木の中のお家
尻尾は蠍~♪
道無き道の先、地面の全てが淀んだ沼になっている湿地帯。移動に伴って植生が変わり、硬葉樹林に替わってシダ植物の樹林がパノラマを築いている。雰囲気としては石炭紀の森に近い。ピグミーたちが太古の環境を整えているのだろう。
『ピンピング~ミン♪』『ピッピピグミ~♪』
そんな古代の森に、ピグミーたちの棲み処がある。幹をくり抜いた家々が、蔦を網合わせた橋で繋がっている、非常に簡素な物だ。尤も、ピグミーたちは見ての通り小型の種族なので、そこまで大規模な建造物は必要無いのだが。
ただし、人間が収まるようなスペースが全く無いかと言えばそうではなく、実は一ヶ所だけ広い部屋がある。
「……貯蔵庫だよね、これ?」
『贅沢は言えないでしょうよ』
その名を“貯蔵庫”というのだけれど。言うまでもなく、住民を長期間養っていく為の共同スペースである。背後には大量の食糧が山積みだった。
「ピグミーって肉も食べるんだな……」
『あくまで小人だから、普通に雑食だよ。草食の方が強いみたいだけど』
ラインナップを見る限り、ピグミーは草食が強い雑食性の生き物らしい。祖先に当たる「ピュグマイオイ」はもっと凶暴で肉食が強かったようだが、生存競争で勝ち残る為に趣向を変えたのであろう。その方がスプリガンに守って貰い易いというメリットもある。
……丁度、中に人間の子供が詰め込まれていそうな大きさのズタ袋もあるが、気にしたら負けかもしれない。シュレティンガーの猫みたいなものだ。
余談だが、ピグミーたちの本体は地衣類で、他生物の死体に寄生、乗っ取る事で増殖する種族である。「ピクシー」や「ムリアン」など、小人系統の妖精は笑顔の裏にロクでもない事を企んでいるものなので、近寄らないのが一番だろう。
『ピグピグ~♪』『ピギ~♪』『プギャ~♪』
と、何人かのピグミーたちが、食事を運んできてくれた。ご丁寧に人間サイズで調理されている。メニューはナニカのステーキ、小さ目の果物類、それから馬鹿デカい剥き海老だ。
『ぬぬぅ~ん? ……えびえびっ!』
匂いに釣られたたくあんが飛び起きて、剥き海老に食い付いた。何度も何度も噛み締めて、ゴックンと嚥下する。流石は大好物、食い付き具合が違った。あっと言う間も無く、たくあんの腹に収まる。見ていて実に気持ちの良い食べ方である。
『ごちそうさま~♪ ありがとにぇ~♪』
『ピグピグ~♪』『ピッピダッピィ~♪』
たくあんの謝礼に、ピグミーたちが手を叩いて喜ぶ。可愛いなぁ……そう、見た目だけは。
『ピピピグ~♪』
「あ、どうも……うん、美味しい♪」
『ガッツ、ガツガッツ!』
ポダルとラゴスもご相伴に与る。高級料理のような上品さは無いものの、野性味に溢れた食い応えのある料理だった。味付けも塩だけだが、そこがまた良い。素材の味を活かせている。
「ふぁ……」
『眠い……』
『ぬ~ん?』
こうして、三人揃ってお腹いっぱいになり、まだ寝ていないポダルとラゴスは睡魔に襲われ、舟を漕いだ末にコテンと落ちた。たくあんは近くの布地を二人に被せ、ピグミーとの対話を試みる。言葉は魔法で翻訳すれば問題無かろう。
『ねぇねぇ、このもりをぬけるには、どこをとおったらいい~?』
《凄い! 言葉が分かるんですね!》
《流石は魔法使い様!》
会話が成立した。本物の魔法使いが涙目である。
《とりあえず、陸路は危険過ぎますね。最近あのキマイラが産卵しまくったせいで、そこら中ミルメコレオだらけなんですよ》
《一応、我々の通り道なら安全ですが、サイズ的にねぇ……》
『ぬぬぬ~』
ある程度予想はしていたが、やはり森の中は蟻地獄でいっぱいらしい。浮遊魔法もそこまで長くは持たないので、別の方法を考える必要がある。
『……そうなると、そらをとんでいくしかないかな?』
そう、空路だ。高度さえ稼げば、ミルメコレオの磁力光線の照射範囲から外れる事も出来る。
『でも、ぼくもまだこうこうどをとべるまほうはかいどくしていないし――――――』
《なら、我々の“艦隊”をお貸ししましょう!》
『えっ、いまかんたいっていった?』
《ハイ、我らピグミーが誇る戦列艦隊ですっ!》
『えぇ~……』
ピグミーは案外と近代的(?)だった。これは驚きである。
だが、渡りに船とはこの事。遠慮無く利用させて貰おう。厚意は素直に受け取る方が、お互いの今後の為になる。
《今晩はここで休んで、出発は明朝にしましょう。たくあんさんも、何だかんだでまだ回復し切っていないでしょ?》
『ぬ~ん』
確かにその通りだ。摂った栄養を消化しなければ、力にはならない。
『それじゃあ、もうひとねむりさせてもらうよぉ~♪』
《ハイ、お休みなさいませ!》
《明日の朝、またお会いしましょう!》
そして、たくあんは体を休める為、再び深い眠りに着いた。
《……いやぁ、魔法使いとは思えないくらいに純粋なお方ですね~》
《油断と隙しかない。襲ってくれと言っているような物ですよ~?》
その瞬間、ピグミーたちの顔に陰が差す。彼らは野菜や果物を育てる農耕民族ではなく、お肉も食べる立派な狩猟民族。スプリガンでも敵わなかったキマイラを排除してくれた事は感謝しているが、それとこれは話が別である。
《まぁ、取って食ったりはしませんよ~♪》
《ちょっと身包みと貴重品を頂くだけです。食事代って奴ですねぇ~♪》
マスコットがしてはいけない笑みを浮かべながら、ピグミーたちが手を伸ばす。
――――――ビシュゥウウウウウッ!
『『ピグミッ!?』』
しかし、彼らの行く手を、光の刃が遮った。眠っていた筈のポダルが魔法剣を起動したのだ。
「……恩ってのは押し売る物じゃない。そうだよな?」
『『………………!』』
これ以上の言葉は不要だろう。色々な意味で。
『『ピグミ~ン!』』
「まったく、原住民ってのは、どいつもこいつも油断ならんな……寝よ」
慌てて逃げ出すコソ泥たちを見送り、ポダルは再び目を瞑った。彼女は脳を半分ずつ眠らせる事が可能である。つまり、次は無いという事だ。
◆スプリガン
醜くも義理堅い、任侠みたいな小人系の妖精。主にイングランドに棲息しており、自分の縄張りを荒らす者は人間だろうと魔物だろうと容赦無く排除する。巨大化したり嵐を巻き起こしたりと、意外と芸達者な種族。元々は哀しき妖精「ムリアン」の護衛を生業としていたが、現在は範囲を広げて様々な妖精に対するSP稼業を営んでいる。
正体は動く粘菌生物。ピグミーと同じような過程を経て誕生するが、変形の自由度や戦闘能力はこちらの方が遥かに上。姿が醜くなりがちなのは、野晒の腐乱死体に発生し易いから。