7 レタスとムラシュ鳥の照り焼きのパンサンド
パンサンドの周りに巻かれた包装紙が、クシャッと音を立てる。
リィサさんは包装紙ごとパンサンドを掴むと、落ちないように両手で持ち直した。
「いただきます!」
「もぐもぐもぐ…冷めないうちに、はよ。」
隣に座っているセイさんは既に口にした後のようだ。咀嚼を繰り返し、タイミングを見計らってリィサさんにパンサンドを勧める。
「ほんのりと手に伝わるパンサンドの暖かさ…包装紙を少し強めに掴むと香るパンとムラシュ鳥の照り焼きの匂い…香ばしい少し焦げたしょーゆのソース、その下に引かれるシャキシャキなレタス…わああああ!」
「全部口に出てるよ。うるさいし早く食べな?」
セイさんが言うのと同時に、リィサさんは手にしていたパンサンドを口いっぱいに頬張った。
パンサンドに思いっきり歯を立てたのか、レタスがちぎれるシャキシャキとした音とパンが噛み千切られる音がこちらにまで聞こえてきた。
もぐもぐと咀嚼をしている彼女の姿を直視しない程度に見てみる。私の料理を初めて口にするお客様の反応や態度は気になるものなのです。
ごくっと喉を鳴らし、パンサンドを飲み込んだリィサさんが私に視線を向ける。そんな彼女の表情は、とても輝いているように見えた。
「めちゃくちゃ美味しいです…!!」
「よかった、そう言ってもらえて何より。こちらこそ、ありがとうございます。」
うんうんと笑顔で唸りながら、リィサさんはパンサンドをもう1口口にする。
セイさんはそんな彼女に目もくれず、一人黙々と口に運んでいた。彼のパンサンドはもう半分もない。
「ムラシュ鳥って、明後日の集団討伐でも狩るんだよね?」
パンサンドの断面を見つめていたリィサさんがセイさんに問いただした。
「そうだよ。ムラシュ鳥以外にも狩る獣はたくさんいるよ。」
「えっと、私ちゃんと覚えているよ。ムラシュ、リヤック、ヘルザポポ、ジィル、コパザン…」
「偉い偉~い。それらの獣の種類名まで言えたら完璧だね~。」
ムラシュ鳥
全長60〜80㎝の初級小型草食獣の一種。
食肉として流通している鳥肉の1つで、一般家庭から富裕層まで幅広く食されている。
特に、発達した足回りの肉質は筋肉質でありながら、柔らかく口当たりが良いことが特徴とされている。
リィサさんとセイさんが今食べているパンサンドに挟まっているのも、このムラシュ鳥である。
リヤック牛
体長200~250㎝近くあるウシと呼ばれる獣の一種で、初級小型草食獣の中では大きい部類に入る。
全身の毛が茶色からこげ茶色であるため、夜間の狩猟は難易度が増す。
普段は穏やかだが、怒らせると非常に狂暴。特に子育て中の雌には注意。狩猟、討伐の際には突進されないように気を付けないと、体中がやられる。
肉質は赤みが多く、歯ごたえがあるのが特徴。肉は薄くスライスして食べるか、厚切りにして炭火で焼くと大変美味。生肉でも食べられるが、その際には適切な処理をしないと食中毒になるため注意が必要。
羊獣ヘルザポポ
体長150㎝くらいの大きさと、モフモフの毛が特徴の初級小型草食獣の一種。
1頭から約6~7㎏の毛を採ることができ、ヘルザポポを含む羊獣種はこの世界に流通する服飾や寝具などの布製品の原材料となっている。
草食獣の中では珍しく雄より雌のほうが大きく、雌は最大200㎝にもなる。
肉質は独特の臭みがあるため、処理の際にお酒と塩を混ぜた液体に漬ける必要がある。
羊獣種全般に言えることだが、成獣より幼獣の肉のほうが口当たりがよく、臭みも少ない。あくまで同羊獣種の幼体と成体を比較した場合であるため、成羊獣特有の臭いが気にならない人も多い。
猪豚ジィル
体長100㎝~200㎝の初級小型草食獣の一種。
猪豚種という分類の中で家畜化されていない野生の猪豚がこのジィルである。
全身真っ黒の毛が特徴で、その毛質は硬くて短い。素手で触ると怪我をすることがあるほど硬い。
群れで生活していることが多く、狩猟、討伐の際は一か所に群れごと追いつめて一気に叩くことが多い。
他の肉類と比べて脂身も多く、栄養価も高い。白くて細い肉筋が多いほど上物とされているが、脂身が多すぎる部位は食用油に加工したり挽肉にしてしまうことが多い。
小型水鳥コパザン
名前の通り、水辺に生息する初級小型草食獣の一種。
全長は60~70cmほどと他の小型獣と比べると特に小さいため、超小型獣などと分類する場合もある。
他の鳥類と比べると可食部位が少ないが、赤みの多い肉は柔らかく、ムラシュ鳥より多くの脂身がある。その脂もしつこくなく、融点が低いため低温で食べてもとても美味しい。
セイさんの出身である楪ノ国では「カモ」と言う生き物に近いとか。
「…………。」
「やばいマスター、リィサが固まった。これ多分獣の名前と見た目すら一致してないやつだ。」
「ま、まあ。リィサさん、獣の種類以外にも覚えることが多いから、名前を憶えているだけでも上出来じゃないのかな。」
「そうかもしれないけど、集団討伐は明後日だよ。頑張って叩き込まなきゃ。」
リィサさんの挙動が完全に止まってしまった。
彼の言う通り、脳内が情報で溢れかえってしまっているのだろう。
これ以上何かを言うと本格的にパンクしてしまいそうなので、私は口を閉じて様子見に徹した。
そんな2人の後ろに、1つの人影ができた。
目を向けると、テーブル席のほうで読書を楽しんでいたお客様だった。
「あ…申し訳ありませんお客様。もう少し声の大きさを抑えますね。」
人影と気配に気が付いたのか、セイさんも後ろを振り向き「あ、すんません」と小さく謝った。
2人の後ろに立つお客様は、「いえ、」「あの…」「その」と言いながらキョロキョロしている。
2人と私の声の大きさに怒っているわけではないようだった。
「盗み聞きしてしまってすみません。そんなつもりはないのですが、聞こえてしまったので………あの、えっと。良かったらこの本、読んでみてください。そちらの女の子が求めている小型草食獣の情報について、分かりやすく書いてあるので…。」