獅子身中の虫
『くっ、この……!』
身体中に纏わり付いた虫けらを取り除こうと、悪戦苦闘するユダ。払っても潰しても燃やしても、次から次へと寄り集まって来る為、どうする事も出来ない。このままでは全身を貪り尽くされるのも時間の問題だろう。
『ガヴォッ! ガヴォッ! グヴォァッ!』
その間もアケローンが情け容赦無く火球攻撃を仕掛けて来るので、集中する暇さえなかった。これらの蟲はアケローンが産み出した、言うなれば“アケローン幼生”なのだが、莫大なエネルギーを持つ故に無尽蔵で生産出来る為か、本当に遠慮無く殺ってくる。替えの利く肉壁くらいにしか思っていないようである。
『クソッ!』
これはマズいと判断したか、ユダが巨大化を解除して、僅かに出来た隙間から脱出する。
『キェアアアッ!』『ギキィィッ!』『クギャアアッ!』『キィキィィ!』『クシャヴォッ!』『クワァアアッ!』『カァッ!』『グクギキキッ!』『シャォォォッ!』『ウクァアアッ!』『ケキャアアッ!』『ミキキキッ!』『カカァッ!』『ウカァッ!』『ヴォン!』『ウアァキャッ!』『ギケァアアアッ!』『フシャアアアッ!』『フクァッ!』『シャガァッ!』『クカァッ!』
むろん、アケローン幼生たちは追撃する。まるで鰯の群が如く、無数で一つの生命体として襲い掛かってきた。
『ぬんぬ~ん!』
『……助かった』
と、カロンを始末して手隙になったたくあんが駆け付けて、日本昔ば○しよろしくユダを騎乗させ、泳ぐように逃げ回る。
ただ、このまま逃げ惑うだけでは、事態の解決は図れない。
『後はお願い、お姉ちゃん……』
全てはアケローンの体内に突入した、サイカ次第だ。
◆◆◆◆◆◆
「まるで迷路だな!」
オプションを伴い、サイカが進む。アケローンの体内には、幾つもの気嚢が連結した呼吸器官と、取り込んだ空気と体液を反応させた上で外に吐き捨てる為の排出器官が張り巡らされており、入り組んだ迷路そのものである。
だが、それらを繋ぐ炉心は一つしかない。強力なエネルギー反応があれば、それこそがゴール地点だ。
まぁ、炉心を破壊すれば壮絶な大爆発が待っているので、その前に脱出しなければならないのだが……。
『ヴヴゥゥゥ!』『ヴォォアアアア!』『フヴォォオオ!』
「ちっ、追手か!」
すると、背後から獣の唸り声のような風切り音を立てて、複数体のアケローン幼生が現れた。親のピンチに体外から駆け付けたのであろう。
しかし、今更引き返す事など出来ないし、やる事は一つしかない。このまま奥の奥まで突き進め!
「しっかり付いて来やがれ!」
『カァアアアアアアアアッ!』
通常の生物であればとっくに蒸発する程の熱と凄まじい乱気流が踊り狂う迷路の中で、サイカとアケローン幼生による超高速のリアル鬼ごっこが繰り広げられる。アケローン幼生が敵を撃ち落とそうと口から火球を放てば、サイカは喰らうまいと回避しながらオプションで反撃する。お互いに牽制程度にしかなっていないものの、相手の飛行ルートを絞る事で次の反撃に繋げ、更には壁面や仲間同士での接触事故を誘発するという意味では効果的であり、現に数の多いアケローン幼生は何匹かが脱落した。むろん、サイカも無傷ではなく、オプションも何機か撃墜されたが、収穫の方が多いと言えるだろう。
「【妖精の風】!」
さらに、オプションに誘引効果のあるチャフをばら撒かせ、それらを囮にしてサイカが一気に突き放す。二匹だけ騙されずに付いて来たが、この程度ならば無視しても問題あるまい。最優先事項はアケローン本体の炉心の破壊である。
――――――ドクン……ドクン……ドクン……!
「……見付けた! 【極光閃】!」
そして、進み続けた先で脈動する炉心を、躊躇いなくビームするサイカ。青白い光の津波が巻き起こり、次いでもやっとボ○ルに似た小さな太陽が形成され、物凄い勢いで肥大化していく。
さて、問題はここからだ。全てが吹き飛ぶ前に脱出しなければ、こちらまでお陀仏である。
「行ったらぁあああああっ!」
死の熱波を背後に、サイカは出口を目指す。魔法によるバリアにも限界はあるので、呑み込まれてしまえば命は無い。
ハハハハハ、走れ走れ、迷路の出口に向かってよぉ!
『キシャアッ!』
「このっ……!」
だが、こうなれば道連れだとばかりに、アケローン幼生の一匹が火球で攻撃を仕掛けてきた(もう一匹は既に消滅している)。サイカも回避している余裕は無く、バリアの維持と推進力に魔力を割かれている為、完全にされるがままだ。このままバリアを削られれば、本当に道連れにされる。
「サービスだ、この野郎!」
魔法での反撃を封じられたサイカの取った行動は――――――裸になる事だった。着ていた服を破り捨てて、真後ろに放って目隠しにしたのだ。もちろん一瞬で燃え上がって灰になるが、結果は同じである。
『ギッ!?』
あまりにも突飛な行動に居を突かれたアケローン幼生は一瞬だけ怯み、それが命取りとなって光に還元される。
「キャッホォオオオイ!」
『ガァグヴゥガァアッ!?』
その隙にサイカは体内からの脱出に成功し、直後にアケローンは木っ端微塵の巨大な花火となった。
◆デュラハン
アイルランドやスコットランドに伝わる、所謂「首無し騎士」の妖精で、自らの首を脇に抱え、冥馬「コシュタ・バワー」に跨り、耳障りな金属音を鳴らしながら現れるとされる。彼(もしくは彼女)に「宣告」された人間は、近い将来に必ず死ぬという。
ユーダス・カスパールは刑天とデュラハンの合いの子である為、両者の良い所取りをしたような性能を持っている。




