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1 訳ありエルフの少女

「わあー!本物の“人間”だ!初めて見た!」

「声がでけえ!初対面の相手に失礼なこと言うんじゃねえ!」

「だってだって!」


軽快で楽しそうな少女の声と、ガラガラとした男性の声が店内に響く。

店内には私以外にこの2人しかいないため、足音が大きく聞こえる。


カウンターで記帳の作業をしていた私は、手を止めて声の主の方を向いて顔を上げた。


「こんにちは、ハイドラさん。今日は何を飲む?」


少年ほどの背丈で大きな斧を持つこちらの男性は、ドワーフ族のハイドラさん。

当店の常連で、仕事でもプライベートでも利用してくれている。

ハイドラさんはニカっと気持ちのいい笑顔を向けてくれた後、静かに手と首を振った。


「いや、今日は飲みにきたんじゃねえんだ。仕事を兼ねてな。」

「それは残念。新鮮なアグラスベリーを仕入れてね。炭酸割りでも勧めたかったよ。」


アグラスベリーとは、この国の北西にあるアグラス地方原産の木苺の一種だ。

赤紫色で直径が3〜4㎝と少し大き目、主に10~11月が収穫時期であり旬とされている。

涼しく風通しのいい土地で育ち、酸味と甘味のバランスが絶妙で、よくジャムなどの加工品として流通することが多い。


「ところで、そちらの方は?」


私は彼の少し後ろにいる少女に視線を向けた。

そこには、まん丸な赤い目と、赤くて長い髪を三つ編みでまとめた14〜15歳くらいの少女がいた。

“人間”の私を見るのは初めてのようで、先ほどから好奇心が溢れて笑顔でそわそわしている。


魔法を自在に扱うための杖を両手に抱え、特徴的な尖った耳と整った容姿を見るに、彼女は“エルフ”のようだった。


「わわわわたし!リィサと申します!ハイドラさんのギルドに所属となりました!」

「こんにちは。私はこの店のマスター…店長です。」

「お世話になります、よろしくです!あのあの、店長さんは『何族の人間』なんですか!?」

「お前!いきなり失礼だって言っただろうが!!」

「ひーーーーー!!ごめんなさい!!」

「ふふふふふ。いや、構わないよ。そういう質問には慣れているからね。」


思わず笑いが込み上げてしまった。

こういう反応をする者は少なくない。


“人間”とは、「この世界に広く流通している『物語の中に出てくる外見的特徴を持たない人型の種族』の名称」である。

物語の中に登場する人間に因み、この世界において“特定の種族の外見的な特徴が現れなかった者”は“人間”と呼ばれている。

この”人間“には個人差があり、自分の該当種族の内面的特徴すら持たない者もいれば、該当種族以上の力を持つ者もいる。


「私は”エルフの人間“だよ。」

「わ、わわわ。私と同じエルフなんですね!なんだか感激です!」

「はあ…いや店長ほんとすまねえ…悪気は無えんだ…」

「問題ないよ。慣れているからね。」


目を輝かせているリィサさんを横目に、ハイドラさんは私を彼女に紹介し始めた。


私が経営しているこのお店は、街の片隅にある小さな喫茶店を兼ねた調合屋である。


おやつの時間に休息とコーヒーを提供することもあれば、小さなお子様に果物のジュースを提供することもある。もちろん、軽食も提供可能となっている。


憩いのひとときと飲食以外に提供しているのが、私の「調合品」である。

傷によく効くポーションから、恋のおまじないに効くとされる香料まで、材料がある限り顧客の要望に応える、それがこのお店だ。

店名はきちんとあるものの、みんなには喫茶「調合屋」と呼ばれている。


「何か困ったらマスターに聞くこともあるだろうからな。お前、『よろしくお願いします』『ありがとうございます』『ごめんなさい』は基本だからな!」

「ちょっとハイドラさん!流石に私でもそれくらいは分かるし!」

「そういえば、彼女は何故入会することになったんだい?ハイドラさんのギルドメンバーの募集はしていなかったと思うんだけど。」


ギルドには様々な種類がある。商売、武器職人、植物の採取、モンスターや獣の討伐など、多岐に渡る。

私自身も全てのギルドの経営方針を把握できていないほど種類は多く、お客様を通して初めて知る事柄もあるほどだ。


ハイドラさんの所属するギルドは、初級の草食獣から中級の肉食獣の討伐と猟を生業としている。

狩られた獣は生物解体ギルドや業者、商人に売るのだが、この調合屋にも薬の材料になる部位や食肉として卸してもらうことがある。

そのため、様々な機会で当店を利用していただくことがあり、今日は新入りのリィサさんを私に紹介したかったとのことだ


「あー、ちょっとこいつ訳アリでな。急遽うちで引き取ることになって。」

「わけありです!」

「声がでけえ!威張るな!」

「声がデカくて威張りんぼなのはハイドラさんも一緒でしょ!」


ぎゃあぎゃあ言い合っている2人だけど、険悪な雰囲気は全く感じられない。

むしろ息があっているようにさえ感じられて微笑ましい。

暖かな視線を送っていたら、それに気がついたハイドラさんがため息をついた。やはり、この空気感が嫌ではないようだ。疲労はしているが。



一通り挨拶を終え、リィサさんは店内の商品を見に席を外した。

当店はオーダーメイドの調合品以外にも、既製品となるポーションや小物類も多数取り扱っており、店頭にいくつか並べている。

自分で言うのも何だが、手作りの調合品が並ぶ様は、自分だけの秘密基地に気に入ったものを並べているような気分になれて気に入っている。側から見れば瓶や小袋が、木製の台の上に雑多に並んでいるように見えるが、この雰囲気が私は好きなのだ。


リィサさんは瓶を手に取り、不思議そうに眺めたり、覗き込んだりしている。

角度によって色が変わるものもあり、常時楽しそうにしている。


彼女はしばらくすると窓際の席に座り、店の外を眺め始めた。

壁に掛けられたいくつかの植物が光を反射し、彼女の赤い髪と白い肌に降りかかる。

同種族である私が言うのもなんだか、エルフは顔立ちが整っていることが種族としての特徴だ。光をまとい、微笑んでいる彼女はまるで一枚の絵画のように見えた。


その頃、タイミングを見計らってハイドラさんが小声で話し始めた。

彼の声が聞きやすいよう、私はカウンター越しに耳を近づけた。


「あいつ、うちのギルドメンバーの知り合いからの紹介で入会したんだけどな。特殊な環境で生きてきたから、極端なまでに世間知らずみたいなんだ。ほら、さっきのあんたへの人間発言といい、な。しばらく迷惑をかけるが、あいつ共々これからもよろしく頼みたい。」

「それはそれは。私は気にしないから、君たちの助けになれることを願っているよ。…詳細は聞いても?」

「あー…すまんが、俺の口からは言えん。いつになるかは分からねえが、言えるようになるまで待ってくれ。もしくは、あいつの口から説明されるまでは。」

「了解した。すまない、出過ぎた真似をしてしまったね。」

「いや、気にせんでくれ。」


リィサさんのあの天真爛漫な様子は、思惑があるわけではなく本当に素の態度らしい。

なるほど、訳アリとは。

言われたことを咀嚼している私を他所に、ハイドラさんが話を続ける。


「ああそうだ、ここに来たのはあいつを紹介したいってのもあったんだが、この店の掲示板を見に来たんだ。あいつにできそうな仕事があるかと思ってな。」


この店の片隅の壁に、少し古びた木の額がある。それこそ、彼が言う掲示板だ。

当店は特定の業務を請け負うギルドではないため、獣やモンスターの討伐に関する依頼は全くない。

この掲示板に貼ってあるのは、ペットの散歩を代わりにして欲しいとか、家業を手伝って欲しいとか、特定の薬草を届けて欲しいなど、お使いのようなものが多い。

たまに、ペットが可愛いとか、出会いを求めて自身の情報を書いて貼っておく者もいるが、公共の福祉に反しない限り、規制するつもりはない。


「ああ、どうだろう。すまない、ここ数日確認できていなくて。」

「構わんよ。俺らで確認してくるからよ。じゃ、マスターまた今度な。」


そう言うと、手をひらひらさせながら窓際の彼女の元へ去っていった。また2人の言い争う声が聞こえる。

そんな2人の声とは他所に、店のドアが開く。



「______ああ、いらっしゃい。」


新しいお客様が来店する。

今日が始まる音がした。

【キャラクター解説】

名前:リィサ

年齢:見た目は14~15歳くらい

身長:155㎝前後

種族:エルフ


【リィサについて】

マスターの旧知の仲であるドワーフ族の男性ハイドラから紹介された、14〜15歳に見えるエルフの少女。

赤い髪と赤い目が特徴。良く言えば天真爛漫、悪く言えば世間知らずと裏表のない言動が目立つ。

特殊な事情を抱えているらしく世間に疎く、ギルドにて社会勉強の真っ最中。

たまに喫茶調合屋に顔を出し、他の客に絡むこともしばしば。

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