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主人公現る【後編】

 たまに、高野孝は水佐ノ公園で遊ぶ夢をミル。

 公園は楕円形で大きさは20メートル程。

 入って右手にはトランポリンのような遊具や滑り台が、左手側にはアスレチックがアル。

 特に思い入れもなく(というかそんな公園一度も行ったことがないラシイ)目の前のものが何を示唆するのかサッパリとのことダ。


「とりあえず入ろうか」


 隊長の一言に我々は首肯スル。

 歩くうちに白い床が砂と草に移っていク。


「霧が晴れてるね」


 隊長がそう言ったので顔を上げると、たしかに公園を境に霧が薄まってイタ。

 ここは何か特殊な場所なのダロウカ?

 タダ、ここはどう見ても神殿じゃないシナ。まさか、西咲の足元にヒミツの抜け穴があり、そこには古代都市と地下神殿が……


「こんにちは」


 突然、どこからともなく人の声がした。

 西咲らは互いに背を託し、あたりを警戒スル。が、我々以外の姿はナイ。


「ここよ」


 今度ははっきりと聞コエタ。

 アスレチックの柵の上に霧が生じ、みるみるうちに人の形になっていク。

 西咲はその姿を見てさらにビックリ。

 声の主は幼い少女だったノダ。


「初めまして、私はハルカ。この姿の方が話しやすいだろうと思ってこんな姿だけど、一応あなたたちが白扉を見つけた家の元住人なのよ」


 話し方は大人びていて知性を感じるけれど声は明らかに幼イ。

 が、西咲は思い出ス。高野孝が霧の中何かに襲われたコトヲ。

 ただ、どうしても柵の上のちんちくりんが人を襲うのをイメージできん。


「初めまして。達郎です」


 隊長は挨拶を返すが、探りを入れているのか短い言葉で微妙な固さを感ジル。

 あんなちっちゃいのに警戒するなんて隊長もなっさけない。


「安心して。私は味方よ。一昨日の件は別の奴」

 

 だってさ。宮中達郎は少し警戒を解くが、その隣のアホは少女を睨み続けてイル。

 ハルカは困った風だが続ケル。


「ここの人も一枚岩じゃないの。早く殺してエネルギーにしようって人や、ちゃんと法に則って呼ぼうって人とかいろんなのがいるのよ」


 殺す? なんと物騒ナ。


「おれたちを襲う気はないってことでいいの?」


 高野孝がおずおずと訊イタ。


「ええ。むしろ、困ってるだろうと思って助けに来たのよ?」

「一緒に探検するってことカ?」

「それは……ごめんなさい。ここは不安定な場所だから何回も来ることはできないの。でも、いまここでできることをするつもり。疑問に答えるとかかしら」


 少女は体を落ち着きなく回して言った。

 隊長はそれならと手帳を取り出し、一歩前に出る。

 聞きたいことをハルカに訊くのに躊躇いはないラシイ。


「神殿はどこにあるのでしょう」

「詳しくはわからない。けど海辺にあると聞いたわ」

「では、海はどっちにありますか」

()()()()には方角がないから、それもわからないわ」

「そうですか……」


 隊長は浅いお辞儀シタ。


「落とし穴とか霧の襲撃などの危険に合わない方法はあり、ますか」


 高野孝が慣れない敬語で前に出タ。


「落とし穴は注意するしかないわ。落ちたら助からないと思って見てれば大丈夫よ多分。霧の襲撃は遅くまでいなければ滅多に起きないわ」

「遅くまで?」

「ええ、扉がなくなると空間の安定性が増して、ここに危ない人も含めて来やすくなるの。ただ、それでも珍しいことなんだけどね」

「効率的な探索方法はありますか?」


 高野孝が礼を言うより早く、宮中達郎が次の質問シタ。

 西咲も何か考えとカナイト。


「そうね……今のままでも大丈夫だと思うわ。拠点からここまで来れるなら十分な距離だし」

「わかりました。ありがとうございます」


 隊長は手帳をパタンと閉じて、きちんと辞儀ヲシタ。


「ああ、そうそう。私の日記に詳しいことは書いてあるわ」

「日記ですか?」

「納戸の隅にある引き出しの下から2番目に入ってるの。探してみて。あと、これも……」


 少女は柵から飛んで華麗に着地すると、前にいた2人に何か渡した。


「神殿で使うから持っておきなさい」


 よく見えないが、白いコンパスの片割れのようなものダ。


「西咲にはくれないのカ?」

「2つしか持ってないの。ごめんなさい」


 少女は分解されたコンパスを渡すと、アスレチックの柱に寄りカカッタ。


「なあ、西咲も質問じゃ」


 一瞬、前の2人が西咲を一瞥シタ。なんじゃ、意外か? まあ、しばらく大人しかったからナ。


「おばあちゃんは元気にしておるか?」

「おばあちゃん……なんて人?」

「北野マサミ」

「知らないわ。ごめんなさい」

「イヤ、別に構わん」


 西咲は質問し終えてから、前に出て質問してないことに気づイタ。

 些細な無礼ダ。気にすることではナイ。


「体が欠けてきた。次でラストだわ」


 ハルカは自分の右手を見ながら、〆切宣言をシタ。

 我々3人は顔を合わセル。


「おれ、最後いい?」


 高野孝が名乗り出た。

 隊長も西咲も特に反対せずに、後ろに下がった。


「最後に一つ良いですか?」

「なにかしら」

「そっちで暮らしてて後悔はないですか」

「全くないわよ。この世界には立派な家に豊かな食事。素敵な夫、理想の体も、全てあるもの」


 少女は歌うように答えた。


()()に戻りたいとは? 死なないことや、体がないことをふと恐ろしく感じることはないですか?」


 高野孝が詰まるような声で訊いた。


「全くないわ。逆にあなたは体があること、人であることによって生じる限界を理不尽に思わない?」


「……」

「大丈夫よ。ここの()はみんな幸せだから」


 霧の少女は高野孝の手を取ると、ゆっくりと霧散シタ。

 西咲は2人の問答が気になっていて、少女が消えることへの反応が遅れた。


「どこ行っタ?」

「……」


 しばらく返事を待っても、何も起きナイ。


「聞きたいことは聞けたしもう帰ろうか。時間も迫ってる」


 隊長は手帳を仕舞い、公園を出ていった。

 西咲は引き止めることもできず、公園にはただの遊具しかないことを確認シテ、隊長を追ッタ。

 高野孝が追ってきたのは少ししてからだった。



「あと1時間10分もある」


 高野孝はタイマーを示しながら、公園を出て来た。

 ここまで来るのに1時間チョット。

 帰りは早く進めるだろうからもうチョット公園にいても十分間に合う……と思ったが、宮中達郎の表情が険しいのに気ヅク。


「タイマー。動いてないよ」


 宮中達郎の指摘で高野孝はタイマーと顔を合わせ、ハッとする。

 西咲は血の気が引いていく人の顔を初めて見たヨ。


「あれ? 本当だ……タイマー、止まってる」


 アホが動揺する一方で隊長は落ち着いて顎をさすっていル。

 

「公園に入ってタイマーが切れたのだろうね。それから三十分はここにいただろうから……あと三十分あるかないか」爪を噛み、指示を続ける。

「列を組んで。急ぐけど何があるかわからない。気をつけて行こう」


 西咲と高野孝はそれぞれの位置につき、早歩きで公園を離レル。

 行きで引いたチョークを辿るダケダ。

 歩いているうちに距離がわからなくなるが、隊長の歩くスピードは一定ダ。

 来る時、大分ゆっくり歩いていたからそこまで急がなくても間に合うと思っているのダロウ。

 時間が経つほど危険になると言う少女の言葉もあるし、急がば回れだ。

 隊長よ、いい判断ダ。


 落とし穴がいくつか現れてくると、安心感が増してクル。

 現在地がどのくらいかわかるからナ。

 そして、最初に見つけた落とし穴を通る。

 あと少しダ。


「間に合ッタ!」


 思わず息が漏れる。机の脚に横たわる扉は今にも消えかかってイル。


「早く入ろう」


 隊長がドアノブへと手を伸ばそうとし――


「待って!」


 高野孝がその腕を掴んだ。


「オイ」


 西咲はアホの肩を掴む。

 こんな時に何をするノカ。


「どうした。孝?」


 達郎が優しく訊イタ。長い前髪の奥を見つめナガラ。

 高野孝は顔を俯かセタ。


「何か嫌な感じがするんだ」

「嫌な感じ?」

「前に幽霊に襲われた時とか公園に入った時と同じ感覚がする……。これは偽物かもしれない」

「偽物……」


 宮中達郎は伸ばした腕を畳んだ。眉頭を押さえて深く息を吐く。


「根拠は?」

「…………ない」


 高野孝は宮中達郎の腕から手を離し、扉に視線を落としておかしな所がないか探ス。


「達郎は変な感じしないの? こういうの得意じゃないの?」


 高野孝が食い下ガル。

 宮中達郎が得意なこういうのとは間違い探しのことだろウカ?


「俺は理論派なんだ」


 達郎は決まりが悪そうに顔を逸らシタ。

 理論派の間違い探しとはなんぞヤと考えるうちにも扉は消えていク。あと二分も持つだろうカ。そんな時間で何が探セル?

 そもそもこれが偽物だとして本物の扉はどこにアル?


「あ、見て。チョークが……」


 高野孝が扉を跨いだ先の地面を指シタ。

 そこにはチョークを引いた後が残ってイタ。


「これを辿れば本物の拠点に着けるんじゃない?」

「どうだろう。この線が偽物の可能性もあるし……。1分だ。1分調べて結論づけよう」

「……わかった」


 高野孝がタイマーを設定する音を立てる、と同時に西咲は扉を開ける。


「おい……」


 驚いた2人の顔が西咲に向く。


「白い光で何も見えンナ」

「開けて何かあったらどうするつもりだ」高野孝が怒号する。

「いや、何もないならいいじゃないか。頭だけ入れて向こうを見てみよう。扉を立てて!」


 西咲らは急いで開いたままの扉を起こすガ、重心が脚でずれて支えが必要ダ。


「そのままでいい。僕が行く」


 2人で支えた扉の中に隊長は頭だけを入レル。

 何があるのか、急に引っ張られたりしないカ……。

 

 杞憂だった。


 隊長は頭を戻すと「大丈夫、これは本物だ」と声高らかに言ッタ。


 西咲は扉を倒そうとするが、もう片方を支えるアホはなかなか動き出さなカッタ。


「急ゲ」


 長い前髪の奥にある迷いを含んだ目がチラッと見えた。

 やがて、我に戻ったのか扉を倒シタ。


 開け放たれた扉。

 薄く、向こう側が透けてイル。


 宮中達郎が飛び込ム。

 高野孝はどこに繋がっているのかわからないチョークの線を眺めてイル。

 仕方ナイ。

 西咲が先に、肩にかけてあるカメラを抱きながら飛び込ンダ。


 空中に放り出され、近づく地面と隊長の姿を捉エル。

 隊長が素早く身体を退け、衝突を回避。

 西咲は地面に叩きつけられ、悶えるだけで……んゲっ!


 高野孝に押し潰され、危うくカエルになるところだっタ。

 

「ご、ごめん」


 重たいのがオドオドしながら立ち上がっタ。

 西咲も服を叩きながら立ち上ガル。

 下敷きになってやったのにこんなに服が汚れて、少し怒りが沸イタ。


「許さん」

「……」

「おい、聞いてるカ?」


 返事がない。なんだ、返事もできんのか、と高野孝を見ると彼は黄昏れてイタ。

 なぜか西咲の怒りが静まっていク。


「帰って来たのかな……」


 高野孝は竹の隙間から見える夕陽に、確かめるように、ポツリと呟イタ。


「多分」


 宮中達郎の近くにあった扉が今は無くなってイタ。

 時間ギリギリだったノダ。


「帰ろう」


 隊長が高野孝に近づくと、背中を叩イタ。

 なんとなく、西咲も背中を叩いてやッタ。



「また、明日」


 山を降りて、隊長が見送ってきた。

 西咲は「ウム」と、アホはただ手を振って答え、自転車で並ブ。


 あたりはまだ蒸し暑イ。

 だが、良い時間ダ。

 黄金の草木がゆったりと後ろに流れて、田んぼの向こうにある家々はそれよりも時間をかけて、向きを変えながら視界の外へ消えていく。


 こうして、()()()()()()()()し、2人も友達ができた。さらに向こう側の神殿に行けば()()()()()()()()()()かもしれナイ。


「カメラ」


 横を見ると高野孝が手を差し出して来てイタ。


「ああ、どぞどぞ」


 さっきの衝撃で壊れてるかもと思いながら、首に下げたカメラを渡シタ。


「……拠点しか取ってないじゃん」


 壊れてはいないラシイ。役に立たないのには変わらないガ。


「すまんナ」

「まあ、次行く時に撮ればいっか」


 高野孝がため息混じりに言った。

 最初に比べ態度が軟化している気がスル。

 分かれ道が近づくにつれ西咲の中のある衝動が高まる。


 自転車が2つの道に差し掛かる。


「マ、マタナ。高野」


 たかが、苗字を呼ぶだけと思うかもしれない。

 ただ、西咲にとってそれは大きな意味を持つノダ。

 じっと、高野の返事を待つ。

 

「じゃあね、西咲」

 

 高野は淡々と去っていっタ。

 西咲はホッとした。と同時に、ふと頭に蘇ル。


――体があること、人であることによって生じる限界を理不尽に思わない?


 理不尽だと思う。


 西咲は幼い頃から自分が女であることに嫌悪感を感じテキタ。

 心が男なのかというとそれもわからナイ。

 背が低く手足が華奢で胸が突っ張るこの体が西咲のものであると誰にも思われたくないのだ。


 昔、母にそんなことを打ち明けた。

 そしたら病院に行こうと言われ、怖くなって嘘だと言った。くだらない嘘をつくなと怒られた。


 体の成長につれ大きくなっていく不条理を隠そうと人目を憚るようになっていった。

 そんな中、おばあちゃんは事あるごとに「元気かい? いつでも味方だからね」と心配してくれた。

 だから、意を決してもう一度自分のことを話した。

 おばあちゃんは抱きしめてくれた。

 暖かかった。

 こんな体でもどうにか生きていこうと思った。

 けど、少しもせずにおばあちゃんは死んでしまった。

 それから、人をフルネームで呼んだりして周りから自分を隔離し、自己を確立しようとした。


 けれど、今日。自分から歩み寄ることで抱えてきたものが少し消化された気がした。


 西咲は、緩んだ頬が誰かに見られないように下を向いて歩き出した。

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