地獄の門番
ワンワン♪
『ガヴッ! バウッ!』
先ずはオルトロスの先制攻撃。二つの顎で噛み付いてくる。挙動が着ぐるみを被っただけの機械のようであり、やはり側だけ似せている鋏である事が分かる。
『ギャヴォォン! ガォオオン!』
『のびたく~ん!』
「何故ドラ○もん?」
しかし、首がクレーンの如く伸びてくるのは予想外であった。どうやら、普段は折り畳まれているだけで、本来はこの長さらしい。ウデムシかよ。
短い時と長い時、合計四連撃がたくあんたちを襲う。流石に最初の二連撃は避けられたが、残る伸長攻撃までは無理だった。左フックで引っ掛けられ、右アッパーを食らい、たくあんが吹き飛ぶ。幸い切れ味は強くなかったようで、単純に殴り飛ばされた形になる。
「【火炎弾】!」
すると、ヘイトを買わずに済んだサイカが、火炎弾で魔法攻撃を仕掛けた。毛が生えているなら燃えるだろう、という考えだ。
『バヴッ!』
だが、オルトロスは冷静(もしくは機械的)に尻尾の刃で防御。この尾刃、かなり耐熱性が高いようで、小さな太陽と見紛う程の大火球をいとも簡単に受け止め、吸収してしまった。熱の籠った白刃が異様に輝く。
『ギャヴォッ!』
さらに、オルトロスは尻尾による攻撃に切り替え、熱々の凶刃を振るい出す。自ら発光するレベルの刃は結晶の木々を膾切りにし、地盤すら溶岩に変える。その上、攻撃の度にこびり付いた煤を、月○天衝の如く飛び道具に使う。意外とやる。
『ガヴゥゥゥ……ッ!』
そして、尾刃を自らの双頭でガッチリ咥え、ガリガリガリと力を溜めてから数瞬後に解放、衝撃波を伴う一文字斬りを繰り出した。今までの攻撃も中々に重たかったが、今回のは溜め込んだ分だけ瞬発力があり、射程外に居たたくあんですら再度吹っ飛ばされてしまった。こんな物を食らったサイカは、
「うぬぬぬぬっ!」
『うそぉ~ん……』
何と白刃取りして、一緒に振り回されていた。見切るのも凄いが、そもそも掴み続けられるのが凄い。どういう筋力をしているのであろう。化け物過ぎる。魔法(物理)。
「オラァッ!」
『キャィン!?』
しかも、そのまま力尽くでへし折ってしまった。幾ら熱で軟化しているとは言え、白熱化した刃を素手で折るとか、どんな筋力をry
「今だっ!」
『ぬぬーん!』
『ギィァッ!』
さらに、折った勢いで投げ飛ばし、その隙にたくあんが口から超高圧の水流をブレスとして撃ち出し、オルトロスの左半身を切り飛ばした。こうなっては最早、身動き一つ取れまい。
『グヴォオッ!』
『ギャッ……!』
「『なっ!?』」
しかし、いよいよ以て留めを刺そうとした瞬間、何処からともなく横槍がカッ飛んで来た。瀕死だった事を加味しても、硬い甲殻と毛皮という二重の鎧を纏ったオルトロスの肉体を、一瞬でバラバラに噛み砕いてしまうとは、とんでもない顎の力だ。
『ヴァォオオオオン!』
と、オルトロスを仕留めた怪物が、狼のような唸り声を上げる。
その姿は、赤光迸る漆黒の鎧を身に纏った狼を思わせ、両肩に巨大で硬質な翼をアーマーの如く備えている。翼の先端には上下に開く鉤爪が三対存在し、まるで頭がもう二つ――――――計三つあるように見えた。
「地獄の番犬……「ケルベロス」!」
そう、それは地獄の番犬を務める魔狼「ケルベロス」。テュポーンとエキドナの間に生まれた魔獣の一体で、地獄の亡者を監視する役割を持つ。オルトロスの兄とも言われているが、現状を鑑みるに仲間意識は無いに等しいようである。
◆『分類及び種族名称:獄狼超獣=ケルベロス』
◆『弱点:頭部』
『グルヴゥン!』
「疾っ!?」『う~わ~!』
そして、堅牢な見た目に反して疾風の如き素早さで迫り、たくあんたちに襲い掛かる。瞳の残光が線を描く程の鋭い噛み付き、風圧すら生み出すテールスイング、肩の重厚さを活かしたタックルと、荒々しいながらも精錬された連続攻撃の数々が繰り出される。
『フゥゥ……ァォオオオオン! ヴァァォオオオン!』
さらに、それらを躱されたとみるや否や、ケルベロスは何故か動きを止め、遠吠えを上げながら青白い光を集め始めた。
すると、周囲から無数の青白い光が現れ、雄叫びに呼応するかの如くケルベロスへ集結していく。
『なにこれぇ?』
「……人魂だ!」
それらの正体は人魂――――――、
『いや、むしっぽいけど?』
《《蛍ですよ、きっと!》》
――――――ではなく、奇怪な形状の蛍だった。蛍の癖に脚や触角が異常に長く、おまけに牙がある。蛍に見えるだけで、別種の蟲怪かもしれない。というか避難は終わったのかな、君たちは?
そんな事よりも問題なのは、それらが集まれば集まる程にケルベロスの姿が変化している事だ。漆黒は白銀に、赤光は青電へ色付き、輝きを増していく。両肩の翼が展開され、腕とも首とも取れる形状となり、最早三つ首の魔竜にも見えるシルエットとなる。
『……グルヴォオオオオオオオオン!』
そして、一際大きな声で吠えると同時に地獄の稲妻が周囲に迸り、形態変化が完了した。白銀のボディと青く輝く瞳は、魔獣とは思えない神々しさも併せ持っている。これが彼の戦闘形態なのだろう。
『ヴォオオオッ!』
と、早速ケルベロスが再度襲い掛かってきた。
変化前は噛み付きやタックルと言った野獣的な攻撃が主体だったが、今は重心の変化によって疑似的な二足歩行を可能としており、前足や背中の翼を使った斬撃と打撃がメインとなっている。
特に体重を乗せた「お手付き」の威力は凄まじく、一撃で岩盤を砕いてしまう程である。しかも一撃毎に地獄の稲妻が迸る為、意外と効果範囲が広く、避けるのが困難な攻撃となっている。
『ぬる~んっ♪』
「便利な身体!」
『グルル……!』
だが、たくあんは長い身体をくねらせ、捕食者特有の瞬発力を活かしつつ、ぬる~んぬる~んと躱し続け、その度にケルベロスのフラストレーションが溜まっていく。
『ぬぬぬ~ん!』
『ギャヴォッ!?』
その上、たくあんが∞を描きながら横殴りの二連竜巻で反撃してきた為、その怒りは頂点に達した。遺伝子にヘラへの恨みつらみが刻まれているのかもしれない。
しかし、こうもやられっぱなしでは、地獄の番犬の名が廃る。今こそ一気呵成の攻め時だ。
『ヴァォッ! ヴァォォン! ギャヴォグルァォッ! ……グルヴァォオッ!』
ケルベロスの腕翼によるお手付き、おかわりと来て、前足の二連撃からの、魔力を帯びた飛ぶ斬撃によるXXアタック、
『ヴァォアアアアッ!』
――――――ドギャルヴァアアアアアアアアアアアアッ!
さらに、三つ首のエネルギーを一点集中した、極太の究極閃光線が炸裂する。
『ぬーん!』
たくあんと言えど、この連続攻撃は流石に躱し切れず、呆気無く吹っ飛ばされた。咄嗟にバリアを張ったものの、貫通ダメージだけでも充分な威力だ。思わずきゅ~っと目を回し、その隙にケルベロスが更なる追撃を仕掛けてくる。
「【天界蹂躙拳】!」
『ギャヴォッ!?』
だが、たくあんがケルベロスの毒牙に掛かる前にサイカが割り込み、神の拳を横面に叩き込む。近くでダイナマイトが爆発したかのような轟音と衝撃波が巻き起こり、ケルベロスが翻筋斗を打って転げ回る。
《この野郎!》《蔦に巻かれて死ぬんだよぉ!》
しかも、ソドムとゴモラが蔦で絡め取った事により、完全に動きを封じられてしまった。こうなってしまっては、まな板の上の鯉も同然。煮るなり焼くなり好きにしてしまえばいい。
『……ぅぅ~、ぬ~んッ!』
『グォォ……ォォ……ッ!』
そして、気絶から復帰したたくあんが口から破壊光線を放ち、ケルベロスを粉砕した。
『ふぅ、なんとかなったね~』
「そいつはどうかねぇ?」
しかし、サイカはまだ終わっていないと言う。
「ケルベロスは地獄の番犬。奴が吠え散らかした以上、次々と敵が襲って来るだろうさ」
『そんなぁ~』
たくあんたちの冥界下りは始まったばかり……。
◆ケルベロス
「地獄の門番」とも呼ばれる、三つ首の魔狼。その名は「底無しの洞の霊」を意味し、死者が辿る道筋を体現していると言われている。彼もまたテュポーンとエキドナの生み出した魔物なのだが、何処ぞの弟分と違って様々な能力を持っており、何なら人語を完全に理解出来る知能もある。同じ親から生まれたのに、何故こうも違うのか。
正体はモンシデムシ。元々亜社会性を持つ虫であったが、巨大化に伴い死肉食から捕食に切り替え、下手なプレデターよりも凶暴になった。生態としては雄が獲物を捕らえ、雌が子供の世話をして育てる。
ちなみに、纏わり付く蟲は蛍ではなく、ジョウカイボンの魔物。単体での戦闘能力は殆ど無いが、体液に強壮効果があり、ケルベロスに集団で力を貸す代わりにお零れを貰うという共生関係を築いている。




