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たくあん、体内を泳ぐ

ぬ~んぬ~ん♪

 体内。それは一つの世界、一個の宇宙。たった一つの大きな命を生かす為に、様々な小さな命たちが日夜働く社会なのだ。

 その中でも、免疫系と呼ばれる細胞(モノ)たちは、大いなる命を脅かす存在を排除する役目を持つ。彼らに慈悲は無い。少しでも設計が狂ってしまえば、自らの仲間(癌細胞)ですら殺してしまう。

 現実だけでなく、生きる事それ自体が非情なのである。世知辛い……。

 しかし、そんな厳しき世界へ飛び込もうとしている者が、ここに二人居る。ミクロ化した、たくあんとポダルだ。魔法を使える肺魚と魔法が使えない魔女という色物にも程がある組み合わせである。


『……それでは、注入しますね』

『……っ、………………ガクッ!』


 そして、ラゴスの尾針を注射器代わりに、クリスの中へ注ぎ込まれる。同時に麻酔液も注入だ。


『う~わ~!』

「のわぁっ!?」


 当然、勢いが強いので、たくあんとポダルはシェービングされる事となった。グルグルぬ~ん♪

 ちなみに、たくあんもポダルも肺呼吸しか出来ない為、魔法により空気だけを通す泡のマスクを付けている。常に発動し続けているから壊れる心配は無いが、完全にたくあんの魔法に依存しているので、彼女の魔力か命が尽きた場合、ポダルも諸共に死ぬ事となる。まさに運命共同体である。


『わ~、すご~い!』

「血管の中ってこうなってるんだな」


 注入の荒波を乗り切ったたくあんとポダルの目の前に広がるは、体内の神秘。襞の走った肉壁の中を、半透明な組織が流れ、赤血球や白血球、血小板などがゆったりと漂っている。血管壁と赤血球の色合いや、流動の緩やかさから察するに、ここは静脈だろう。揺られるだけで眠くなりそうな程に静かな空間だ。


「これからどうするんだ?」

『とりあえず、しんぞうにむかうよ~』

「そこから全身を一気に見て回るって訳か」

『そういうこと~』


 だが、たくあんたちが目指すのは心臓と、その先にある動脈である。そこから全身を巡り、病原体に接触する。当面の目標は、そんな感じだ。


顆粒球(かりゅうきゅう)が全く動いて無いな」

『まくろふぁーじがただよってる~』


 一先ず麻酔と免疫阻害魔法が効いているらしく、免疫細胞に動きは見られない。というか、そもそも絶対数がかなり少なかった。元より病原体の影響で、免疫系が機能不全に陥っていたのであろう。


「……何か太鼓みたいな音がして来たぞ」

『もうすぐしんぞうだね~』


 思ったよりも早く心臓が見えてきた。打ち込んだのが首筋なので、当たり前と言えば当たり前なのだが。


「そう言えば、筋弛緩剤も混ぜてたみたいだけど、クリスって今呼吸出来てるの?」

『ピグミーのふたりとスプリガンくんが、くちからくうきのだしいれしてるからだいじょうぶだよ』

「何その触手プレイ」

『それよりほら、しんぞうにはいるよ~』


 さらに、右心房と右心室を通って肺へ向かい、左心室へ戻って来てから左心房に送られると、そこからは全身をくまなく巡る旅が始まる。


『うわ~い♪』

「ドワォッ!?」


 まぁ、動脈の中なので快適とは言い難いのだけれど。こんな状態で探せるのだろうか……。


「しかし、医者にも魔導士にも見付けられない病原体って、一体何なんだろうな?」

『たぶん、からだのどこかにぎたいしてるんじゃないかな。いじゅつにしろまじゅつにしろ、まずはさがすところからはじめるから、みつからないようにばけてるんだよ、きっと』

「それって私たちにも分からなくね?」

『それはたぶんだいじょうぶ。ちょくしにははんのうしないはずだから』


 夜行性の蛾は、蝙蝠が発する特定の超音波にのみ反応して、攻撃を躱していると言われている。細胞レベルの大きさでは持てる能力に限界があるので、クリスの体内に潜んでいる病原体が生物なのであれば、索敵用の波動を感じ取って姿を晦ませているに違いない。逆に言えば、魔法ではなく直接目で確かめる相手には反応しない筈である。


『ぬ~んぬんぬんぬぬんぬぬ~ん♪』

「楽しそうだね君」


 大動脈で勢い付いた血流に乗って体内を巡り回る、たくあんとポダルだが、それらしいナニカは見当たらなかった。その代わり至る所に血栓や損傷が見られ、透視した血管壁の向こうには無数の癌細胞が見える。


『……ぬぬん?』


 すると、ある一点――――――肝臓に達した所で、ナニカが変形した。索敵魔法には一切引っ掛からないが、確実に存在している。やはり、サーチに反応して隠蔽機能を発揮しているようだ。


(しんぞうにもはいにもそれらしいのがいなかったから、あとはのうみそかかんぞうだとはおもったけどね~)


 肝臓は最大の臓器であり、生命活動においても重要な存在である。たった一つで数百の働きを担っている為、人工装置に置き換える事が不可能な臓器と言われている。

 また、肝臓には痛覚神経が通っていない上に再生能力が高いので、「沈黙の臓器」とも呼ばれている。多少の故障が起きても自覚する事が出来ないのだ。ある意味、直ぐに症状に表れる心臓や肺よりも厄介な場所だと言えるだろう。


(しかも、がほうみたいなからをくつって、かんぜんにちんもくできるのか。よくできてるね~)


 その上、クリスに巣食うナニカは、芽胞に似た殻を形成する能力があり、それによって外部からの刺激を遮断し、索敵からも逃れられるらしい。実に恐ろしい病原体である。


「どうした?」

『みつけたよ。ここにいる』

「………………!」


 さぁ、術式(オペ)を始めようか。

◆芽胞


 一部の細菌が有する特殊な防護壁。非常に高い耐久性を誇り、百度程度の高温やアルコールなど全く効かず、免疫系の攻撃も一切受け付けない。その代わり代謝が抑えられている上に細胞分裂も不可能な状態なので、ある意味で耐久型の休眠形態とも言える。

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