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第十一話 遅れた挨拶

 店舗に行くとローザと職人たちが真魔王饅頭を作っている。余計な会話はないが、殺伐ともしていない。四人ともやるべき仕事がわかっているので、会話も不要と見える。ここら辺の呼吸は見事である。


 イットに背を向けて作業を黙々とするドドレに声を掛けた。

「行商に持って行く分の饅頭はどれですか?」


 ドドレが不機嫌な声で答える。

「まだ蒸しておらん。店売りのほうが優先じゃ」


「ならいいです、蒸せばよいだけになっている商品をください」


「持っていけ」とドドレが振り返らずに、作業場の隅に積んである木箱を示す。箱の中身を確認すると、蒸せばよいだけになっている饅頭があった。


 ドドレは愛想がないが、仕事はできる職人だ。販売は店員やローザがするので問題ない。饅頭が入った木箱を五つ持ち上げて、イットは店を出た。饅頭の入った木箱を持って町から出ようとしたが、止める者はいない。


 守衛の老人はまだ陽が高いのにうつらうつらしている。森の中を歩いてダンジョンの裏口に行く。裏口は魔法で隠されているので人間には見つからない。昔なら目敏い冒険者が見破って、侵入しようとした。


 冒険者の侵入を許すたびに入口を変更し駆け引きをしていたが、途中から入口変更の相談はなくなっていた。予想通りなら裏口の場所は昔のままだった。


 入口には見慣れないゴブリンの男が三人立っていた。イットは魔宰相の姿に変身して、ずけずけと歩いて行く。


 ゴブリンの男は急に現れたイットに驚き「止まれ」と警告を発した。ゴブリンたちは武器を構えているが、まるで様になっていない。おそらく、急ごしらえで雇われた者だ。


 イットは木箱を浮かせて仮面を見せる。

「驚かせたならすまない。私は魔宰相のイットだ。用があって来た」


 ゴブリンたちはイットを知らないようだったが、魔宰相と聞いて戸惑っていた。察するに、訪問の予定がなかった偉い人が急にきたので驚いたと見える。


「それで何の御用でしょうか?」ゴブリンの中の年長者がたどたどしい口調で質問してきた。


「先日ここを離れたのだが、世話になった部下たちに挨拶なしで出て行った。後から考えれば、あまりに冷たい態度だったと反省した」


 ゴブリンたちは顔を見合わせる。どうやら、偉い人が反省したり態度を改めたりするとは思っていない。イットは言葉を続ける。


「かつての部下たちに感謝を兼ねた挨拶をするために饅頭を買ってきた。蒸せばよいだけなので調理場を借りたい。通してくれ」


 ゴブリンたちは困惑していた。偉い人が反省するだけでなく、贈り物をする。さらに、料理を振る舞うために台所を借りたいなど、異常だと疑っている。


 だが、敵対する行為ではないし、相手は偉い人なので門番ごときが断っていいか判断ができない。

「もちろん、無理にとは言わない。メルダイン殿に許可を取ってくれ」


 ダンジョンの主の名前を出すと、ゴブリンたちはひそひそと相談する。その後、年配のゴブリンが扉のそばにある隠しブザーを押して内部に連絡を入れた。


 上役の判断が出てくるまで時間が少しかかりそうなのでゴブリンたちに話し掛ける。


「あまり高価な物を贈ると皆が遠慮する。かといって安い物では申し訳ない。そこで、魔王饅頭を買ってきたのだが、魔王饅頭は喜ばれると思うか?」


 敵意がなく、威張ってもいないのでゴブリンの感触は良かった。ゴブリンは物怖じせずに答えた。


「俺たちは好きですよ。トロルやオーガも好きでしょう。でも、ナーガたちが好きかわかりませんね。彼らの味覚は俺たちとは違うんですよ」


 ナーガには売れない。とするなら、メルダインやメルダインの部下たちに売りに来ればメルダインに嫌われる。メルダインの部下たちも迷惑がる。ダンジョン相手に定期的に持ち込むのは止めたほうが利口だ。


 ただでさえ反感を持たれてるのに、不味い饅頭を毎回売りに来るのなら嫌がらせと受け取られる。イントネーションでわかるが、ゴブリンたちはメルダインが他の地より連れてきたのではない。地元の魔物なので尋ねた。


「ここら辺に人間が作った地下神殿があるって聞いた覚えはあるか?」

「いいえ」とゴブリンは即答した。


「では、人間たちがいうところの捨てられた地、については知っているか?」

 こちらも「いいえ」と返ってくるかと思ったが違った。


「聞き覚えが」と言いかけてゴブリンは何かを思い出した。

「いや、あるぞ。爺様が言っていってた。河の上流に捨てられた村があると」


 もう一人のゴブリンもハッとする。

「そういえば俺も聞いたな。昔は人間の隠れ里があったって。だけど、何か大きな事故を起こして滅んだって話だ」


 ゴブリンの寿命はせいぜい五十年。五十まで生きるゴブリンは稀なので老人世代が知っているなら六、七十年くらい前になる。五十年前ならイットがまだダンジョンにいた。だが、ここら辺で大きな事故があったとの報告は受けていなかった。


「どんな事故だったと聞いている?」


 ゴブリンが難しい顔をして記憶を辿る。

「その年はお日様が出ない日が三十日以上続いたって語っていましたね。また、河の上流から人間の死体がいくつも流れてきたとか」


 ダンジョンの中にいたので外の天候は知らなかった。また、ダンジョンで使う生活用水は地下から汲んでいる。河に異変があっても報告はない。


 もし、トロルやゴブリンがバタバタ死んで河を流れてきたならニュースになった。


 人間の死体が出た時に処理するのがダンジョンでは普通だった。河に流すこともあったので、上流から人間の死体が流れて来ても『誰かがやったんだろう』くらいに思い、気にも止めなかった可能性が大だ。


 異常は起きていた。だが、ダンジョン内では誰も異常とは感じなかったので報告がなかった。情報が上がってこない理由はわかった。でも、ダンジョンより上流に捨てられた地があるなら、下流の町は違う気もする。


 人間の考えはわからない。行政区分上、上流も下流も同じ地域との認識なら町のある場所も同じ『捨てられた地』と表現するかもしれない。


 この地では何かが起きて、元からいた住民の多くが死んだ。その後、なんやかんやで大量の人間が多くの地方から移住してきた。だから、色々な姓や名前があるようになった。そう考えれば「イトウ」の名前が珍しくない説明は付く。


「このダンジョンの近くに、人間の町があるだろう。寄ってみたが、警戒がまるでない。なんで警戒していないかわかるか?」


 ゴブリンは顔を歪めて意見する。

「そんなの学のない我々にはわからないですよ。人間に聞いてください」


 ダンジョン側から町への侵攻はしていない。司令部からの命令もなければ、イット本体からの指示もなかった。


 この地域の人間が滅んで、ダンジョンがあるとの情報が人間側に途絶えた。その後に町が再開発されたので、ダンジョンに無警戒となった。


 説明は付くが、怪しい。人間を襲った災厄が魔族のせいだと考える人間がいなかったとは考え辛い。なら、当然、魔族の痕跡を探すはず。そうなればナルバル実験場の存在に気付かないほうがおかしい。


「なんか、もやもやする」のが正直な感想だった。

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