第三話 今どきの冒険者
地上に出て変身を解いた。近くの大きな杉の樹の上まで念動力で体を浮かした。三km先に森に囲まれた町があった。町は河により東西に二分されている。
「前に見た時は河の東側に家が数軒、建っていただけだったのにな。随分と発展したな」
家の数から人口を見積もると一万人に届くかどうかだった。街の東側には農地が広がっており、西側に階建ての木造建物建築がある。町の外観はわかったが、気になったのは町を守る壁がない。防壁にできる石材は付近にはないが、木材はふんだんにある。
「魔王様がいてかつ他国と争っているのに防衛施設がないのは謎だな」
町まで歩いて行くが、兵士にも冒険者にも遭わない。町の入口には古い物見櫓があるが人が立っていない。衛兵らしき人物は二人いるが、どちらも老人で半分寝ている。
町の警備は平和ボケの段階を通り越していた。いささか、気分が悪い。偽者だが魔宰相イットがいるダンジョンがあるのに、この警備は酷い。
まるで、近くに魔族なんて住んでいませんとでも言われているようだ。
老人に近付くと老人が目を覚ましたので尋ねた。
「この町に初めてきたのですが、何か手続きはありますか」
「なんの?」と老人に逆に聞き返された。
「通行手形がいるとか、所持品検査があるとか、税金の徴収とか」
老人が首を傾げる。おかしな質問をしている気はないが、老人の目はアホウでも見ているようだった。
「儂がまだ子供だった頃はなんかそんな制度があった気がするのう」
この街がどうやって治安を守り、経済を回しているかが気になった。百年で何かが変わっていた。調べないと潜伏もできない。
流れ者として街に入り込むなら冒険者に成り済ますのが早い。
「冒険者ギルドはどこですか?」
「はああ?」と老人が目を見開いた。なに言ってんのと、老人の目が語っている。
「お前さん、古の冒険者か?」
「古の」に良い響きはない。意味的にはいつの時代の人? のニュアンスが籠っていた。
冒険者に成り済ましたほうが危険だと判断したので方針転換した。
「名所巡りが趣味なんですよ」
「あんなところに行っても面白くないと思うぞ」
否定的な言葉を言った老人だが場所は教えてくれた。冒険者ギルドは存在していた。
建物は築五十年くらいの木造建築の二階建て。塗装はされており、壊れている箇所はない。
「修繕はされている。この建物は使われているんだよな」
入口には杖と剣が描かれて看板がきちんと出ていた。扉を開ける。中は丸テーブルと長方形のテーブルが六脚ずつあるが、人が使っているのは四脚だけ。お客は十五人と少なく、老人のみだった。
外から見れば小さな冒険者ギルドだが、中を見れば暇を持て余した老人たちの溜まり場にしか見えない。普段は他の客なぞこないのか全員がイットを見る。視線から歓迎はされていないが、拒絶もされていない。
受付カウンターに行くと、白髪の紳士が迎えてくれた。紳士は困った顔で告げる。
「もしかして、冒険者ですか?」
「気分を味わいたいだけの観光客ですよ」
紳士は安堵した。
「良かった、ときおり冒険者になりたい者が来るんですよ」
冒険者ギルドになぜ冒険者が来たら困る理由がわからない。
「冒険者が来たらダメなんですか?」
「昔の冒険者が夢見るような仕事はこの町にはないんですよ」
おかしなことを言う御仁だ。魔族との戦争は終わっておらず、少し離れた場所にはダンジョンがある。
「魔物を退治したり、ダンジョンに行ったりしないんですか?」
「ふふふ」と数人の老人が含み笑いをする。
「坊主こっちに来い、一杯奢ってくれたら教えてやろう」
がっしりした体格の老人がイットを呼んだ。老人の向かいの席に座って自分の分と合わせて二杯分の赤ワインを注文する。老人は話し相手ができたのか嬉しそうだった。
「いいか、坊主。ダンジョンはある。だが、宝はない」
「そんな馬鹿な」と思うが言葉は飲み込む。ダンジョンに置く宝を切らしたと報告は受けてはいない。また、魔宰相イットがいると噂を広めるためにな実験道具や貴重な材料も置いていた。実験道具や材料は買えば高い。
「どうして宝がなくなったんですか?」
「儂が直接に聞いたわけではない。だが、他の冒険者が魔物を捕まえて尋問したところ、戦時徴発により全部魔王城に持っていったと教えられた」
全く聞いた記憶のない情報だ。物資を集めて魔王城に送る命令はなかった。部下が横領したのなら、かなり大掛かりな不正になる。
いくら、部下とのコミュニケーションが薄かった。とはいえ、気付かなかったのなら、かなり間抜けだ。
「ダンジョンにいた魔宰相イットはどうなったんですか」
「イットは儂が子供の頃に別の地に移動した」
自分は魔宰相イットの身代わりとしてずっとダンジョン内にいたのだから嘘だ。でも、イットが移動したとの偽情報が出たのならわかる。いつからか冒険者が来なくなった。
「では、イットは今どこにいるんですか?」
「ここ南部地方にはおらん。噂では西部で魔族の再結集をしようとしている。北部で魔導兵器の製造している。東部で人間の国を取り込んでいる。中央で魔神召喚しようとしているなど色々言われておる」
自分の他にも分身がいてもおかしくはない。また、本人が所在不明なのでどれかは真実かもしれない。だが、他の地方ではそれなりに広報活動が上手くいっている。
南部でも何かしてますみたいにアピールができなかった。だから、役立たずとして、辞令が下りたのかと、気分が沈んだ。
しみじみと老人は語る。
「人間が五十年前に十六魔将の三人を討ってからは南部は平和な場所になった。平和な南部の地のさらに南の最南端のこの地に冒険はない」
ハッキリと言われた。すると、気になることがある。
「なら冒険者ギルドはなんであるんですか?」
「それはお前さん儂らのためにあるんじゃよ。ここにいるのは全員が冒険者ギルドの役員で全員が役員報酬で喰っておる」
イットが見渡すと、全員の老人が頷いた。
「全員が役員って? 普通の仕事をする冒険者は?」
「おらんよ」と老人はあっさり認めた。
役員だけの組織、天下りのための組織、組織のための組織。なるほど、これは冒険者が廃れるわけだ。
老人が伝える。
「それでだ、お主を観光客と見込んで頼みがある。我がギルドから仕事を受けてくれ? このギルドマスターのプラロからの頼みじゃ」
「行っていることがおかしいでしょう。冒険者と見込んでならわかりますけど」
「逆じゃ。この仕事は冒険者にはやらせられない。危険すぎる。観光客だから任せられる。もちろん報酬は出す」
この爺さんは呆けているのかと思うが、街の情報を知るのには最適な行動でもある。
「話を聞くだけなら」とイットは仕事の内容を聞く。