たくあんとハティ
えびえびえびえ~♪
――――――トンテンカン、ポンパンピン、ドンドコドン!
「ふぅ……」
『壁を直すのって、結構大変ですね~』
《たぶん、それは黄金製だからだと思います》
《同じ重量の木材なら、とっくのとうに終わってますよ》
今日も今日とて、ポダルたちは労働に明け暮れていた。労働と言っても賃金は無く、内容は器物破損の弁償及び修理なのだが、これがまた大変である。何せ扱う建材が純金なのだ。木材とは比べ物にならないくらい重い上に、加工もかなり難しい。空いた穴を塞ぐだけとは言え、かなりの時間を要するだろう。
『プリ~ン……』
もちろん、言うまでも無く一番大変なのは、文字通り身体を張って壁代わりをしているスプリガンである。まぁ、ぶっ壊したのもこいつだけど……。
『ぬ~ん……ぬ~ん……』
そして、たくあんは今日も目を覚まさない。相当に疲労が溜まっていたのだろう。それに伴い何日も食事を摂っていない事になるが、魚類は飢餓に強い種族なので、起きてから食べれば良い。
『おーい、お前ら、飯だぞー』
雇い主……というか弁償相手であるハティが、食事を運んできた。本日のメニューは「白身魚のムニエル」と「現地肉のグラーシュ」、それとパンだ。簡単だが素材は一流で、温かくて美味しい、彼ご自慢の料理である。家を壊した奴らに飯を出すとは、何ともお優しい事で。
「『いただきま~す!』」
《《ごちになりま~す》》
『へいへい、召し上がれ』
という事で、遠慮無く頂きますご馳走様する、ポダルたち。満腹になって、一時の休みを入れたら、また修繕のお仕事だ。
――――――何時まで続くのだろうか、この生活は。
『……そう言えば、お前たちって目的地とかあるの?』
ふと、ハティが根本的な事を問う。基本的に引きこもりである彼からすれば、ポダルたちの行動は不思議で仕方ないのかもしれない。
「私は特に無いわ。望んでいるのは、たくあんよ」
『ボクは助けて貰った恩義ですかね』
《《我々は成り行きです!》》
『つまり、全てはたくあん次第って訳か。益々以て面白いねぇ~』
一方、オタク気質なハティにとって、たくあんは新鮮かつ興味深い存在であった。転生者というだけでも珍しいのに、肺で呼吸する上に魔法まで使える魚なんて、興味を持つなという方が無理だろう。
たくあんが一体何の為にこの世界に転生させられたのか。興味は尽きない。
『早く目を覚まさないかねぇ~?』
『ぬぅ~ん……ぬんぬん……ぬ~ん……』
スヤスヤぬんぬんと寝息を立てて眠るたくあんを、楽しそうにツンツンするハティ。
「………………」
そんな彼らの姿を、ポダルは何とも言えない表情で見遣った。嫉妬かな?
『ほ~れ、働いた働いた! ボクも仕事に戻るからさ!』
「『は~い』」《《ラジャラジャ~》》
ハティの一声で、各々が仕事に戻っていく。ポダルたちは壁の修復を再開し、ハティは注文の品を鍛造する。ハンマーの音だけがやけに甲高く響くだけの、静かな時間が過ぎて行った。
『ふぅ……よし、今日はここまでかな』
そんな感じで働き続ける事、数時間後。空はすっかり夕焼けに染まり、潮が満ちてきた。
『お前ら、もう良いぞ。これ持って少し羽目でも外して来い』
「わ~お、金貨じゃないの!」『凄っ!』
《金一封とは羽振りが良いですね!》《夜の街に繰り出しちゃう~!?》
すると、ハティから多過ぎる小遣いを渡された。黄金の街というだけあってか、金貨一袋である。億万長者過ぎるだろ。
ポダルたちは喜び勇んで夕闇の街へ繰り出し、騒々しく羽目を外しに行く。
『騒がしい奴らだなぁ……』
ハティは一人で風呂に入り、汗を流して寛いだ。趣味の一つである読書を楽しみながら、たくあんの頭を撫でる。スベスベした心地良い感触だった。
『――――――ぬぅ~ん?』
『おっと、起こしちまったか?』
と、久方振りにたくあんが目を覚ました。光が戻った円らな瞳で辺りをキョロキョロと見回し、最後にハティへ視線を向ける。疑問で一杯という顔である。
『だぁれぇ~?』
『ドヴェルグ族のハティだ。お前らが突っ込んだ家の主だよ』
『ぬ~ん?』
『……ああ、墜落する時点で意識を失ってたんだっけか?』
一先ず、ハティはこれまでのあらまし――――――カリュブディスとの闘いの余波で彼の家に穴が開き、その弁償としてポダルたちが住み込みで働いている事――――――を説明する。
『そうだったんだ~。ごめんなさい』
『……可愛いな』
『ぬ~ん?』
『いや、何でもない』
素直にペコリと頭を下げるたくあんの賢さに感心しつつ、本音がちょろっと漏れてしまうハティであった。
(キュートって訳じゃ無いが……何て言うか、こう……ゆる~い感じがほっこりするなぁ)
たくあんの可愛さは、猫や犬などのキュートな感じとは別ベクトルだ。“ゆるかわ”とはこういう事を言うのだろう。
『何か食うか? 何日も眠ってたし、腹減ってるだろ?』
『ぬんぬ~ん♪』
『可愛いなぁ……何食べたい?』
『えびかあさり~』
『何か河豚が食いそうな好みしてんなー』
どちらも同じ“噛み砕いて食べる魚”だからねぇ。
『ほれ、オマール海老だ』
『ろぶすたーのこと?』
『よく知ってんなぁ、お前』
『まえのごしゅじんがいろいろおしえてくれたからねぇ~』
『愛されてんなぁ……』
『それじゃ、いただきま~す♪ もぐもぐもぐもぐもぐ♪』
ハティが用意した、オマール海老の剥き身を、それはそれは美味しそうにもぐもぐするたくあん。肺魚と言えば咀嚼で有名だが、これがまた見ていてほっこりする。食べ方は汚いけれど、まるで赤ちゃんのようで可愛らしい。
『おなかいっぱ~い……むにゃむにゃ……ぬ~ん……ぬ~ん……』
『満腹になったら寝るのか。赤ん坊かよ』
さらに、お腹が一杯になればこの通り。ハティは男だが、ついついバブみを感じてしまう。それくらい幼気だという事である。
『色々と話してみたかったが……まぁ、今日は良いか』
たくあんが眠りに着いたのを見届けると、ハティは再び読書に戻った。
◆テオゲネス
生前は半神の英雄「ヘラクレス」に仕える神官であると同時に最強のオリンピック選手で、死後は神にまで昇華したとんでもスペックの男。まるで範馬勇○郎だ。神としての権能は「治療」と「疫病」であり、自身の神像を丁重に扱えば無病息災を約束してくれるが、粗末に扱うとパンデミックを引き起こす厄介な奴である。




