全て失っても
「……」
目をあけれるようになるまで何日かかったのだろう。セイヤと名乗る彼に全てを任せ気づけば終わっていた。
俺は何かを願っていた。何かを失っている。
それを理解しても、何かが分からない。
長い長い夢が終わったように、身体は軽かった。
最後に聞いた声は、「魔力で支配されない世界をつくる」その言葉だけは覚えている。
「……」
そもそも俺は自分の名前が分からない。何をしてきたのかもわからない。それでも何かを強く願ったんだ。
起き上がると真っ白な部屋があった。周りの人はその様子をみて驚いていた。
「ユイト様」
「……ユイト?」
「は、はい。貴方様の名前です。」
ユイト。それが俺の名前らしい。
「――っ!」
頭が割れるように痛い。だが、その言葉と共に浮かんだのは家族の顔だった。
「ユイト。愛しているわ」
母さんの顔が浮かぶ、そして自分が生まれ育った町。檻に閉じ込められた場所。
「ユイト。俺は……」
『いいよ。父さん。仕方ないんだから』
父さんが泣いている顔。なんで泣いているんだっけ
『無能力者は出たらいけないんだから』
そうだ。俺は無能力者として生まれ、悪魔と呼ばれていた。殺されるべき俺を家族を匿ってくれていた。
でも、なら何故俺はここにいるんだ。
「ユイト様!しっかりしてください」
「……。大丈夫。思い出してた」
「まさかユイト様。記憶が」
周りの人は悲しそうにお互いを見つめあっている。そして、1人が息苦しそうに口を開いた。
「エスティア様のことは覚えていますか」
「……エスティア」
「貴方様の持ち物も見てください」
そう彼女は俺に手渡してきた。白い獣のキーホルダー。イルカ……
あ
『お揃い!してみたかったの!』
『可愛いって私だけに言って』
曖昧な輪郭が、声がはっきりしていく。
俺は……
『貴方だけの炎で殺してあげる。だから私のものになって』
「エスティア!!」
思い出した。俺は焼かれた町から救い出され、色んな町を見てあるいたんだ。
彼女は俺を愛していた。そして、俺もそれに応えようとしていた。俺はエスティアのために生きると誓ったんだ。
顔は見えないし、力が強くて、聞いてくれない時もあったけど俺も彼女を愛していた。
「エスティアはどこに!」
そう伝えると、彼女たちは意を決めたように扉をあけた。
「ご案内します。」
「……っ」
まだそこから今までの記憶が繋がらない。それでも、彼女に俺は会いたかった。会えばきっと思い出せるから。
「……」
だが、その希望はすぐに消えた。
俺はただ絶望するしかなかった。
エスティアは棺桶の中で眠っていた。
茨は消え、傷だらけの顔で。
「エスティア!!!」
俺が呼んでも反応しない。ただ安らかに笑顔で、俺を待っていたかのように。彼女は剣を抱きしめている。
「……っ!!」
剣……勇者の剣。ああ。俺はこの剣のせいで全てを失ったんだ。彼女も傷つけられたんだ。
「おい! エスティア!約束が……違う。俺は……まだ……死んでない。お前が殺してくれるんだろ……。」
彼女は顔色を変えず、ただ静かに眠っていた。
「……なんでそんなもの握ってるんだよ。」
彼女が握りしめていた剣をとった。もう役目を果たし終わり、剣も大人しく俺の記憶を掻き乱さなかった。剣には彼女の血がついていた。
「……」
エスティア。俺は……
お前は顔がどうやら、魔力がどうとか言っていたが。俺はそんなのどうでもよかった。
ただこんな俺を愛してくれたお前のために生きると決めていた。
「エスティア。俺も愛しているよ。」
愛情表現はよく知らないが、口を近づけるものなのは理解している。
彼女の冷たい唇に触れる。唇からは血が流れ、彼女が血を流しながら声を上げていたのがわかる。血は、脳裏にこびりつくような毒の味がした。
「……ありがとう、エスティア。」
俺は全てを思い出し、エスティアに別れを告げた。彼女とのお揃いを握りしめ部屋から出た。これから俺はどう生きていけばいいのだろう。
「ユイト様」
「……なに」
「セイヤ様から、あなたをこの町の王にしたいと言われています。無理にとはいいません。私たちは魔力による差別を受け、逃げてきた身です。セイヤ様は魔力で支配されない世界のため無能力者のあなたを選びました」
王?俺にそんな資格はない。
『ユイト。あなたならできるよ』
「……!」
どこかで声が聞こえた気がした。懐かしい声を。
エスティアが笑える世界。そして、彼女のように傷つくことがない世界。
そして、セイヤ達の願い。
「わかった。やってみる」
「本当ですか!」
――1年後
「セイヤ様の想いを受け、今日から王になるユイトだ。俺は魔力で支配されず、皆が傷つかない世界を創りたい。」
それがエスティアの願いでもある。いい国をつくってみせるよ。
無能力者として悪魔と言われていた俺は勇者という関係に巻き込まれ様々なものを失った。それでも、彼女たちから愛されたものを忘れることはない。
そして、今この世界から魔力の概念を覆してみせる。
それが俺の役割なのだから。
いつも目が覚めると茨が舞踊っている。眠い自分を起こすように殴ってくることもしばしば。
多分、あの血を飲んだ時に魔力が少し使えるようになったらしい。まだ彼女は俺の中で生きている。




