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第二十一話 交渉

 真魔王饅頭と裏魔王饅頭を箱に入れて持つ。蒸し器や炭も用意した。交渉の日は雲がなく日が照っていた。冷たい飲み物が好まれるかもしれないが、温かいお茶にする。


 饅頭かお茶が原因で気分を悪くして『毒が盛られた』等と誤解されたら困る。茶葉は店頭で饅頭を食べる客用に用意されていた物を使おうとすると茶葉がない。


 探していると、ドドレがムスッとした顔で尋ねる。

「何をしておる?」


「店で出していた茶葉を探しているのですが、どこにもないんですよ」


「これじゃ」とドドレが棚を開けて小袋を渡して来た。中には葉っぱの代わりに、植物の種が入っていた。種を触っているとドドレが講釈する。


「この辺りでは茶葉は採れん。良い茶葉は輸入品で高い。だから、炒った大麦の実を使う麦茶が一般的じゃ」


 大麦を煮だした液体を飲む。魔族では見られない使われ方だ。麦茶の味はわからないが、店で出した麦茶を残している人間はいないので、まあ美味いのだろう。ドドレに淹れ方を教えてもらい、試飲した。


 紅茶のほうが香り豊かで美味い気がする。だが、庶民に親しまれる味なら研究しなければならない。課題は増えるが、楽しくもある。


 解放交渉に臨むのはプラロ、カッソ、マイセンの三人だった。


 人数が多いと魔族を刺激するとの判断だ。また、プラロ、カッソ、マイセンの三人なら逃げに徹すれば魔族に捕まることもない。老人と見て侮れば怪我をする。


 交渉の場は村の東側の小麦畑より進んだ先の雑木林。雑木林に行く途中に小麦畑脇のあぜ道を通る。小麦畑には二十人以上の衛兵が弓を手に隠れていた。


 魔族側が素早い三人の老冒険者を深追いした場合は小麦畑で奇襲を受ける。

「交渉の場で魔族が襲ってきても小麦畑まで逃げれば安全なんですね」


 気負って様子もなくマイセンが答える。

「こちらからは襲撃はしない。じゃが、魔族が何を考えているかわからんからな。備えは必要じゃ」


 カッソも軽く応じる。

「交渉に失敗しても最悪、爺が三人くたばるだけじゃ」


「違いない」とプラロも笑って応じる。


 三人はリラックスしている。魔族を侮っているわけではない。危険は承知だが場数を踏んでいるので、不要な恐れを抱いていない。


 三人はイットの事を心配している様子もない。腕前を見たので問題ないとの判断だ。


 イットが戦闘時には助けてくれると思っているようにも見えない。イットは交渉の場に連れて来た調理人兼給仕係だと立場を弁えている。ここらへんの割り切りは有難い。


 人に管理された雑木林の中を進む。手が入っている場所なので薄暗くもない。雑木林を少し進むと開けた場所があった。どっしりとした古びたテーブルとベンチがあり休憩スポットになっていた。


「こんな場所があるんですね」


 カッソがベンチに異常がないか調べながら教えてくれた。

「この雑木林は秋には茸がいっぱい生える。町の人間が行楽を楽しむ場所でもあるからの」


 魔族より先に着いたので、お茶の準備と饅頭の準備をする。

 プラロとマイセンは交渉場を軽く視察して、異常や罠がないかも調べていた。


 饅頭とお茶の準備をしていると、こちらを窺う気配を感じた。隠れてはいるが、あまりにも拙い。人間の気配とは違うので魔族だ。


 気付かない振りをするが、もう少し上手にできないのか、と愚痴りたい。


 現にプラロ、カッソ、マイセンは顔に表していないが気付いているのがわかる。一分もしない内に気配が遠くに行く。腕の悪い斥候が短時間で把握できる情報は知れている。


 下手は下手なりに努力すればいいのだが、完全な手抜きだ。


 メルダインの秘蔵っ子と思われる魔家四将ですら、自分の実力をわかっていなかった。ならば、斥候も「自分は凄い」と勘違いしているかもしれないので頭が痛い。


 プラロたちが席に座って待つ。ナーガの小男が三人のワーボア(猪獣人)を連れて現れる。ナーガの顔は知っていた。メルダインの元にいる侍従長のアジャだった。嫌な予感がした。


 ワーボアは見た顔ではない。この辺にワーボアの一族は住んでいない。メルダインと一緒にこの地に渡ってきた者だ。アジャの護衛の三人を一瞥する。戦力的にはいないよりマシだが、戦いになれば死亡確定だ。


「戦闘になったらアジャたちを生きて帰さなきゃならないのか」と気分が沈む。アジャは椅子に座ると、人間を見下した態度で話し出すから、さらに気が重くなった。


「人間よ、宝はどうした? なぜ持ってこない」


 内心どうかはわからないが、プラロは礼儀正しく応じる。

「私の名はプラロ・オデッセィ。今回の交渉の責任者じゃ。残念ながら貴方たちが要求している宝は町にはない」


 アジャは凄んでいるつもりかギロリとプラロを睨む。

 傍から見れば、怖くもなんともなく滑稽だった。


「馬鹿丸出しだと教えてやりたい」と内心で歯噛みした。アジャが吠えた。

「嘘を吐くな、宝が町にあることはわかっているのだぞ」


「なぜです?」と当然のようにプラロが質問する。

「それは――」とアジャが言いかけて言葉を飲み込んだ。


 アジャは秘密を持っている。人間には教えたくない秘密だ。

 会話が止まったので、イットはお茶と饅頭をそっとテーブルに置く。


 真魔王饅頭は人間側に、魔族側には裏魔王饅頭をだした。甘い物が好きだと、魔族側の情報を知る者がいると暗に示した。


 敵の出した菓子や飲み物に手を付けない可能性は充分にある。ダメ元での策だった。


 ワーボアは饅頭に手を付けなったが、アジャは食べた。だが、味をまるで気にした様子がない。イットのアシストは失敗に終わった。饅頭をお茶で流し込んだアジャが怒る。


「ないなら町中を探せ。それでも見つからないのなら地下神殿も探せ」


 アジャの発言のおかしさにイットはすぐに気が付いた。

「アジャはなぜパン工場跡地を地下神殿と呼んだのか?」


 メルダインの一行はこの地に来て日が浅い。この地に来る前に情報を集めたら、パン工場跡地と呼ぶはず。施設を『地下神殿』と呼んでいるのは人間だけだ。


 アジャが先ほど言いよどんだ内容がわかった。魔族に協力する人間がいる。ないしは、魔族のスパイが町に潜入している。そいつがアジャに情報を流した。


 悪い展開だ。プラロも同じ考えを持ったはず。もし、町で魔族のスパイ探しが始まったら危険だ。誘拐事件とも宝とも無関係なのにイットが疑われかねない。


「いい迷惑だ」が本心だが、これも黙るしかない。


 プラロが疑惑を無視して交渉を続ける。

「町に宝がないのは事実。ですが、地下神殿にはあると噂されているのも事実です。探すので時間をください。それまではリンネには手を出さないでいただきたい」


 またもアジャは凄んで見せる。だが、まるで迫力がなかった。

「三日だけ待ってやる。ただし期間を過ぎるとどうなるかわからんぞ」


 アジャは本当にメルダインの知恵袋なのかと疑いたくなった。これでは人間にみすみす時間を与えるようなものだ。三日は短いようで長い。人間側が人質奪還のために行動を起こすとは考えていないのか。


 ここでプラロが提案した。

「リンネの体調が心配です。せめて食事だけでも差し入れを認めてください」


 断るかなと思ったが、違った。

「何を差し入れる気だ」

「饅頭です」とプラロが答えると、アジャは持ってきた饅頭を見る。


「いいだろう。届けてやる。おいお前たち木箱を持て」

「箱に何か仕掛けがあって追跡されたらどうするんだ」と警告してやりたい。


 人間側にいる協力者に全幅の信頼を置いているのか、不用心過ぎる。イットは呆れが、顔に出ないように表情を引き締めた。ワーボアが木箱を持つと森に消えて行った。

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