悪魔と呼ばれる男
「――力をあげるから、私を愛して。そしたら私は貴方に全てをあげる」
あの日、俺は初めて外を知った。
全てが壊れていく状況で、出会ったのは人間でも魔女でも悪魔でもない。そんな彼女とたった一つの契約をしたことが全ての始まりだった。
生まれながら、俺はずっと檻の中だった。
理由はただ一つ……魔力がないという理由だ。本来、人間は魔素を取り込み、魔力として体外で放つ。俺は当たり前の身体ではなかった。魔力がない人間は、生まれた瞬間に殺される。この村でも、悪魔と言われ恐れられていた。
だが、俺の家族は俺を殺すのでなく、隠していく事を決めた。いつか二人が死んで俺が一人になり餓死するのは目に見えている。だからこそ、無駄な事をせず最初から俺を殺して欲しかった。何年もここで住み、飢えという感覚が分かるくらいまで成長した俺は三日の間、いつものご飯を与えられず地を這っていた。
いつもは家族のどちらかがきてご飯を置く。そして、頭を撫でながら「ごめん」という日々。俺はエゴで生まれた存在だが、そんな親を完全に否定出来なかった。
俺は親に何も出来ない。ただ親を苦しめる存在でしかない。だから、もう死ねるならそれでいい。生まれ変わったら、普通の生活がしてみたいという望みがあった。
「敵襲!」
カンカンカン
この数日、同じような声と鐘の音が鳴り響いている。おそらく、家族はこれで死んだんだろう。きっとこの村は消える。そして、俺はここで死ぬ。簡単な事だ。
バキッ
「――!?」
そんな期待を裏切るように、寂れた檻がある日家の崩壊と共に壊れた。上の床が落ちてきて、檻の柱を変に曲げてしまったのだ。
「……」
家の地下にある檻は壊れ、炎が目の前まで現れていた。人間を祀るのに炎は必要なものと聞いている。俺は即座に立ち上がり目の前にある炎に手を伸ばした。
「―――っ」
初めて触ったが痛みとは違う。自分の抱く感情を消していく。炎というのは生身の人間を苦しめずに終わらせるというものと悟った。
炎は全身を巡り身体を埋め尽くす。死が目の前だと理解する。どうせ死ぬなら、最期くらい外に出ようと燃えた体のまま、階段を登り部屋を歩く。
足元には人影のような黒い物が二体転がっていた。ボヤけながら外を見に行くと、初めてみた世界は死で満ちていた。
「……」
美しい。俺はそう無意識に感じていた。目の前に揺らめく炎のように、自分の意識が揺らいでいくことも分かっている。十分、この生活も楽しんだ。もう思い残すことは無い。
俺は目をつぶった。
――ねぇ、君。助けてあげようか」
「……」
どこからか聞こえた声は俺に向けられたものらしい。
「必要ない。俺は死にたい」
――そっか」
炎が自分の身体を貪り尽くす。これが死か。このまま静かに眠らせてくれ。
――なら、私は……
「貴方がほしい」
その瞬間、村は炎をかき消し茨が舞い踊る。茨が自分にも向き炎を奪うように身体に巻きついた。
次に見たのは炎でも、茨でもない。奇妙な人影だ。
黒いドレスを身に包み、顔は茨の棘が巻き付き、茨は顔面をも突き刺し血を流していた。表情なんて分からない。
「その意識もあなたの身体も全部ほしい。」
その人影は俺を目掛けて歩いてくる。どうやら、こいつは俺を死なしてくれないようだ。
「ふざけるな。俺はここで死にたい。」
そういうと、それはゆっくりと息を吸う。
「なら……」
彼女が手を出すと、先程までみていた炎が手の上から巻上がる。
「――」
「私は力しかない。こうやって炎をだすことも、貴方を一瞬で灰にする事ができる。村を茨で巻くこともなんでも出来る。」
「なら、早くそれで殺してくれ。俺は生きるべきではない人間だ。見れば分かるだろ。」
そんな事を言っても彼女は引きさがる気もなく頷く様子もない。彼女は軽く息を吸うと、自分の顔の茨を解いた。
見せる顔は血だらけになった顔、はっきり見えるのは歪んだ片目だけだった。
「……っ」
「醜い私は愛をもらえなかった。「当たり前の」愛。人間はこう言うの、綺麗な容姿には「力もある。」でも、私に言うのは」
「「力しかない」」
「……」
「毎日毎日苦しいの。誰もいないことが。他にはあるのに、私にはいないという事実が。当たり前の愛がほしい。傍に私の存在価値を見出してくれる人がほしい」
なんとなく、彼女は苦しめられて生きてきたのではないかと感じた。
俺は生まれ変わって当たり前を望んだが、彼女はこの世界で当たり前を欲している。
すぐに彼女は顔を茨で覆い直すと、軽く指を鳴らす。
「……」
――町が消えた。
「力をあげるから、私を愛して。そしたら私は貴方に全てをあげる。私が満足したら、貴方だけの炎で貴方を殺す。」
ここで彼女が消えれば俺は飢えで死ぬだろう。もう彼女しか、俺をあの光で殺してくれない。あの作り方も、死に方も分からないんだから。
「……」
さっきまで理想の死があった。だから、このまま餓死するのは嫌だった。
力がない俺は俺を弔えない。あの光で死ぬには、彼女に従うしかない。最後くらい人間として死ねるならもうどうでもよかった。
「……分かった。」
そう言うと、彼女に巻き付いた口元の茨が動いた。
「でも、お前は俺でいいのか?俺は魔力がない。悪魔と言われる人間だ。外に出られず、忌み嫌われ、殺されるべき存在だ」
「……だから、貴方が欲しいの。」
何を言っているんだろうこの人は。
馬鹿げているにも程がある。俺みたいなやつを欲しがるなんて。
「貴方は私を愛するだけでいい。外にだって連れていってあげる。害を与える人間は私が皆殺してあげる。全部願いを叶えてあげる。」
そういうと、彼女は腕を広げた。
「じゃあ、まずは抱きしめて」
「なんで?」
「お願い」
仕方なく俺は彼女を抱きしめると、彼女は嬉しそうに腕を強くしめる。
「これ……これ! 私がずっと、欲しかったもの!」
「……」
彼女は何を考えているのか分からない。ただ、彼女の理想に俺が使われているということは何となくわかる。
死ぬはずだった俺はこの状況に脱帽しただ言うことを従うことにした。
もうどうでもいい。
お前が満足するまで俺を使いきればいい。そうすれば殺してくれる。
「これが……人の暖かさなのね。初めて触った」
「そうか。」
忌み子らしく、需要ある人間に使われる。これが迷惑をかけない生き方なのかもしれない。
「私はエスティア。貴方の名前は?」
「ユイト。」
「そう。ユイト。愛しているわ。」
そんな簡単に、人を愛していいものなのだろうか。
まあ、俺はこの人以外に愛される事はないだろう。親すら俺を愛してくれたのか分からないし。
「ねぇ、これからどうしたい?」
彼女は満足したように抱きつくのをやめた。死にたかったやつに先なんてあるわけ……いや。この飢えをどうにかしなければいけない。
「お腹すいた」
「いいよ。沢山食べさせてあげる。」
エスティアは俺の手を掴み歩き出した。