地下迷宮
落ちちゃったねぇ~♪
遺跡群の遥か下、奈落の底。
『……ぬぅ~ん?』
たくあんがぬ~んと目を覚ました。暗過ぎて全く視覚が利かないので、生来持ち合わせている触覚と魔法によるエコーロケーションによって構造を把握する。
『プリ~ン……』
すると、直ぐ足元からスプリガンの声が。プリンプリンな何時もの姿だ。
『ぶじだったんだ~♪』
無事と言うか、彼を下敷きにしただけのなのだが、それは置いておいて。
『ここどこだろ?』
『プリォ~ン……』
『みんなとはぐれちゃったねぇ~』
それが問題だった。光が全く届かない事から考えて、かなり深くに落ちた物と思われる。戻るのは容易では無かろう。
それにしても、遺跡の地下にこんな大空洞があるとは……。
と、その時。
――――――ガサササササッ!
暗闇の中でナニカが動いた。それも一匹や二匹ではない。無数に居る。
『プリン!』『ぬにゅっ!?』
瞬間、スプリガンがたくあんを包み込み、壁の一部に擬態した。その直後、たくあんたちが居た場所をナニカが通り過ぎていく。その様子を、たくあんは透視魔法で窺っていた。
(にんげん?)
やって来たナニカ……それは、人間によく似た生物だった。
もちろん、この暗黒世界で目視に頼らずサクサクと進んでいる以上、普通の人間ではない。何らかの亜人種だろう。頭頂部に触角らしき物が生えているようだが、果たして……?
(ひとまずやりすごそうか~)
(プリンプリン)
ともかく、今動いてもどうにもならない為、たくあんたちはそのまま遣り過ごす事にした。優先すべきは、この大空洞からの脱出である。正体不明の輩と切った張ったしても仕方ない。
そして、その慎重さが今回は功を奏した形となる。
◆◆◆◆◆◆
たくあんたちの落ちた場所とは別の場所、入り組んだ洞窟群の一角。
『【θεραπεία】』
『……ありがとうね、ラゴスちゃん』
ラゴスが覚えたての魔法でクリスの治療を行っていた。この闇の中で心細い事この上ないが、治療を受けられるというだけでも有難い。それに光魔法で僅かにだが照明もある為、暗黒に閉ざされているより幾分かはマシだ。仮に何かに襲われたとしても、ハティのくれた武具がある。ある程度は何とかなるだろう。
『それにしても、ラゴスちゃんも結構魔法が使えるんだね』
『勉強しましたからね。たくあんに頼り切ってばかりでは駄目だと思って』
『なるほど……偉い偉い♪』
『にゃふ~ん♪』
恰好を付けて見ても、子猫はやっぱり子猫だった。可愛い。
『しっかし、プロティス平原の地下に、こんな空間があるだなんてねぇ……』
ラゴスを撫で回しながら、クリスがポツリと呟く。光が届く範囲でも充分に広い洞窟が、四方八方へ拡がっている。
『クリスさんも知らなかったんですか?』
『……長生きしていると言っても、妖精じゃ短い方よ』
『あ、ごめんなさい』
女性に年を聞くのはバッド・コミュニケーション♪
『あははは、嘘ウソ♪ でも、知らないのは本当。この辺りはワタシが生まれる前から滅んでるし、誰かが開発している話も聞かないわ。おそらく、野良の魔物が掘り進んだのかも』
『そうだとすると、かなりデカいか、数が多いのかもしれませんね』
『そうね……』
ラゴスの意見にクリスが頷く。この洞窟が自然の物ではないとしたら、創造者はそれを実行するだけの力を持っている事になる。考え得るパターンは、巨大な個か無数の群体か。どちらも有り得そうだが、話題にすら上っていない事を鑑みると、後者の可能性が高いだろう。
『そうなると、あまり長居はしない方が良いかもね』
『確かに』
そう言って、クリスとラゴスがチラリと近くを見遣る。そこには偶発的に下敷きにしたアラクネの死体が転がっていた。へしゃげた身体からはドロドロとした体液が溢れ出て、暗闇の奥へと流れ伝っている。
このままでは臭いに釣られたナニカが現れるかもしれない……と思った、その時。
――――――カホホホホホホッ!
闇黒世界に、ナニカの呼び声が響いた。
さらに、ワラワラと集まって来る音。これは、
『逃げるわよ!』
『ひゃあああ!』
逃げるんだよぉ~ん!
◆リンボ
「辺獄」とも訳される、天国でも地獄でもない場所。“天国へ至る為に聖なる炎で身を清める場所”である「煉獄」と違い、“洗礼を受けていない者が堕ちる恐ろしい場所”とされている。日本で言う「賽の河原」の役割を兼ねており、生まれて間もない子供などが居る事もある。
むろん、これらの設定はキリスト教のカトリックにおける事柄なので、ギリシャ神話とは一切関係ない。




