第三十九話 饅頭戦争
英雄王記念祭の当日は晴天であり、多くの客足が望めた。気温も上がっており真魔王饅頭には追い風だった。出店場所は市庁舎前広場の一等地。三店舗の饅頭屋が並ぶ真ん中だった。
ローザ、ドドレ、イットで対応する。両隣の店にも三人ずつ職人が入っていた。
気になったのでローザに尋ねる。
「両隣の出店にお兄さんは来ていますか?」
ローザは残念がっていた。
「いいえ、いません。町の名士と歓談しているのでしょう。また兄弟で並んで魔王饅頭を売りたかったですが仕方ありません」
祭は社交場でもある。名士との付き合いは、町の大店の店主らしい行動だ。
「ローザさんは挨拶回りにいかなくていいんですか?」
しおらしくローザは答える。
「私にはそんな余裕はありません。それにイトウさんにもドドレさんにも悪いですよ」
真っすぐな性格が出ている。されど、ローザを大将として判断した場合、正しい行動とは言えない。前線に大将が出てくれば士気は上がる。だが、大将には大将にしかできない仕事もある。
勢力が小さい今はいい。町の人間に『魔王饅頭とは何か』を決定づける時が問題だ。
「これは後々の課題だな」とイットは心に留めておく。
祭が始まり、客足が出てきた。客は両隣の甘い魔王饅頭をまず買う。両方を買おうとすると時間がかかる。そのためか、あまり人が並んでいない真魔王饅頭もついでに買っていた。
饅頭は蒸すのが忙しいくらい売れた。
時間と共に列の長さが一緒になった。甘い饅頭を二個続けて食べると口の中が甘くなる。甘さに飽きて、塩気のある饅頭が欲しくなる心理だ。
両隣に引きずられる形だが、どんどんと真魔王饅頭が売れる。
饅頭が残り少なくなった。売切れが見えた時に右の店から声が上がる。
「元祖魔王饅頭は売切れです」
先に売り切れた。悔しいが顧客の甘い饅頭への浸透が強い。
「こっちも終わりじゃ」
遅れてドドレが叫ぶ。元祖魔王饅頭との差は十分くらいだった。こうなると、売り切った数が気になる。元祖魔王饅頭の売れた個数が少なければ早く売り切れて当然だ。
新魔王饅頭の完売宣言の十五分後に左の店の店員が叫ぶ。
「本家魔王饅頭、売切れました」
場所の良さもあるが三店舗は昼過ぎには全て饅頭を売り切った。
後片付けをしていると、町の男性職員がやってくる。
「真魔王饅頭はいくつ売れましたか?」
「三百です」とローザは満面の笑みで答える。職員は右隣の店にも売れた個数を尋ねる。
「おおよそ三百です」と職人が回答していた。気になったので、ドドレに訊く。
「おおよそって、どういうことですかね? 」
片付けのために手を動かしながらドドレは教えてくれた。
「手際の差じゃ。両隣はいくつか饅頭をダメにしていた。落としたり、蒸しに失敗して皮を破いたりしておった」
あの忙しい中で両隣にも目を配っていたとは、さすが年季の入った職人だ。
売り切るスピードは元祖魔王饅頭に負けた。だが、売れた個数では勝った。
左の本家魔王饅頭の店員が個数を申請する。
「販売個数は三百十一個です」
本家魔王饅頭は個数が多いので売り切るのに時間がかかった。端数が出たのはダメになる数を考慮して、余分に作ったからだろう。
どの店が勝者かはわからない。だが、真魔王饅頭は元祖魔王饅頭とも本家魔王饅頭とも互角に戦った。
祭は三日間にわたり行われる。帰って二日目の仕込みをしようとする。ドドレは仕込みの数をうんと減らした。
「どうしたんですか? 今日は昼過ぎには売り切りました。もっと準備しましょう」
ドドレの表情は晴れない。
「明日は雨になる。客足がガクッと落ちるからそれほど売れん」
現在の晴天からは予想ができない。だが、ドドレはこの町に長くいる。外での販売にも経験がある。ならば当たるかもしれん。
イットの力を持ってすれば天気は変えられる。だが、天候操作はしなかった。理由は二つある。
ドドレの天気予測能力が確かなのか知りたい。雨の日ではどの程度に真魔王饅頭が売れるかを把握したい。両隣が競争相手なら、相手も条件が同じ。雨の日でも同じ程度の売れ行きになるのかわかる。
翌日はドドレの予想通り雨が降った。それほど酷くない雨だが、ずっと降り続けていた。予想通りに客足はグンと落ちた。
「やっぱりな」と不機嫌にドドレは天を見上げる。両隣は昨日とほぼ同じ数を用意して来たので大量に売れ残る。両隣の職人たちはがっかりしていた。とはいっても、向こうは大手なので資金力が違う。饅頭をほぼ廃棄しても痛手にはならない。
用意した数が少ないローザの店は夕方前に売り切った。両隣の店員の暗い顔を他所目に片付けを始める。
終わると「お先に」とドドレはサラリと両隣の職人に声を掛ける。余裕綽々とはこの態度だなと実感した。
雨の日の売上は三店舗とも大きく減った。雨の日でも元祖魔王饅頭も本家魔王饅頭と条件は変わらないとこの時は思った。最終日の仕込みをする。ドドレは初日と二日目の中間の個数を用意する。
「明日は曇りですかね」
「雨は夜には止む。だが、また朝には降る。それで昼前に上がる。そこからが勝負となる」
なんでもそこまで天候が読めるのか不思議だが、今日の雨の予報は的中した。ならばドドレを信用しよう。
翌日、ドドレの予想通りに朝からしとしと雨が降っていた。両隣は昨日の雨による販売減少を警戒していた。饅頭の仕込みは両隣とも木箱で二箱分ローザの店より少ない。
ドドレは天を見ながら饅頭を蒸していた。昼になっても雨が降っていた。
ドドレの予報は外れかとイットはがっかりした。
「よし来た、勝負を掛けるぞ」と突如としてドドレは忙しく饅頭を蒸し始めた。
饅頭が蒸し上がる頃にピタリと雨が止む。
客が増えてきて饅頭が売れ出す。両隣の二店舗は客足が増えるのに対応できていなかった。待ち時間が長くなると、客は待たずに買えるローザの店にまず並ぶ。
真魔王饅頭が売れた。真魔王饅頭が売れ続けた。
イットは真魔王饅頭の利点を理解した。生姜を入れた真魔王饅頭は体を温める。真魔王饅頭は気温が低くても売れる。塩気が強いので暑くても売れる。
真魔王饅頭は元祖魔王饅頭や本家魔王饅頭より気温の影響を受けない。むしろ、暑い寒いは有利に働く。
ここぞとばかりに三人で真魔王饅頭を売っていく。昼過ぎに雨は上がったが、濡れた地面はすぐに乾かない。気温は低いままだった。
最終日の営業終了時間前には真魔王饅頭を売り切った。他の二店舗は少量だが饅頭が残っていた。一日目が五分、二日目は勝利、三日目は大勝だ。ドドレの適格な読みのおかげだ。天も味方した。
ローザが町の男性職員に呼ばれる。
「これから結果発表と表彰式を行います」
ローザは晴れやかな顔でイベント用の壇上に向かう。これで、真魔王饅頭の評価は上がる。文化侵略による魔王饅頭文化の消滅の危機は免れた。戦いはこれからも続くがひとまず安心だ。
遠くから聞こえる拍手に耳を傾ける。勝利の余韻にイットは浸った。
【了】




