魔法使い、たくあん
え~びえび~♪
『ぬ~ん、がんばらないと~!』
追い詰められたたくあんは、必死になって解読しようとした。さもなくば、明日は我が身が刺し身である。
しかし、一体何から手を付ければ良いのだろう。
(いや、はんにんさんはいってた! ほんにはもくじがあって、だいたいはいちばんさいしょのぺーじにかかれてるって!)
前のご主人が言っていた事を思い出しつつ、少しずつ糸口を探るたくあん。幸い目次らしき物はあった。問題は、ここからどうするかだ。全く見た事の無い文字の発音を解読するのは不可能に近い。せめて何かしらの反応があれば分かるのだが……。
(ともかく、いまはてきとうによんでみよう!)
何れにしても、試してみなければ始まらないだろう。かの有名な発明家も「天才とは一パーセントの閃きと九十九パーセントの努力である」と言っていた。その人、思い付きで象を電気ショックで公開処刑するというトンデモないネガキャンした事あったりするけれども。
『えーっと……「あ」「い」「う」「え」「お」、「か」「き」「く」「け」「こ」――――――』
とりあえず、一文字に対して五十音やアルファベット、更には世界各国の古語を音読していく。前のご主人がブツブツと呟いていた謎知識をフル動員である。
『あ、「ぎりしゃもじ」だ、これ』
その結果、書かれている文字がギリシャ語だという事が分かった。そうと分かれば、後は容易い。知っている単語を読みに読みまくって翻訳し、それらをメモして行った。
『――――――よしっ!』
そうして一晩中努力を重ねた事により、たくあんは遂に一冊分の魔導書を完全に解読出来たのであった。
『つまるところ、これって「さるでもわかるしょしんしゃまほうてきすと」なんだ~』
どうしよう、徹夜で翻訳した魔導書が、馬鹿野郎専用の魔法講座本だとは、何だか虚しくなってくる。
いや、無駄ではない。少なくとも、これすら読めない奴に内容を教える事が出来るようになったのだから。やっぱり虚しくなる……。
さらに、たくあんにとっても嬉しい成果があった。
『【αιώρηση】!』
魔導書の一節を唱えると、たくあんの身体が淡く光り、次いで人間の腰ぐらいの高さまで浮遊する。これぞ己を浮遊魔法(対象は自分のみで、今の高さでゆったりとホバー移動する事しか出来ない)。
そう、たくあんは魔導書を解読した結果、簡易的な魔法を使う事が可能となったのだ。
もちろん、魔導書の力を借りているだけであり、書いてある以上の事はまだ出来ないものの、そもそも肺魚であるたくあんにとっては充分過ぎる成果だろう。
『【βρεγμένος】!』
ついでに湿気を与える魔法により、保湿もばっちりである。これで地上も自由に移動出来るし、体表を傷付ける心配も無い。効力が切れるまでの話だが。
『ねぇねぇ、みてみて~♪』
「……うぅ~ん? 一体どうし――――――うわきゃーっ!?」
ペチペチと起こされて見てみたら、たくあんが魔導書片手にふよふよと浮いていたので、ポダルは驚いて引っ繰り返った。
「あ、あんた、本当に解読出来たの!? 一晩で!?」
『うん、がんばったよぉ~♪』
「………………」
これは絶句するしかない。異界から来た余所者が、たった一晩で魔導書を読み解くなど、どれ程の努力と閃きがあっても足りないだろう。この子はまさに天才だ。
「凄いじゃない! これで私も魔法が使えたりする!?」
『ちゃんともじとよみかた、たんごのいみといめーじがないとだめみたいだけどね』
「……つまり、要勉強って事ね」
『そうだね~。まずはよみかきからかな~』
「ぬぬぬぬぬ……!」
だが、ポダルも漏れなく魔法を使えるとは言っていない。やはりそれなりの努力が必要である。
「まぁ良いや。そこは私が頑張れば良いだけだし……それよりあんた、やりたい事とか無いの? 私にも魔法を使えるチャンスをくれたんだから、何かお礼をしたいのだけれど?」
『ぬぅ~ん……』
ポダルの提案に、たくあんは暫し悩む。彼女としては衣食住が保証されていれば良いのだが、折角ファンタジーな異世界に転生したのだから、もっと冒険してみたいのが人情(魚情?)という物だろう。というか、現状は原始人レベルの生活しか出来そうもない。乙女なのに着替えの一つも無いとか……。
ならば、答えは一つしかなかろう。
『せかいいっしゅうしてみた~い!』
「世界一周と来たか……まぁ、分からんでも無いが」
『だめなのぉ~?』
「クソッ! キラキラした目で見やがって! 分かったわよ! 連れてけば良いんでしょ!?」
『わ~いわ~い♪ ぬんぬん♪』
そして、本日吉日今日この日、たくあんとポダルの大冒険が始まるのであった。
◆ギリシャ文字
フェニキア文字を参考に生み出された、古代ギリシャ人の扱う文字。ラテン文字やキリル文字、アルファベットの原型となった。現代はルーン文字と並び、厨二心をくすぐるアイテムとして人気がある。