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第三十一話 英雄王ファンタジー

 英雄王は人間にとっては偉人でも、魔族にとっては侵略者であり大悪党である。


 英雄王は剣の腕が立つわけではない。強力な魔法を使えるわけでもない。神によって与えられた武器も持っていない。人徳により勇者や賢人が集まってきて強い家臣団を持っていたわけでもない。


 厄介なのは状況判断力の速さ。誰がどの程度に信用できるかを見抜く洞察力。あとは機動力を生かした略奪戦術の巧みさだ。


 英雄王に討たれた名前のある魔族は片手で数えられる。殺された魔族の数も万に及ばない。しかし、被害総額でいえば魔族史上最悪の地震を超える。それほどに、英雄王は魔族から財貨と物資を奪っていった。


 ゆえに、英雄王は魔族を恐れさせた人間の一人である。


 英雄王の行いは人間側では必ず美化されている。情報を仕入れておく必要があった。下調べに英雄王の業績を讃える記念館があるので行った。記念館は一言でいえば立派だった。


 貴族の屋敷を改築したと思われる木造建築だった。立地は町舎の隣であり一等地である。記念館なんかにしないでホテルにしたほうが儲かるのは確実だった。


「いかにも英雄王に敬意を払っていますって感じが出ている」


 無駄な金の掛け方ができるのも権力者だからといえる。魔族にしてみれば兵の練兵所や、戦術魔導士の育成学校を建てられるよりはよっぽどいい。


 入館料は価格は真魔王饅頭二個分なので安い。入館料の割に清掃は行き届いている。庭の植木や雑草もきれいに刈られていた。確実に収支はマイナス。どこからか金が流れている。


「町にお来しの際は是が非でも見てくださいの空気だな」


 エントランスを潜ると英雄王の肖像画と思わしき絵があった。『思わしき』と評したのはまるで似ていないからだった。イットの記憶にある英雄王は貧相な小男であり、チョビ髭だった。


 肖像画の英雄王は立派な体格であり、豊かな髭が生えている。記憶の中では卑屈さを思わせる目つきだったが、絵の中の眼光は鋭い。


 別人ないしは息子なのかと疑ったが、絵のタイトルは英雄王オットー・ハワードとある。魔軍師イットの件といい、英雄王の顔といい、都合よく解釈する人間の力は恐ろしい。


 英雄王記念館には英雄王にゆかりのある品やパネル展示がある。パネルには英雄王の数々の偉業を抱えているが、五割は知らないものだった。三割は美化されている。残り二割は大袈裟といったところだ。


 記述も敗走が戦略的撤退と書かれている。また成果の数字の桁がおかしかった。


 英雄王が討ち取った魔族のリストもあった。「そんな奴いたか?」「そいつは武人じゃないぞ」「もっと前に死んでいた気がする」との感想を大いに抱いた。


「歴史ではなくファンタジーだな」と心の中でうんざりする。町長が自慢したく、町の人間が不満に思っていないのなら問題ない。


 だいたいの現状はわかった。付け入る隙も見えた。英雄王の業績を讃える品を町長に贈り便宜を図ってもらおう。人間側にとって英雄王の遺物はほぼ市場に出尽くしていると見て良い。また、あってもかなり高額だ。


 魔族側にとって英雄王に関する品はほぼ無価値である。やりようによってはタダ同然で手に入る。


 英雄王が槍で倒したとされる魔族の中にトロルの智将ボンガがいた。ボンガは智将ではなく、商人だったと記憶している。


 ボンガの出身地はこの付近のトロルの村だった。探せばゆかりの品ぐらいあるかもしれない。ボンガの遺品を、失われた英雄王の戦利品とすれば町長への賄賂にできる。


 ボンガの評判は魔族の中でも悪い。人間と通じていたとされている。

「ボンガなら生前の悪評が一つ増えても気にはすまい」


 店に行って、ドドレに頼む。

「新規開拓をしたいので蒸し上げる前の真魔王饅頭を二百個、作ってください」


 ドドレが不機嫌に答える。

「感心せんな。試供品としてタダで配るつもりか? やめておけ、安物とのイメージが付けば客は金を出さなくなるぞ」


 ドドレの指摘はわかるが、今回に限っていえば問題ない。饅頭を持って行く先はトロルの村だ。トロルは人間の町に買い物に来ないので、お客にはならない。


「きちんとした勝算があります。任せてください」

「どうじゃかな」とドドレは答えると顔を背けた。


 協力してくれないかと気を揉んだ。翌日に店に行くと、饅頭は用意されていた。


 木箱を確認していると、ドドレが仏頂面で釘を刺す。

「言われた通りに用意したぞ。これで失敗したらお主の責任じゃからな」


 口で何と言おうと協力してくれるのなら問題ない。イットは真魔王饅頭を持って、外に出た。

 町の二か所の入口には見張りがいる。優秀ではないので目を盗んで外に出た。


 向かう先はトロルの村である。トロルの村は偶然に行ける場所ではない。だが、知っていればなんなく行ける。道なき道を進む。細い道に出た。村へと続く隠された小道だ。


 魔宰相となり道を歩いて行く。隠し小屋がある地点で、隠れていたトロルに呼び止められた。トロルは簡素な革鎧に棍棒で武装している。この見張り小屋の警備兵だ。


「止まれ何者だ!」


 木箱を下ろして挨拶する。

「我が名は魔宰相イット。訳あって村長殿にお会いしたい。頼みがあってきた」


 棍棒を持ったトロルが近づいてくる。知らない顔のトロルだった。トロルは攻撃してこないが、かなり警戒していた。人間ではないとわかってくれてはいるが、友好的な態度ではない。


「これは村で何かあったな」と予感できた。ダンジョンにいれば噂の一つも入ってくる。されど、人間の町にいたのでは何もわからない。トロルは考えこんだ。


 隠れ小屋から別のトロルが二人現れる。一人は小柄なトロルであり、もう一人は老いたトロルである。老いたトロルはイットを見て驚いた。


「魔宰相様じゃねえですか、どうすたんですかこんなところで?」


 ダンジョン内で見た顔ではあるが、名前はわからない。

「村長に会いに来た。ところで、なんでここにいる。里帰りか?」


 老いたトロルは力なく笑う。

「いえ、追い出されました。新しくこられたメルダイン様の調査とやらに非協力的との理由です」


 見せしめに解雇されたのか、完全なるとばっちりだ。申し訳ない気持ちが心を刺す。


 老いたトロルは力なく言葉を続ける。

「調査自体が何を調べているかよくわからなかったです。どこが非協力的だったのかもわかりません。他にも同じく村に帰された者がいまして、村に戻っています」


 メルダインの頭でっかちのせいで現場に皺寄せがいっている。メルダインは調査なり捜査なりが終われば帰る。


 だが、これでは次に赴任してきた者が大いに困る。さきほどのトロル警備兵を見てもわかるが、トロルたちの印象はかなり悪かった。


「力になってやりたいが、俺もメルダイン殿に嫌われて追い出された身だ。口を利いてやることはできないんだ」


 それとなく、自分もメルダインの被害者と仄めかした。

 老いたトロルは同情的に受け取ってくれた。場の空気が和らいでいく。


 老いたトロルはトロル警備兵にお願いする。

「このお方は悪い方でねえ。通してやってくれ」


 トロルの警備兵は老いたトロルを敬い了承した。

「爺様がそう頼むのなら、文句はねえ」


 警備兵がイットに向き直って背筋を伸ばす。

「大変失礼しました。どうぞお通りください」


 通行許可が出たので木箱を持って通過する。

 老いたトロルの前を通る時には老いたトロルは頭を下げてイットを見送ってくれた。


 従業員を大事にしておいてよかった。給与が遅配したとか、粗雑に扱っていたら、簡単には通れなかったな。

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