表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

準備!

「拠点が欲しいね」


 昼休みの賑やかな教室の窓際で、達郎はこっそりと言った。

 涙ほくろを頬杖で隠しながら。


「向こう側に?」おれは椅子に深く座って、ゆるく返事をする。

「そう」

「いいね」

「でしょ? って言ってもせいぜい机くらいしか用意できないだろうけど‥‥‥」


 達郎は大仰に肩をすくめた。彼はボディーランゲージが少し大袈裟なところがあるのだ。

 ただ、少しも違和感がなく、むしろ時には雄弁にすら写るからずるい。おれがやっても下手なパントマイムみたいになる。


「時間もない資源もないだからね」

「ただ、せっかくの探検なんだからせめて机くらいは置きたいじゃないか」

「そうかなぁ」

「そうだとも。せっかくの初拠点なんだから、ワクワクしないと」


 達郎ってこんな子供ぽかったっけ‥‥‥。


 そういえば、いつも彼は昼休みを勉強に費やしているので、こんな風に向き合って話すのは珍しいことだ。

 達郎はうんと伸びをした。


「まあ、とりあえず、探検に必要なものをリストしとこうか」


 彼はノートを机に広げる。

 おれも筆箱を机に出した。

 それから2人の意見が1つの机上を行き交った。

 出た案に優先順位をつけて取捨選択をしていく。

 話し合いはチャイムによって打ち切られ、持っていくリストは以下の通りになった。



ノートと筆箱 地図や記録を描く

机 拠点になる

椅子 同上

携帯電話 距離、通信、時間[万能だけど向こう側で使えるか]

方位磁針 探検ぽい

時計 便利

ターコイズ 石、旅の安全に良い!

リュック 使わないの1つはあるよね



 放課後、おれは一旦家から用意できるものを揃えて、達郎宅を訪れた。

 あいつの家は木造で築100年は超える古家である。

 玄関を開けて、出迎える彼に真っ先に言われたのが「ムカデどっかいった」だった。


 おれと達郎は居間の畳に探検用品を広げる。


 おれが消えたムカデにキョロキョロしていると達郎がスプレーを持ってきた。

 ムカデが嫌う匂いらしくそれをおれにかけてくれた。

 おまえはいいのかと訊くも、まあまあと良くわからない返事をされた。


「椅子はなんとかなるが、机が‥‥‥」


 揃ったアイテムを挟んで座ると、目の前の涙ほくろが暗く沈む。


 やはり、おれの家で机になりそうなものは段ボールしかなかった。

 彼も同じで、拠点と言えるほどの机を作る材料は揃わなかった。

 が、ないものは仕方がない。

 こういう時は手に入れる方法を考えるか、諦める言い訳を探すかの2つだ。


「そもそも、拠点はない方がいいのでは?」


 後者の方が説得に強い気がしたので、まずは自分が思っていたことを言う。


「‥‥‥扉ごと移動するつもり?」


 達郎は数秒も経たない思考でおれの言いたいことを当ててみせた。

 彼も同じ問いを持っていたのかもしれないし、すでに考えて納得できているのかもしれない。が、わからない以上おれは続ける。


「台車を作れば楽に運べるし、何より遠くまで探せる。向こうとこちらで扉の座標がリンクしてないならありだと思ったんだけど‥‥‥」

「いや、そうとも限らないよ。向こう側が壊れかかっていて危険だし――」

「なら尚更、扉が近い方が安全じゃん」


 血の巡りが早くなり、言葉が口をつく。

 一方で、達郎はどうにか机を置きたいと言うよりむしろ、おれの考えを聞いておきたいような雰囲気だ。


「一時的にはそうだろうけど。次に入る時、扉が危険の目前に放置してあるのはまずいと思わない? それに拠点を軸に地図を埋めていく動きの方が、危険がどこかはっきりするからリスクが少ない」


 彼は畳に広げられたアイテムをぼんやりと眺めながら言った。まるで、すでに考えたことだつまらんと言わんばかりに。


「たしかに……。でも、机が拠点である必要がなくない? それが得られないなら」

「そうだね。おれもそれで考えてたんだ。でも、とりあえず手に入れる方法が3つある。だから、君にもどうするか決めてもらいたい」


――決めてもらいたい。

 おれは嬉しく思った。

 きっと、彼はぼんやりと眺めながら考えを整理していただけなのだ。

 つまらないことを言ってるなと思って聞いていたら、おれに意見を訊くなんてしないだろうから。


 達郎は顔を上げ、指を3本立てた。


「1つはシンプルに買う方法。これが理想だけども僕はお金持ってないから孝に負担が行くことになる。僕としても公平じゃないのは嫌だからあまり乗り気ではないかな」


 そう言うと薬指をパタンと折った。

 通販で机くらいなら買えるだろう。現に、女装グッズ(変身アイテム)はこのルートで手に入れている。

 ただ、おれも湯水のようにお金を使える訳じゃない。

 達郎が後から返していくといっても‥‥‥その頃には向こうの人になってるかもしれないじゃないか。


「他は?」


 おれが促すと彼は左手で立ててある中指を握った。


「2つ目は、代わりの物を机にする方法。段ボールと山に生えてる竹と庭にある薪をロープで縛ったりして組み立てればそれなりにはなるかも。あるいは山の木を切ってそのまま机にするとかね」

「やり方を調べればおれらでもできそうだし、いいと思う」


 肯定するおれだが、達郎は微妙そうな顔だ。

 たしかに簡単ではないだろう。工具がないとか、2人とも工作が苦手とか。

 それとも最後の3つ目の案も同じくらいのコストだから迷っているのかもしれない。


「3つ目は、あの空き家から拝借する方法。前に家の中に誰かいないか回った時、机はあったんだ。あの家の中はそこまで汚くないし拭けばまだ使えたはず」


 達郎は人差し指も左手で握って言った。

 

 どの案もコストがかかるし、その割に出来が保証されていない。だが、他の拠点候補をあげ、それを作る方がコストとリターンの差が大きそうな気がしてきた。例えば、旗を拠点にしようと言っても、机みたいな機能がない。

 いっそのこと扉を拠点とするのはどうだろう。いや、白の中じゃ見づらそうだ。

 やはり3つの中から選ぶとしよう。


「3つ目は嫌だ」

「運ぶのが大変だから?」

「いや、それもあるけど。そうじゃなくて、やっぱり人の物を盗むのは良くないよ」


 おれの答えに達郎は一瞬キョトンとしたが、顎をさすってわかったと頷いた。


「じゃあ、2つ目にしようか。DIYの自信はないけど、そうこう言っても無駄だし」


 そう言って、彼はノートと鉛筆、定規をテーブルに準備し始めた。


 おれも手伝おうとするが、これでいいのかとモヤモヤが残る。

 ただ、作るだけでいいのか?

 達郎はワクワクしたいと言っていた。


 古時計が6時を告げる。時間はあと1時間。

 でも、考えてしまう。

 そもそも、ただ作るだけじゃないとはどう言うことだ?

 作る過程か机のデザインか、それとも材料か……。


 突然、おれは閃いた!

 

「そうだ! 扉を寝かしてさ、机の天板にするって言うのはどうかな‥‥‥?」


 しかし、なんと言うことか! あんまり実用的な案ではなかった!


 だが、達郎はニヤリと笑い

「おもしろそう」と言った。



「どの木が良いかな」


 おれは庭に積まれた薪を眺めて考える。

 今は椅子と机の脚に使えそうな木を選んでいるところだ。

 

「机の天板を扉にするんだから、ローテーブルにした方が良いね」


 達郎がそう言って短い薪を1つ取り出した。


「ああ、たしかに高いと危ないか。でも足元に拠点の目印があると見失わない?」

「霧だったろう、あれずっとなんだよ。近くしか見れない代わりにその範囲の情報に過敏になるはず。だからこれでいいんじゃないかい」


 だったら扉が拠点でも良かったような……。

 まあ、それじゃワクワクしないからダメだったのか。


 それから似たような木を予備も含めて6つ選び、探検用品と接着剤をリュックに入れて、扉のある山を登った。



 向こう側に入り、扉を寝かし、薪で脚を作った。

 机はガタガタしたが脚の高さを調節すると普通に使えるレベルになった。

 もっとも、扉として使うにはやや不安だ。

 接着剤で固定すると見た目はともかく十分な耐久力になった。


 完成!

 

 傍に置いといたリュックを寄せる。

 中に入れておいた時計が6時半に差し掛かっているのがチラッと見えた。

 時間はあるな。

 リュックを閉じて扉の下に押し込むも問題なし。


 おれたちは一息ついて、完成した拠点にぼーっとする。

 殺風景な夢の景色に現実の物が置かれているアンバランスさ。しかも、おれたちの手によってだ。

 しばらく背徳的な気分に浸っていると達郎が「そろそろ出よう」と呼びかけてきた。


 おれたちは扉の足の方からスライディングするように外へ出る。


 あたりは夕暮れの淵にあり、どっと疲れを感じた。

 山を降りる途中、ふとスマホを確認したくなりポッケを……あれ?


「なくしたのかい?」


 達郎はおれがポッケに手を突っ込んで慌てる様子で察した。


「いや……。あっ! リュックに入ってるかも」


 スマホをリュックに入れて運んでいたんだった。

 さっき、リュックから取り出そうとしたのに時間に気を取られ、何もせずに満足してしまった。


「ちょっと、取ってくる」

「間に合うかい?」

「さっき6時半だったから大丈夫」


 山を引き返したところで10分もかからない。

 全然間に合うはずだ。

 転ばないように扉に戻り、向こう側に潜った。


 あたりの霧が濃いように感じたが気のせいだろう。

 そんなことより、リュックを扉の下から出してチャックを開ける。

 スマホはすぐ見つかった。ポッケに入れる。

 リュックの口を閉めようとして違和感を覚える。


――6時30分5秒


 さっきと同じ時間。

 秒針がぴくりともしない。

 故障か? それともこちら側だから?

 でもいつから止まっているのだろう。

 今何時だ……。

 息が浅くなる。嫌な想像が指先を震わす。


――その時、何かの叫び声がした。


 生物の喉から発せられたであろう声の震え。

 死の恐怖を訴えかけるような絶叫。


 やばい。


 早く,逃げないといけないのに、体が動かない。

 霧に囲まれてどこからなにが来るかもわからない。


 おれはリュックを扉の下に仕舞う。

 音を立てないように。

 ドアノブが反対側にあるから、しゃがみながら回り込む。


 何かが近づいている。

 心臓の音が急かそうとしている。

 胃酸が逆流しそうで気持ち悪い。


 何かが近付いている。

 振り返ったら絶対何かいる。

 ただ、ドアノブまであと、3歩だ。


 そう思った、その時。

 首筋に生暖かい呼気を感じた。


「ひッ」


 おれは急いでドアノブに駆け寄ろうとする。

 しかし、腰が抜けて、立ち上がれない。

 呼吸が浅くなり、助けを呼べない。

 扉を叩いて、達郎が気づくのを待つことしかできない。

 急激に頭がぼんやりとしてきた。

 扉にもたれそうなるが、開かなくならないように、床に倒れる。

 あたりの霧が人の形を持っていく。

 おれは囲まれてるとわかった時。

 体をもの凄い力で引っ張られた。


「大丈夫か?」


 涙ほくろが顔を覗き込む。薄暗い梢が揺れていて、淡い青空が隙間から見えた。


「あぁ」


 助かったのか。

 手先がまだ震えているのが無性におかしかった。


「何があったんだ?」


 申し訳なさそうな顔をする達郎におれは何があったか話した。

 時計がおそらく向こう側に入った時から止まっていたことから、何かが背後まで迫っていたことまで。

 話し終えると達郎は頭を下げた。


「ごめん。時計とか動くか、きちんと確認するべきだった」

「いや、いいよ。おれもだし。にしてもどうして来てくれたの?」

「6時半にしてはあたりが暗いと思ったんだ。来てみたら扉が消えかかって、しかも叩く音までしたから。来てよかったよ」


 おれたちは山を下り、日が落ちる前に解散した。


 帰り道、おれは自転車に乗る影が一人であることを何度も確かめた。

 でも、確かめるたびに恐ろしさが刻まれるようでもあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ