ポダルのお家
女の子の家~♪
「ここが私の家だよ!」
ポダルが自信満々に諸手を広げる。
『ぼろやだ~』
そこには、簡易に組んだ木造の掘っ立て小屋があった。それも断崖絶壁の中腹の、薄暗い洞窟の中に。しかも、帰宅手段がパルクールでロッククライムときた。原始人……いや、原猿類かな?
「失礼な事を抜かすなぁ!」
『だってだって、ほんとうのことだも~ん!』
「この野郎!」
『おんなのこだもん!』
「女の子なんだ!?」
今更明かされる、衝撃の真実ゥ~!
肺魚は見た目に雌雄の差異が殆ど無いので、この反応は仕方ない。「はんにんさん」も女の子だと思い込んでいただけだし。
「――――――まぁ、それはそれとして、あんたはここに入りな」
『わ~♪』
家に入ったポダルは、戸口の脇に置いてあった水瓶へたくあんを放り込んだ。
『なかもぼろいね~』
「ほっとけ」
たくあんの言う通り、ポダルの家は内装も貧相だった。
床は小枝や藁を敷いただけ、天井は岩肌が剥き出しの上、端っこの突き出した部分から水が滴っており、たくあんが入っている物とは別の壺で受け止めている。窓は無く、出入り口は暖簾が一つしかない。煙は天井に空いた小さな穴から上へ抜けていく仕組みなのだろう。照明は光る蟲、か?
とりあえずの生活は出来るものの、文明が石器時代過ぎる……。
『……っていうか、つめた~い!』
むろん、水温が一定の筈もなく、瓶の水は完全に冷や水だった。そりゃあ、こんな高所かつ暗い場所じゃあね。
「えっ、水って冷たい物じゃないの!?」
『ぼくはあついばしょのしゅっしんなんだよ~! だから、せめて26どはほしい~!』
「我儘な奴だな! 魚の癖によ!」
いえ、アクアリウムでは常識です。エロい人にはそれが分からんのです。
『さ~む~い~!』
「仕方ない……これを使いな!」
そう言って、ポダルは赤々と灯る蟲が入った虫籠を水瓶の周りに置いた。
すると、水がほんのりと温まり、理想的な水温となる。この蟲たちが放つ熱気のおかげに違いない。何と言う蟲なのだろうか?
『このむしってなに?』
「火虫」
『う~わ~!?』
※主に網翅上目の事を指す。
「魚が蟲程度で驚くなよ。ご飯みたいな物でしょ?」
『ぼくのしゅしょくはむきえびだもん!』
「何て贅沢な食生活!」
生前のたくあんは、人間並みに贅沢な暮らしをしていたようだ。他にもボイルアサリやベビーホタテ、ムール貝などの貝類も食べていたりする。偶の記念日にはズワイガニや伊勢海老ときた。普通に超贅沢(笑)。
『……っていうか、おなかすいた~』
「本当ならあんたが私のお昼ご飯だったんだけど?」
『たべないでくださ~い!』
「食べないわよ。……しゃーない、保存食を使うか」
腹が減っては何とやら。先ずは食事にしよう。
「流石に海老なんて無いからな。干し肉と干し魚をふやかして食べよう」
『………………』
予想はしていたが、質素かつ野性的な食事だった。無いよりはマシかな?
「よっと……」
ポダルが慣れた様子で石を打ち付け、火を起こす。専用の土鍋で水を温めて、何かの干し肉と干し魚を戻した。中々に良い匂いが漂って来る。
「あんたは薄味の方が良いかな?」
『そうだね~』
「そいじゃ、先にこれ食ってな。私はもっと濃い方が好きだから」
『わ~い♪』
もぐもぐもぐもぐ……ごっくん♪
むきエビよりは美味しくないが、悪くはない。何より暴れに暴れて疲れていたので、動物性タンパク質が身に染みた。
一方のポダルは、削り出したであろう粗塩や香辛料らしき粒を混ぜた、割と濃い目の味付けで肉を堪能している。
「旨かった?」
『うん、おいしいよ~♪』
「そ、そりゃどうも……」
ポダルの頬が、少しだけ主に染まった。今まで誰かに褒められた事が無いのだろう。
「さて、お腹も満たした事だし、色々と話してみようかね」
と、ポダルが話を切り出す。
『なにをはなすの~?』
「そうね……一先ず、あんた自身の事を話して貰おうかしら?」
『そうだね~。ぼくのしゅぞくは「プロトプテルス・アネクテンス」。はいぎょっていう、はいこきゅうができるさかなだよ。だから、ひからびさえしなければりくでもいきらし、ざっしょくだからきほんてきになんでもたべられる。ほんとはめがわるくて、しゃべれもしないけど、こっちにきてからはよくみえるし、よくはなせるよ~♪』
「へぇ……面白い生き物だね」
それが嘘偽り無い正直な気持ちだった。喋る事を抜きにしても、肺呼吸が可能な魚なんて、聞いた事が無い。そんな奴が存在するというのか。
『じゃあ、おねえさんのこともおしえて~』
「私? 見ての通り、魔法使いよ」
『なら、なにかじゅもんとかとなえてみてよ~』
「フフフフフ……」
すると、ポダルが不敵な笑みを浮かべ、
「残念ながら、私は魔法が一切使えませ~ん!」
『えぇ……』
とんでもない事を堂々と言い切った。お前は何を言っているんだ……。
「正確には、読み書きが出来ないから使えないだけよ。魔導書自体はあるし、魔力だけならべらぼうなんだから!」
そう言われて見てみれば、確かに棚らしき所に、それらしい本が沢山ある。読み書きが出来ないという事は、誰かから譲り受けた物だろう。
しかし、そうは言われても、今一信用出来ない。ここまでの道中は身体能力しか見せていないので、さもありなん。
「あ、信用してないね!?」
『そりゃあねぇ~』
「これが証拠よ!」
と、ポダルが胸元のポケットから、さっきの魔法剣を取り出し、起動した。
まぁ、一応動きはしているのだから、嘘ではのかもしれないが……何だかんだでコカトリスへの止めを拳で決めた辺り、やっぱり信用しかねる。
「ま、これも貰い物だけどね。魔力を込めると、それだけで武器にもなる、便利な魔道具なのさ」
『そ~なのか~』
本来の用途と違う気がするけど、気にしたら負けだろう。
「……という事で、あんた、書くのは無理として、文字を読む事って出来ない? 魔導書を解読して、それを教えてくれたら、私も魔法が使えるじゃん!?」
ポダルが期待の篭った目でたくあんを見詰め、
『とりあえず、みてみないと……』
「まぁ、そうよね。じゃあ、これに目を通してみて!」
一番上の段にある、最も新しい本を一冊、開いてみせた。ポダルにページを捲って貰いながら、目を通すたくあん。結果は、
『わかんな~い』
「貴様ぁあああああああああっ!」
『わきゃ~!』
今まで視覚に頼らない生活をして来たのだから、当然と言えば当然である。
だが、これでは食べずに連れ帰った意味がまるで無い。本来なら、たくあんはポダルのお昼ご飯にされる予定だったのだから。
『ま、まって、もうちょっとがんばってみるから~!』
「……期待しないで待ってるよ。私は寝る」
色々とがっかりしたポダルは、そのまま不貞寝してしまった。
◆ポダル
たくあんが出会った魔法少女(物理)。天涯孤独の野生児として生きてきた為、読み書きの類が一切出来ず、膨大な魔力を持て余している。ただし、頭が悪い訳では無く、今まで掠め取って来た知識を活かして、今日も元気に生きている。
……本人は知る由も無いが、フルネームは「ポダルゲー・ハルピュイア」と言い、四姉妹の末っ子だったりする。
ちなみにキャラクター及び戦闘スタイルの元ネタは、かの有名な「鏖殺の悪魔」。