神殿見つけて、仲違い
異界の扉が閉じるまであと1日になった。
日記を見つけてからは3日経ったがその間神殿を見つけることはできなかった。
学校も連日休みテストも受けていない。
かといって異界の住民になる決心がついたかといえばそうではない。
……何やってんだか。
一度でも現実から足が離れると実際的なことがどうでも良くなってしまう。
夢と現実が逆転していくような不安を感じる。
ダメだと思っていたことに対する抵抗がなくなっていく。
とにかく、あと1日だ。
今日も見つかなければ、またいつも通りの生活に戻るだろう。
もどるだろうか?
おれは戻れる。だが達郎は?
「もし、神殿がみつからなかったら、どうするつもり?」
「もうじき見つかるさ」
予想外の答えに、靄がかかった彼の背中を見る。
「――昭和50年7月17日海の潮が引くと前まで霧で見えなかった浅瀬に神殿が現れた
と日記に書いてある。僕の推察なんだけど霧はおそらく海から出ているんじゃないかな。探検してて方角によって霧の濃さに違いがあることに気づいたんだ。そして、今は歩くほど霧が濃くなっている。だからもうじきなはずだ」
「もしそれでも見つからなかったら? 諦める?」
おれには諦めという結論を出す達郎が想像できない。
達郎はいい奴だが、目標のためなら何をしでかすかわからない。
だから、少し訊くのが怖くもある。
異界の期限を延長するための手段は思いついているだろう。
「あきらめるよ」
「……」
気味が悪いほど、誠実な声だった。
「オイ、なんカ……」
西咲の素っ頓狂な声でハッとする。
いつの間にか周りは見慣れた白じゃなく、薄暗い山道になっていた。
「いつの間に……ここどこだ?」
後ろを見ても下り坂が続いており、今まで歩んできた道ではない。それでもチョークの跡が残っている。
このチョークは本物か? わからない。
「進むよ。もうすぐだ」
「……は?」
正気かよ。
達郎を見るが彼の温厚そうな目は悪魔にでも取り付かれたかのように輝いてた。
「ア、タイマー止まっテる」
「止まった時間を記録して、もう一回タイマー付け直して」
「ラ,ラジャ〜」
西咲は残り時間を左掌に書いてタイマーを再びセットした。
ーーあと40分。長居はできない。
山に沿った斜面を5分も登ると覆い被さるような木々が開けた。
と思ったら、道が山の小さな崖からせりでていた。
ガードレールが行く手を阻み、目下では2車線の坂がかろうじて見えた。
「降りよう」
達郎はそう言って壁をつたい下の道に降りていった。
普段の彼なら、他の道路を探すかするだろうに、焦っているのか?
「潮が聞こえる。行ってみよう」
道に降りるやいなや達郎は坂を下って行った。
焦っていると考えたが、むしろ機嫌の良さそうな足取りでいる。
ひょっとしてここで見つからなかったら帰らなくて良いと思っているのではないか?
冗談じゃない。が、ここで達郎を捨てて帰る訳にはいかないためついて行くしかない。
「宮中達郎。時間はあまりなイぞ?」
「あ,ああ。わかってるよ」
「本当か……?」
西咲もそんな達郎に違和感がある様子だが坂を降りて行った。そして、港に着いた。
道降りた先には砂浜があり、その奥から波の音が聞こえる。
砂浜を歩いていくと、やっぱり海があった。
「……決めなきゃな」
おれは無意識につぶやく。
この霧の向こうにおそらく神殿がある。
先延ばしにしてきた決断がすぐそこにある。
「孝。何を決めるのだからダ?」
――しまった。
西咲には神殿での儀式なことは話していない。おれは口を閉じるがもう遅い。
「何か西咲に隠してることがないカ?」
「………」
「日記を見せて欲しいと言っても、ナアナアにされたし、思い返せば最初の頃ハルカにおばあちゃんのことを聞いた時も少し空気が変わっていたナ。なぜ西咲には教えんことがあるノダ?」
「ごめん。秘密が漏れる可能性を考慮したんだ」
おれが答えに困っていると達郎が答えた。
「西咲の口は固イ」
「そうじゃなくても。せっかくの働き手が目的を知ることで離れて行くことを避けたかった」
「なにか悪いことをしてるのかノカ?」
「いや。ただ、君には伝えない方がいいと僕が直感で決めた」
おれに話した時、反応が芳しくなかったから慎重になったのかもしれない。おれはそれでも離れなかったが西咲の場合はわからないからな。
「話してミヨ」
それから達郎はなぜ神殿にいくか、そこで何のためにコンパスを自分に突き立てるのかを話した。
西坂はじっと話を聞き、達郎の話が終わると静かに言った。
「だから、あの少女も……お前らは体を捨て、理不尽から逃げるつもりカ」
「やっぱり。反対するよね」
「当たり前ダ! 人の努力を馬鹿にしテイル。気に食わん」
「どうしてそう思うの?」
「それは、自分たちだけいい目を見ようとしてるからダ」
その考えはおかしい。
そんな理屈が通るなら世の中の人は皆、不幸な人に合わせるために幸せを求めてはいけなくなる。
「そんなことないよ」
やはり達郎は首を振る。が、彼の次のセリフはおれの想像外のものだった。
「全員だ。全員向こう側に連れて行く。いつになるかはわからないけど。僕は必ず成し遂げる」
全員。
それは実現ほぼ不可能な途方もないことだ。
ただ、彼の言葉には自信が溢れていて、もしかしたらと思わせる。
もっとも、おれにはそれがいいことなのかわからなかった。
「もういい、勝手にシロ。もっとも西咲1人説得できないようなら全員なんて無理だろうガナ!」
西咲はそう言って道を引き返した。
おれたちも潮が引かない以上、明日に出直すしかなく、彼女について行った。重苦しい空気で互いの距離が微妙に離れていた。
向こうの住民になるべきか。
もし達郎の言うとおり、皆が異界に住むことが実現すれば父母に心配させずに、むしろ一緒に幸せになれるから良いことなのだろう。一方で、西咲の本気の怒りを見てしまっては後ろ髪を引かれる。
おれも初めはここまでではないが達郎を止めようとしていたから。
それに、向こう側の住民になるにはあの儀式で一度死ななければならず、安易にできるものではない。
人生の分かれ道が目の前にあるのに、決断のための一押しが足りない。
そんなことを考え、扉を潜り、解散して、家に着いた。
「ただいま」
「……」
返事がない。
何か嫌な予感がする。
廊下からリビングへの扉は開かれていて、おれは忍足で中を覗く。
妙に暗い部屋で母が机に座り俯いていた。
なぜ暗いか。
照明が壊れたか? いやいつも通りの光を発している。
では、テレビがついてない? ついてないがそれはあまり関係ないだろう。
机に広げられたものが原因であることをおれは一瞬で悟った。
「あんたの部屋のクローゼットから女の子の水着が出てきたんだけど」
――そこからの記憶が曖昧だ。
気づいたら2階のベッドで左腕の血を抑えていた。床に落ちている白いコンパスで刺したようだ。
何があったのか振り返る。
盗みを疑う母。おれは誤解だと説き続けた。じゃあこれはなんだと聞かれ、コスプレと答えたら母は絶句して泣いてしまった。
もうダメかもしれない。
全部どうでも良くなって、達郎に異界の住民になりたいと連絡をした。
返事はすぐに来た。