第四話 よろしい、ならば戦争だ
依頼人は夕方には来ると教えられたのでイットは街を歩く。街は平和だった。剣をぶら下げて歩く輩はいない。通りでは饅頭を売る威勢の良い声が聞こえた。
裏道に入ればまた街の別の顔があるかもしれないが無理はしない。
「揉め事を起こすと命令書を受け取られなくなるからな」
温泉街との情報は間違いではないらしく、街の規模にしては旅館が多い。
旅館は大きくはないので、家族経営の旅館だ。
町には市場はあるが、大きな商家が店を構えるような商館がない。町の東に広がる畑は町の人間を充分に養えるほど広いが、大規模に穀物と作付けして輸出をするほどの大きさがない。
「貧しいながらも明るい町の可能性も捨てきれないが、ホームレスがいない。経済がきちんと回っているのなら何か産業があるんだろうか?」
町を見回っても饅頭屋が多いのはわかるが、他に特徴がない。薬物関連なら中毒者が路上にいたり、薬品の臭いもしたりする。だが、目つきの怪しい人間はいない。異臭もしない。
もしかしたら、軍需産業があっても人目に付かないところで工場があるのかもしれないが不明だった。
「この町は普通過ぎて逆におかしい」
町を見回って冒険者ギルドに戻る。老人の中に混じって綺麗な若い女性がいた。肌は白く、肩まで金色の髪を伸ばしている。服装は若草色のワンピースで品がいい。どこかの裕福な家の子女だと予想できた。
先ほど仕事を持ちかけてきたギルドマスターのプラロが照会する。
「こちらは饅頭屋の娘さんでローザさんじゃ。今この街の老舗饅頭屋で跡目争いが起きている」
わりかしどうでも良い話だと思うが、やることもないので話は聞いてもいい。
ローザはペコリと頭を下げてから、悲し気に語る。
「私には二人の兄がいます。アレックスとサイモンです。父の遺言により饅頭屋の屋号のトリノ屋はどちらも使えるのですが、アレックスは本家を名乗り、サイモンは元祖を名乗っています」
本人たちはとても本気なのだろうが、イットからすれば好きに決めたらいい話だ。
「放っておきなさい。不味いほうが潰れるでしょう。どちらか残ったほうが本物とすればいい」
冒険者ギルドの受付の紳士が二枚の皿を運んできた。
片方の皿には白い饅頭、もう片方の皿には薄いピンクの饅頭が載っていた。
ローザがイットに促す。
「食べてもらっていいですか?」
人間と同じように食事はできるが、味覚が優れているわけではない。
食べないことには話が進まないと思い、白い饅頭に手を付ける。
「白い饅頭の生地は厚目。中の具はカスタードクリームか、甘味が強目だな。甘い物が食べたい時に満足できる味だ」
観光地の饅頭としては美味いが、名店の味とは呼べない。
次にピンクの饅頭を食べた。
「こちらの生地は薄い。中の具はジャムを使用している。また花の香で風味を出している。甘味が勝ちすぎないようにジャムに使う砂糖の量を調整している」
工夫はわかるが、白い饅頭と比べて勝っているかといえば、わからない。どちらが美味いかは人の好みだ。
「両方とも悪い品ではないですね。これなら下手に優劣を付けるより黙っておいたほうがいい。差別化できているので両方とも生き残るでしょう」
仲介役の老人が口を挟む。
「お主、これは何だと思う?」
おかしなことを質問する老人だと思う。饅頭以外の何物でもない。
「饅頭ですよ」と答えると、ローザががっくりと項垂れる。
「饅頭は饅頭でも、魔王饅頭なんです」
驚きだった。魔王饅頭が甘いだと?
両方食べたがどちらも魔王饅頭ではない。いや、呼びたくない。
受けた衝撃にイットは叫んだ。
「馬鹿な! 甘い魔王饅頭なんてあり得ない。しかも、中に入っているのがカスタードやジャムだって、ふざけている」
魔王饅頭の中身は刻んで塩に漬け込んだ野菜と脛肉の煮込みで餡を作る。
「こんなの魔王饅頭とは呼べない。魔王饅頭はそもそも砂糖を使った高価な菓子じゃない。兵士が塩分と栄養を補給するための間食だ」
しょんぼりとローザは語る。
「貴方の仰る通りです。ですが。このままではどちらか、ないしは両方が魔王饅頭として歴史に残ります」
老人も厳しい顔で同意した。
「今の子供が大きくなれば、偽物の魔王饅頭が本物に成り代わるじゃろう」
偽物が本物を駆逐する状況にイットは反感を持った。
「ローザさん、貴女はそれでいいんですか?」
「ですから、相談に来たんですが。冒険者ギルドはどちらの兄とも敵対できない。また、正しい魔王饅頭がどれなのかを決める役割にない、となって困っているんです」
街の人間の争いに冒険者ギルドは関わり合いになりたくない。また、何が本物の魔王饅頭かを裁判で決めるわけにはいかない。そもそも、両方の饅頭とも偽物なのだから決められない。
歴史ある魔王饅頭が変えれるとあっては黙っていられなかった。これは魔王軍の伝統を消し去る文化侵略だ。
魔王の名が付く品を貶めるような行為は許し難し。イットはやる気に燃えていた。
魔王軍の文化を人間に変えられてなるものか。
「報酬はもらいますが、協力しましょう。真の魔王饅頭の姿を街の人間に教えてやりましょう。向こうが本家だ、元祖だと喚くなら、こちらは真魔王饅頭だ!」
ローザはホッとして、老人も納得した。
こうして、元祖、本家、真による魔王饅頭戦争が始まった。