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第十話 知らないことばかり

 店に帰って売上げ金をローザが数える。ローザが売り上げを誤魔化すことはないと思う。だが、あまりにも金に無頓着な態度は人間としておかしい。イットの立ち合いの元、集計が行われる。


 その場にいた老いた職人は饅頭が全て売れたが浮かない顔をしていた。

「饅頭完売に関して礼は言わんぞ。あんなの一過性のものじゃ。そうそう何度もやれるイベントではない」


 言われなくてもわかっている。今日のイベントは真魔王饅頭を売るためだけにやっていない。魔王饅頭の現状を知るための調査である。


「真魔王饅頭は一部の子供には不評だったが、不味いと評価した人はいなかった。これは潜在的に需要がある。これなら、まだ巻き返せる」


 老いた職人は不機嫌にふんと鼻を鳴らして答える。

「いい気なもんじゃな、苦しいのはこれからじゃよ」


 一拍を置いて老いた職人が尋ねた。

「儂の名はドドレ、お前さんの名はなんていう。名無しなんてことはないじゃろう」


 宣言通りに饅頭を売り切ったからイットを少しは認める気になった。イットの名前を出すのはさすがに不味いので偽名をこしらえる。


「俺の名はイトウです」

「変わった名じゃな。どこの生まれか知らんが、この捨てられた地なら気にする者もおらんじゃろう」


『捨てられた地』の表現が不思議だった。人口を一万人も擁する町がある場所が僻地だとは思わない。喧騒とは無縁な町ではあるが寂れた様子もない。


 詳しく聞きたいが、『捨てられた地』である理由が人間にとっては一般的な話なら質問するのも奇妙である。


 集計が出た。大きな金額ではないが、ローザは満足していた。とはいっても、ドドレはまるで満足していない。理由はわかる。職人を三人抱えて、店舗を持っているのならもっと大きく売らねばやっていけない。


「それで明日の分の仕込みをするが今度はいくつ作る?」

「店で売る分の他に四百個を作ってください。行商に出ます」


 ドドレの顔が不機嫌に歪む。

「馬鹿な事を、次こそ大量に売れ残るぞ」


「売れなかったら俺が全部、買いますよ。今日の俺の取り分が担保です」


 プイとドドレはイットに背を向ける。

「仕事じゃから、作るだけは作ってやる。だが、今の言葉は忘れるなよ」


 生地の仕込みを任せてイットは店を出た。冒険者ギルドに顔を出す。いつもの顔ぶれがいる。マイセンはいなかったがカッソが飲んでいたので礼を言う。


「今日はご協力ありがとうございました。おかげで真魔王饅頭は完売です」


 ツンとした顔でカッソは素っ気なく言い返す。

「なんだ? 嫌味を言いにきたのならぶん殴るぞ」


「そう冷たくしないでください。マイセンさんにも礼を言いたいのですがどこに?」

「奴なら家に帰ったぞ。今日は子供たちに剣を教える日だからの」


 子供の相手とはもったいない。マイセンの腕ならもっと上級者に教えられる。ただ、町の様子を見れば大人相手にだけ剣術を教えても金にはならない。とするなら、経営上の都合で子供の部も開いている可能性がある。


「道場を開いているんですか」

「そんな立派なもんじゃない。もう、この町で剣を必要とする人間は衛兵ぐらいじゃ」


 ドアが開く音がした。入ってきたのは先の広場で見た女剣士だった。女剣士はイットを見ると、声を掛けてきた。


「あんた冒険者だったのか?」

「はい」と下手に答えると面倒事に巻き込まれる予感がした。


「いいえ、違いますよ。ここの御老人に饅頭屋の経営を手伝ってくれといわれた旅の者です」


 女剣士は疑いの目を向けてきた。

「それにしては腕が立つようだな」


「貴女ほどではないですよ」

 揉め事を避けるために謙遜した態度を取った。


 女剣士をイットが避けているのを理解したのか、プラロが助け舟を出してくれた。

「それで、あんたの用件はなんじゃここは冒険者ギルドだが、開店休業状態じゃ。仕事はないぞ」


 プラロの態度に女剣士はがっかりもしなければ、呆れもしない。


 女剣士は冒険者ギルドの実態を予期していた。

「仕事を求めにきたわけじゃない。ダンジョンの情報がほしい」


「それは残念じゃったな。ダンジョンには入れないぞ。封鎖されておる」


 おかしな話だと思った。イットは普通にダンジョンから出られた。仮に出るのは自由だが、入れない結界があればいくらなんでも気が付く。


 プラロの顔を見るが嘘を吐いているようには見えない。女剣士は話を進める。

「ダンジョンに入る方法には当てがある。地底神殿がどんなダンジョンかを知りたい」


 ダンジョンと聞いたので、てっきり自分がいたナダレの実験場のことと思ったが違った。だが、この近辺に地下神殿なるダンジョンがあるとは聞いた覚えがない。


 別にあってもいいが、魔族の誰かが仕切っているなら、イットがいた時に挨拶しにくるはず。イットは偽者だが魔宰相なので、挨拶がないなら無礼すぎる。


 イットのもやもや感をよそにプラロは女剣士に教えた。


「地下神殿は地下三層からなるダンジョンじゃ。昔は謀反人ラウラがおったが、今は誰もおらん。奥に魔王召喚の祭壇があるがもう機能しておらん。宝もない」


 謀反人と呼ばれるのならラウラは人間の可能性がある。人間がダンジョンを作ったのなら魔族のイットに挨拶がなくても理解できる。だが、ダンジョンを作り出せるほどの人間がいたら噂として耳に入るはず。


 また魔王召喚の祭壇なんて存在は初めて聞いた。そんなものが存在するとは思えないのでこれまた不可解だ。そもそも魔王城にいる魔王様をなんで召喚するのか意味不明だ。会いたいなら、魔王城まで行けばいい。


 戦地である魔王城だが、降伏勧告や城の明け渡し要求で人間の使者は頻繁に来ていた。魔王軍では要求を呑むことはなかったが、使者を殺した過去は一度もない。


 調べてみたい気がするが、下手に動くと女剣士と行動を共にする展開になりかねない。女剣士の勘がよければ、正体がばれる。


 女剣士がイットを見て尋ねた。

「私の名はリンネ、あんた名前は何て言うんだい」


 やっぱり誘う気か。

「名前はイトウですが、ダンジョンには行きませんよ。饅頭を売る仕事があるんで」


「饅頭なんて売っても大した金にならないだろう。私を手伝ってくれるならもっと金を出すよ」


 饅頭屋を立て直す依頼を受けていてよかった。

「金の問題ではありません。一度受けた仕事をすぐに放り出したら私を信用してくれたギルドマスターのプラロに申し訳が立たない」


 先客があり、相手は権力者だと暗にほのめかした。

脈なしと悟ったのか「残念だ」とリンネは勧誘を諦めた。リンネは受付に行って情報を書いた紙を買っていた。

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