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3 生真面目なゴブリンの男性

現在の時刻は午後8時。窓の外は真っ暗で、道の端に均一に置かれている街灯の光と、当店以外のお店の光だけが点々と見える。

隙間風が吹き、壁にかかっている植物たちの葉を揺らしている。

今はまだ風を気にするほど寒くないけど、1か月もすれば今より気温が下がり、冬が本格的に始まる。それまでに窓の隙間をどうにかしないと。


隙間風の心配と今後の気候について考えていたら、目の前にいるゴブリンの男性が口を開いた。今は彼ら以外に客はいないため、内緒の話やプライベートな話題を出すには当店はもってこいの空間だ。


「今日の新聞読みました?ゴブリン族の男性が盗みを働いて逮捕されたというニュースです。大きく見出しにされていましたよね。」

「あぁ〜!見た見た〜。今日職場でちょっと話題になってたよぉ。『やっぱりゴブリン族には重要な仕事は任せられない』って憤っている人がいて。全員があの犯人と同じってわけじゃないのにねえ。」



今より遥か昔、亜人族たちが現在とは違い、知能を得ず人権というものも持たない頃、妖精や怪異などと呼ばれていた時代があった。

話題の中心にあがっているゴブリンという種族は、悪戯好きな小悪党という特性を持っていた。ある時は畑を荒らし野菜を盗み、ある時は家に侵入し家中を荒らして何も盗まないといった悪行の記録がいくつもある。畑仕事を手伝ったのち、報酬を受け取ろうとしたものの断られ、それに腹を立てて生っている果物を無断で数個持って帰った、という記録まである。

他者を殺めたり食い殺す、なんて記録はないけど、他人からしてみればたまったものではないだろう。


それから幾年の時を経て、数多く存在する妖精族や一部の亜人族は知能を得た。

それまでいた亜人族たちと同じ人権を獲得し、他種族と共存し文化的な生活を送るようになった。昔は、亜人族といえば一部の知能ある族種を示す言葉だったが、現在では私のような”人間”以外は基本的に亜人族という呼ばれ方をしている。


人々に”人間”を差別する意識はないのだろうが、各々の種族の特徴を持たない者は珍しいため、どうしても”人間”という括りにされがちだ。

私自身は全く気にしないが、”人間”の中には人間であることにコンプレックスを抱くものもいないとは言えない。人によってはデリケートな話題と考える人もいるため、実はリィサさんの初日の私への対応は、結構危ういものだったりする。


「本当、困りますね。種族に対する偏見は。自分で言うのも何ですが、私は仕事に対して誇りと敬意を持っています。郵便屋のゴブリンと聞くと、『荷物を引き抜かれる』とか『個人情報を悪用する』などと言う者もいますが…。」

「ラングはそんなことしないよねえ。私はラングが郵便物を悪用するなんて思わないし信じないよお。もしそれでラングが捕まったら、誰かに貶められたのかもとか思っちゃう。」

「…縁起でもないです。」

「あはは。ごめんねえ。」


おっとりゆるやか朗らかに笑う女性、フラウストさんは、グラスの横に置いてあったグラムナッツに手を伸ばし、パキっと殻を割る。いくつかナッツをまとめて割ると、彼女は一気に口の中に放り込んだ。あのナッツはパリパリとした食感が心地よく、まとめて食べるあの食べ方を好む者は多い。


「私もジャックフロスト…雪女だからさあ。たまに言われるんだよねえ。『俺のこと凍らせないでくださいね』とか。好みの男性を凍らせてコレクションする雪女は伝承上の存在だし、そもそもあなた私の好みじゃないしぃ、ってね。」

「ああ…ありますね、そういうジャックフロストに対する偏見。私の知り合いの雪男も、営業先のノームの女性に陰で『凍らされちゃったらどうしよう』って言われていたとか。」

「それも酷いねえ。陰で言われるのも嫌だけど、面と向かって言われるよりはマシなのかなあ。それでも嫌だけどねえ?」


2人はお互いの種族の偏見あるあるに花を咲かせている。

こういう生き物として生きている以上、日常生活に潜む嫌なことは避けられない。

嫌なことに遭遇してもうまく対処できるようにするのが理想だけど、人の心というものを得てしまった以上一筋縄ではいかないものだ。


「あ、ラングさん飲み物がなくなっていますね。失礼しました。何か飲みますか?」

「…ああ、気が付きませんでした。そうですね、じゃあ紅茶系の一杯を。温かい炭酸でお願いします。」

「紅茶系の炭酸ですね。甘いものですか?」

「そうですね。紅茶系の甘くて温かい炭酸のものなら、他に指定はありません。よろしくお願いします。」

「あ、私も同じの飲みたい。マスター、私にも同じのお願いねえ。出されるまでに今あるやつ飲んでおくから〜。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」


注文を受け付けた私は、2人に背を向けて作業台に足を運んだ。

紅茶の茶葉はいくつかあるが、私はその中から濃いめの茶葉を選ぶことにした。

炭酸は刺激がある飲料だから、紅茶の風味に負けないものが良いと考えた。


クロッサの茶葉で提供しようと考え缶に手を伸ばし蓋を開けた。

中東洋の国が原産の茶葉で、あっさりとした渋みと甘い風味、コクの深さが特徴。柔らかく飲みやすいため、当店でも最近仕入れるようになった茶葉の1つである。

しかし、茶葉の仕入れが間に合っていないことを忘れていた。缶の底には、紅茶にできるほどの茶葉すら残っていなかった。クロッサの茶葉を諦めた私は缶を元の場所に戻し、再び考える。現在店にある濃いめの茶葉は2つ。


1つ目はタギンの茶葉。北方の寒冷な山岳地帯、タギン地方で収穫される茶葉だ。当店にあるタギンは夏に摘まれたもので、春摘み、秋摘みに比べると風味が濃く、花のような甘味も強く感じる。コクの濃い茶葉ではあるが、ストレートであっさり飲める点が人気の一つ。クロッサと同じくらいオーソドックスな茶葉である。


2つ目はファーベル。ファーベルとは、この地で育つ苺の一種で、その苺の葉を加工して作られる茶葉の名称としても使われる。北東の安定した気候の地域で生産、収穫される茶葉で、ファーベルの特性上春にしか摘まれない少し特殊な茶葉だ。ファーベル特有の苺の香りはそれだけで甘さを感じ、砂糖なしで飲まれることが多い。クロッサ、タギンに比べると濃さやコクはないが、他の茶葉と比べると十分に炭酸に勝る茶葉だろう。



思考を巡らせた末、私はタギンで提供することに決めた。

1つは、ファーベルは特殊な茶葉であるため、少し値が張る。値段について言及されていないから提供しても問題はないだろうけど、ためらったもう一つの理由。それは、ファーベルは苺の風味と甘味が強いという点。

茶葉を生かした甘未ではなく、甘味料を利用した甘味を出してみたかったのだ。


私は棚から1つの甘味料を取り出した。イズスというイネ科の植物を加工して出来た砂糖と、通称星の実と呼ばれるマロクの木の実と混ぜ合わせ、星形に固めた甘味料。色はほんのり黄色がかっており、味は普通の砂糖と大差がない。

この甘味料の真骨頂は、味ではなく見た目である。これを暗い色の飲み物に浮かべると、星が夜空に溶けていくようで綺麗なのだ。


(提供するものがまとまった。あとは作るだけだ。)




「お待たせしました。今日の疲れを癒す、星が煌めく一杯です。」

「わあ〜きれい!おしゃれなコーラにも見えるかも?」

「本当ですね。この飲み物初めて見ました。マスターのオリジナルですか?」

「はい。ラングさんの注文を聞いて思いつきました。お2人のお話を聞いていたもので、少しでも癒しの力になれたら良いな、と思いました。冷めないうちにどうぞ。」


2人はほぼ同時にグラスを手に取り、飲み物を喉に流した。フラウストさんは目を見開き、すぐにキュッと閉じた。炭酸が少し強かったのかもしれない。


「マスター流石です。とても美味しいです。タギン特有の風味と、この星形の甘味料がすごく合う。」

「見た目も可愛い〜!星が溶けてなくなっちゃうのがもったいないかもぉ。」

「気に入っていただけて何よりです。ごゆっくりお過ごしください。」


今回のラングさんの注文のように、おおよそのリクエストで飲み物を作ることも珍しくはない。既に考案されているメニューの中から提供することもあれば、即興で飲み物のレシピを考えることもある。

今のところお客様の要望に答えられなかったことはないが、クロッサの茶葉を切らしていたのは失念だった。


(お店を閉めたら、きちんと在庫を改めて確認しよう。)



私の心の反省の思いは、冷たい夜の隙間風に溶けていった。

【キャラクター解説】

名前:ラング

年齢:28歳

身長:120㎝

種族:ゴブリン


【ラングについて】

喫茶「調合屋」の常連の一人で、少年ほどの背丈のゴブリンの男性。

郵便配達員として勤務しており、出勤前や退勤後によく店に訪れる。伸びた背筋と黒縁眼鏡、常に敬語であることから大真面目に見られがちだが実際にその通り。

ゴブリン族の古い歴史による偏見に辟易しており、普段の仕事をしている最中の一部の周囲の目や、ゴブリン族が逮捕されたり悪いことをしたニュースを見るたびに悩みの種が増えている。

アルコールはあまり飲まない。

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