女も敵
心身に不調をきたしてしまシタ。申し訳ございまセン……。
《《逃げる!》》
『逃げるなぁ!』
オリオンが動き出した途端に逃げ出したソドムとゴモラに、ユダが怒りの声を上げる。たくあんなら絶対に逃げたりしないのにね。
当然、オリオンの矛先はユダに向かう。
『コワァアアアアヴォッ!』
『蠍の癖に糸を出すなよ!?』
オリオンが尻尾の口から蜘蛛のような糸を吐いてきたので、ユダは慌てて避けた。糸を武器にする鋏角類は本来なら蜘蛛だけだが、冥府では勝手が違うようだ。ただし、本職の蜘蛛と違って粘着性はあまりないらしく、発射の勢いで壁にめり込んでいるだけなのだが、その後融解して一体化している為、アルカリ性を極限まで高めた猛毒によって疑似的な粘着糸として運用している物と思われる(糸の構造もガムに近いのか、かなりベタベタしている)。
まぁ、だから何だという話だけれど。敵がバ〇ジーガムが使えると分かっても、対処出来るとは言っていない。
『クァコァッ! クキャアアッ!』
『鋏角種みたいな動きをするな!』
その上、強い伸縮性を利用して巨体を立体軌道で動かし、四方八方から高速で攻撃を仕掛けてくるのだから、始末に悪かった。風雲、矢の如し。弩弓砲を引くように飛び交い、光矢よりも辻斬りをかます。その様は、夜空を射る流星である。
『このっ……!』
ユダも何とか避けてはいるが、素早い上に攻撃全てに腐食作用がある為、少しずつ追い詰められていた。下手に火を噴けば、糸に引火して大爆発し兼ねないのも、攻めあぐねている理由だろう。
《《えいやっ!》》
『ギィェアッ!?』
だが、このままではマズいと思った矢先、糸にツタが絡まってオリオンが墜落した。
《ン~、40点♠!》《忙しいだけの攻撃なんて簡単に見切れるんですよ!》
渦中に居ると分からないが、俯瞰してしまえば軌道の予測は容易い。むろん、囮が居て初めて成立する寸法なので、自慢気に言う事ではないのだが。39点♣
《《糸に巻かれて死ぬんだよぉ!》》
『コカァアアッ!』
さらに、周りの糸にも蔦を巻き、一点集中して引っ張る事により、オリオンを文字通り雁字搦めにしてしまう。
『【地獄の烈火炎】!』
『メロペェエエエエッ!』
あとはユダの獄炎で焼き払うだけの簡単なお仕事だ。勇ましく出てきた割に呆気無い最期である。
『……礼は言わないわよ』
《別に要りませんよ~だ》《勝手に助かっただけですしね~》
『………………』
全力で自分たちの行為を棚に上げるソドムとゴモラを見て、“ああ、やっぱり義姉かたくあんと組んだ方が良かったなぁ”と思う、ユダなのであった。
◆◆◆◆◆◆
第四階層「貪欲」。他人の物が欲しくて欲しくて堪らない、強欲者が堕とされる地獄だ。その為か、今までを遥かに超える豪華絢爛な景色が広がっており、黄金の幹と宝石の実が成るサンゴ礁のような大地が形成されている。宙を泳ぐスカイフィッシュもキラキラと輝き、大変目に良ろしくない。
「これは俺のだぁ!」
「いいや、私のよ!」
「金、金、金よぉ!」
「物売るってレベルじゃねぇぞぉ!」
そして、そこかしこに蔓延る、物欲に塗れたケダモノたち。「貪食」の豚共も大概だったが、こちらは輪を掛けて狂っていた。目を血走らせ、汚液を撒き散らし、爪が剥がれ指も折れようとも財宝を独り占めしようとする様は、実に浅ましかった。
「きったなっ!」
「……もう少し言葉を選ぼうよ?」
「やーなこった、パーンナコッタ」
「うーん……」
もちろん、サイカは遠慮も容赦も無い。見たままの感想をストレートに吐き捨てる。クロも明言こそしていないが、同じような気持ちであろう。
「これ、見てる方も地獄だよなー」
「精神衛生上は良くないだろうね」
《ププリ~ン……》
汚い物は汚い、はっきり分かんだね。良い子は見ちゃ駄目よん。
「とりあえず、邪魔だから除け」
「ギャビス!?」「ぶげらっぱ!?」
サイカは目障りだとばかりに汚物を消毒した。というか、魔法剣で膾切りにした。何て酷いヤロウだ。
――――――フワサァアアアァ……!
と、何処からともなく、煌めく粉塵が吹き込み、金の亡者たちへ纏わり付く。
「「「……ヴォオオオオオオオオ!」」」
「何だぁ!?」「うわぉ!?」《プッチン!?》
すると、先程までとは別の意味で目がガン決まり、猿の如く四肢を使って高速移動し、サイカたちへ襲い掛かった。多くのモンキー共は魔法剣の錆びにもなれなかったが、一部の者は攻撃を掻い潜ってガッツリと組み付く。
「「「オッシャアアアアアアアア!」」」
「ベホマ!?」「何々!?」《エディバリ~》
さらに、汚い花火となって弾け飛んだ。クロの方はスプリガンが咄嗟に膜となって防護出来たが、サイカは真面に食らってしまい、地面とキスする破目となった。
(爆発性の高い粒子物質……いや、「鱗粉」か!?)
しかし、爆発までの僅かなタイムラグのおかげで薄い魔法障壁を生成していた為、ダメージはそこまで通っておらず、逆に粉塵の性質を見定める事に成功する。サイカの強化された網膜には、蝶の鱗粉に似た極小の物体がしっかりと焼き付いていた。
『サイケケケケケケッ!』
そして、仕留め損なったと判断した鱗粉の散布主が、大地を引き裂き現れる。
「「気持ち悪っ!」」
それは、まさに“奇怪”と言うべき不気味な姿だった。
美女を象った毒々しい芋虫の身体、その股間から竜と百足を融合させた首がズルリと生えており、更には節足や突起物が蝶の翅に置き換わっている。全身の至る所に穀物のような黄金の産毛を生やしているが、美しさなどまるで感じさせず、むしろ気味の悪さを助長していた。
「「プシュケー」!」
「「プシュケー」? これがぁ~?」
その正体は、愛の守護女神「プシュケー」。これでも神話上は“絶世の美神「アプロディーテ」に匹敵する美貌の持ち主”である。嘘を吐くな。
◆『分類及び種族名称:爆鱗超獣=プシュケー』
◆『弱点:首』
◆プシュケー
ギリシャ神話における「愛の守護女神」にして、元は「愛と心」という短編作品の主人公。生まれ付き“絶世の美神「アプロディーテ」に匹敵する美貌の持ち主”と言われており、その風評が原因で当のアプロディーテの怒りを買い、彼女から依頼を受けた恋愛と性欲を司る神「エロス」によって“誰からも愛されず孤独死する”呪いを掛けられそうになるが、プシュケーは何と持ち前の美貌で危機を回避、逆にエロスをメロメロにしてしまった(原因はエロスのポカミス)。その後も神罰と言う名のアプロディーテの嫌がらせを受け続けるも、エロスの援護なども合わさり無事に乗り越え、最終的には神へと昇華した。つまり元はただの綺麗なお姉さんである。
正体は奇怪な姿をした百足。複数の同種同士で食い合い、一体化する事で初めて成体となる。蝶の翅に見える物はあくまで節足が変化した物であり、鱗粉も形だけが似た別物。この鱗粉は爆発性に加えて麻薬のような効果もあり、吸引した者は″プシュケーを絶世の美女と勘違いして暴走する迷惑オタク”と化す。




