦いをしているのに、俺が尻尾を撒いて逃げるなど有り得ない。とりあえず、二軒の店から魔王饅頭を買って食べた。


 イリノ屋の饅頭を食べると、チーズのトロリとした触感があった。また、野菜の酸味が抑えられている。

「客に媚びた味だ。魔王饅頭を名乗っているが、チーズを使うなんて邪道だ」


 魔王饅頭発祥の地では畜産は行われていた。だが、養豚が盛んで酪農家は少ない。なので、魔王饅頭にチーズを使うことはない。


 マシマシ屋の饅頭を割る。中にチーズは入っていないのを確認して口に入れる。塩気と酸味が控えてありまろやかな味になっていた。


「許せるか、許せないか、なら許せるに分類できる。だが、これも本物の魔王饅頭ではない」


 人間の好みに合わせているわけではない。昔、ゴンちゃんが人間の街のお土産としてくれた魔王饅頭はしっかりとした塩気があった。


「とすると、時代による味の変化か。この戦は厳しいものになるな」

 本物を残すことに拘れば負ける。かといって、偽物を売るのも避けたい。


 魔王饅頭はは完全に消滅したわけではない。とするなら、二つの道がある。


「名を取って本物を残す。これは一店舗を死守する戦略だな。または、実を取って、名を捨てる。妥協できるところは妥協して、今の人間に合う形に変えるかだな」


 なんだか魔王軍の戦略を考えているようだな、ふと思う。

「武力侵攻も文化侵略も脅威に違いないが影響する規模が違うからな」


 イットはここで思い直す。

「いいか、命令がない分身の身なら分相応の仕事だ」


 町を歩いていてわかったが、町の中央広場では大道芸人が芸をしたり役者が劇をやったりしている。また、大なり小なりイベントをやっていた。イベントの日程は広場に掲示板があり張り出されていた。


 掲示板の近くには案内所があり老婆が暇そうにしていたので尋ねる。

「イベントをやることは可能かい?」


 老婆はイットを胡散臭そうに見て答える。

「誰でも申請できるわけじゃないよ。町の人間でそれなりに信用がないとダメさ。あとは会場が空いているかどうかだね」


「冒険者ギルドの後援がある。ないしは、トリノ屋のローザさん名義なら可能かい」


 老婆の表情が柔らかくなった。

「冒険者ギルドの爺連が後ろにいるならできるよ。また、トリノ屋のローザさんといえば街の名士だからね、そっちも問題ないね」


 掲示板では二日後のイベントはなかった。

「イベントをやりたいから許可を頼む」


「前金を納めてくれるなら仮押さえはしておくよ」


 広場でイベントのできるスペースは三か所あった。大きなイベントなら三か所を抑えて広場を貸し切りにできる。だが、そこまでの広さは必要ない。


 翌日、ローザと合流する。ローザはイットを連れて一件の倉庫に行った。


 倉庫は酒蔵のような四角い平屋だった。広さも充分ある。中に入ると野菜や肉を切る加工台があった。また、流し台や乾燥させた樽もある。


 魔王饅頭の餡を作る施設だとすぐにわかった。静かなので休業状態だ。


 一人の若い女性が出てくる。歳の頃は十六歳、肌の色が白ではなく薄いオレンジで、黒髪だった。髪は後ろで縛ってある。腕にはしっかり筋肉がついているので、箱入り娘ではない。働く女性だ。女性の顔は強張っていた。


 ローザから女性に話し掛ける。

「ミレイさん、お待たせしました。取引を再開します。野菜と肉を売ってください」


 ほっとした顔でミレイは告げる。

「やっと品物が売れる」


 魔王饅頭の中身ががらりと変わったので、商品が売れずに困っていたのか。魔王饅頭は戦時中に食べられていた料理なので具材は保存が効く。といっても、限度がある。


 ローザはすまなさそうに購入量を告げる。

「野菜は二樽、お肉は一樽です」


 量が少ないのでミレイの顔は少しばかり曇った。ミレイが倉庫にある地下へと続く扉を開けた。地下に樽が保存されていたが、もう保管スペースが満杯だった。


 気になったのでイットは尋ねた。

「四百樽以上はありますね。在庫が多過ぎだ、材料を仕入れ過ぎではないですか?」


「野菜や肉は近所の農家から買っています。ウチが買わないと農家は売れない野菜を抱えて困るんです」

 理由はわかったがこれでは生産者と共倒れになる。経営者としては失格ではないだろうか?


 大量の在庫を見ながらミレイは寂し気に語る。

「魔王饅頭が売れていた頃はここでも多くのパートさんを雇って生産していたんですよ」


 食い物屋は流行り廃りがある。変化の波に乗り切れないとなると潰れる。ミレイの年齢からして最近代替わりしたのだろう。家族的で温かい経営が仇となっている。


「購入量は倍にしましょう」


 イットの問いにローザは驚いた。

「大量に作っても売れなかったら大変ですよ」


「俺も金を出すので多く作りましょう。材料費を出すので売れたら分け前をもらいます」


 驚いたミレイは忠告した。

「やる気になっているところ悪いんですが、街の現状を御存知ないのですか? もう、魔王饅頭は売れないですよ」


「売れる売れないは貴女が心配することではない。私は売り切る自信があるから買うと言っているのです」

 ミレイはローザを見るが、二人の顔は曇っている。イットは財布を開けて、金を出した。


「買いたい人間がいて金を持っている。売りたい人間がいて品物がある。なんの問題があるんですか」


 少々強引な言いようだが、ミレイは納得した。

「量が多いので商品はこちらから配送します」


「荷車を貸してください。持って帰ります」


 イットの言葉にローザは驚いた。

「樽一つは人間の大人より重いですよ。それを、六樽も運ぶなんて私たちでは大変ですよ。上に上げるだけでも一苦労です」


「心配無用です」とイットは断言した。イットは樽に触れると念動力を利用して片手に三樽ずつ持った。群がる冒険者を浮かせて一網打尽にしてきたイットにとっては六樽をひょいひょいと動かすなど、楽勝だった。ただ、空中に浮かせると目立つので手に持っている形にはしておいた。


 片手に三樽ずつ皿でも持つように運ぶとローザとミレイは驚いた。

「凄い力ですね」


「故郷ではこれくらいできないと、役に立たず扱いされますからね」

 樽を荷車に積んで引くが問題なく動いた。戦うための武器は揃った、あとは戦術だ。

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