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第一話 弱い方の魔宰相

 薄暗い石室に古びた赤いローブを着た男がいる。男は鷹の細工がある銀の腕輪をしていた。顔には石の仮面といかにも不気味だった。男は魔宰相イットと呼ばれていた。イットと対峙するのは四人の冒険者だった。


 剣士が後ろの三人を守って立っている。二人が弓でイットを狙い撃つ。弓はイットに命中するが弾かれる。冒険者の中にいた聖者が光の魔法を放つがイットはこれを軽く払いのけた。


「愚か者どもよ、身の程を知れ」


 イットが『念動力』を詠唱して発動させる。一気に冒険者四人がイットの前まで引き寄せられる。轟音と共に闇の柱が立ち昇る。闇の柱に呑まれた冒険者は地に伏した。


「ハハハハ」とイットの嘲笑が響いた。嘲笑が徐々に低くなる。


 部屋の隠し扉から身長三mの岩の肌を持つ魔物のトロルが二人入ってくる。イットはトロルに命じた。

「いつものように始末しておけ」


 オーガのうちの若いほうがイットに尋ねる。

「前から疑問なんですが、止めを刺したり、魔獣の餌にしたりしてはどうでしょう。または死体と同じく河に流したほうがよくないですか?」


 年配のトロルがすぐに若いトロルを窘める。

「判断は上がするものだ。言われた通りにしろ」


 若いトロルは不満がある顔で冒険者を担いで退出する。若いトロルの指摘はわかるが、説明はできない。あえて言うなら『規則だから』『そういうことになっているから』としか言えない。


 魔宰相イットと名乗っているがイットは偽者である。正確にはイットが自分の体の一部から作り出した存在なので魔宰相イットではある。だが、本体に従う存在でしかない。


 言ってみれば、『弱い方のイット』である。


 ここ『ナルバル実験場』のダンジョンの魔物で上に立つイットが本物だと思っている魔物は新人以外では存在しない。だが、主人に向かって「イットさんって影武者ですよね」と確認する馬鹿もいない。


 ダンジョンの魔物は「これは本人と違うだろうな」と思っているが本心を隠している。その内の半分は「なんか事情があるんだろう」と察し、もう半分は「給料が出るならどっちでもいいや」と割り切っている。


 トロルが出てきたのとは別の隠し扉をイットが潜る。先はイットが暮らす私室の玄関である。イットは変身魔法を解除した。脇の台に仮面を置く時に鏡が見えた。イットはすらりとした男性から、ふっくらとした体形の男性に戻った。仮面を外すと、二重顎で四角い顔の男性の顔がそこにあった。


「ちょっと太ったかな」とイットは日頃の不摂生を愚痴る。部屋の奥から焦げた臭いがした。急いでキッチンに行くと、魔法の高級蒸し機から煙が出ていた。


 急いで火を止めてオーブンを開けると水が全部蒸発していた。結果、熱により中に入れていた饅頭が熱で焦げていた。


「なんだよ、せっかくここまでやったのに台無しだ。本当に最近の冒険者って調理中、風呂に入ってる時、トイレに行こうかなと思った時とか、タイミングが悪い時に来るよな」


 悪い冒険者にイットは恨みを持っていた。かといって、営業時間を決めてダンジョンの出入りを制限はできない。技術的には可能なのだが、これも『そういうことになっているから』できない。


 旨味のある汁気が飛んで不味くなった。捨てるのはもったいないので美味くはないが食べようとする。部屋に警報が響く。


「また冒険者か、来るなら一度に来いよ」

 イットは再び変身すると戦いの場に戻った。


 戦いの間で待つと、冒険者が一人で入ってきた。金髪のいかつい顔の冒険者が告げる。

「今度こそ命をもらい受ける」


「知らんがな」が正直な感想だが、「どれ少し遊んでやろう」と言い換える。


 イットは人の顔と名前を覚えるのが苦手だった。ましてや、冒険者なんてある程度の段階に達すると装備はほぼ同じである。そうなると、間違い探しレベルの違いになる。


 男が動く前に先手を取った。魔法の『闇の槍』を作って投げた。『闇の槍』を無詠唱で作ると威力は七割減だが、並みの冒険者なら当たれば即死する。


 男は投げられた『闇の槍』を剣で折った。正しい選択だった。『闇の槍』は作ってからしばらくは術者の意志で操れる。避けても背後からの一撃があるので破壊するのが正しい。


 男は間合いを詰めると剣を振り下ろす。速いが回避可能と判断した。一歩を引いて避けたが、すぐに下からの斬り上げがくる。左脇から肩までを斬られた。体から血は流れないが、命を削られた。


 自分を中心に闇の柱を出現させる。男に回避される未来を見越したイットは柱の出現時に上に飛んでいた。案の上、男は闇の柱を回避していた。イットは吹き上がる闇の柱の中に隠れ、『悪魔の茨』を唱える。


『悪魔の茨』は詠唱時間が三秒で発動できる。術に掛かれば男の体内にできた悪魔の種が発芽して男に地獄の苦しみを与える。闇の柱が消えると同時に、詠唱が完成した。男はすぐ目の前に来ていた。


 男は気合いを入れて『悪魔の茨』に抗っていた。効果が出ないかと苦く思うが、男の顔が苦悶に歪む。効果は半分だが、現れた。男は剣で薙ぎ払った。ただ、痛みのせいか精度は下っていた。


 追撃を用心する。間合いに少し余裕を持って回避した。魔力を波状にしてぶつけ男を押し出した。男が体勢を崩してくれればよかったが、そこまで甘い相手ではなかった。男は五m後退したが倒れない。


「体術が優れている。精神力も強い。接近戦は危険だな」


 魔力を球状にして連射する。当てることより近寄らせないことに重点を置いた。『悪魔の茨』が効いている以上は男の生命力を削ったほうがいい。


 男が何かを投げた。視界が光で真っ白になる。


 止まると危険なので横に移動したが、移動した先に男がいた。男の剣がイットの体の中央を貫いた。痛みはないが危機感を持った。男が刺さった剣を力任せに横に滑らせていく。


「失われた力を回復せねば」


 男の剣を掴んで『生命吸収』を発動させる。男は迷わず剣を捨てた。男は隠していた短剣を振り上げる。煌めく短剣がイットの頭に振り下ろされた。


『念動力』を使いイットは短剣を止めた。


 イットの『念動力』は詠唱なしでも大人十人を拘束して浮かせられるほどに強い。きちんと詠唱すれば五十人だっていける。だが、いまは目の前の男の短剣を止めるのが手一杯だった。先の四人より目の前の男一人のほうが強い。


 イットは左手に付けていた銀の腕輪の力を使う。『念動力』が強くなり男を引き離した。そのまま男を宙に浮かせた。『生命吸収』の魔法を男に向ける。『生命吸収』は直に触れたほうが強い。だが、近くの相手なら効果を現す。


 空中でもがく男から生命力が流れ込んでくる。男は足掻いていたがやがてぐったりとなった。気絶した振りなら危険なので、遠くに下ろして『精神奪取』を使い確実に意識を途絶えさせておく。


「危なかった。男が仲間を募って攻めて来ていたら負けていた」


 先輩トロルだけが大八車を牽いて現れた。先輩トロルはイットの姿を見て確認する。

「どうしましょう。こいつは殺しますか?」


「殺さなくていい。生きていればイットがナルバル実験場にいると宣伝してくれる。この強さなら信憑性も出よう」


 本物のイットがどこで何をしているか知らない。だからこそ、「イットはナルバル実験場にいる」と誤った情報を広める必要があった。本物イットの所在を隠すのが弱い方のイットの仕事でもある。

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