たくあん、海に浮かぶ
う~み~はひろい~な~♪
『うみだうみだ~♪』
「何、あんた海を見た事無いの?」
『だってたんすいぎょだも~ん♪』
人生で初めて目の当たりにする海に、たくあんがぬぬ~んと喜ぶ。
現在、帆船型クルーザーに化けたスプリガンの背に乗って海上を進んでおり、大分消耗したたくあんは水瓶に収まっていた。他の連中も割とだらけている。何故ならやる事が無いから。運転はスプリガンに任せておけば良いし、セイレーンが現れる岩礁地帯はまだ先だ。戦いの疲れを少しでも癒す為にも、今は休むべきだろう。
と言うか、いい加減スプリガンには見せ場を見せて欲しい所。自動操縦のクルーザーとして馬車馬よりも働け。
『はい、ごはん~♪』
『プリンプリ~ン♪』
そうやって直ぐに甘やかすぅ~!
しかし、その優しさが可愛い~♪
「……まったく」
そんな可愛く優しいたくあんとスプリガンのやり取りを見遣りつつ、ポダルは仮眠を取る。脳が半分だけ起きているので、何かあっても直ぐに対応出来るが故の余裕である。便利だね。
『とびうおさ~ん♪ とぶのたのしい? ぬんぬ~ん♪』
「フフフ……」
たくあんが平和過ぎる、というのもある。トビウオを見て目をキラキラと輝かせるとは、何て純粋なんだ。可愛い、食べた~い♪
『今日中に辿り着けますかね?』
一方のラゴスは、ピグミー二人に航海予定の確認を取っていた。
《そうですねぇ、何も無ければ日が沈む前に着くとは思いますが……》
《問題はやっぱりセイレーンですよね~。あいつら鳥の癖に頭は人間だから、狡賢いんですよ》
『ふ~む……』
セイレーンは蠱惑的な歌声で理性を蕩けさせ、己の棲み処に誘い出して殺してしまう、恐ろしい海鳥の魔物であり、飛行だけでなく潜水も可能という、カツオドリを思わせる能力も持っている厄介な連中だ。
ただし、「螻蛄の七つ芸」という言葉があるように、飛行と潜水という相反するスキルを両立させている関係上、どちらも中途半端な仕上がりになっている。色んな事が出来る癖に岩礁地帯で引き籠っているのは、己の器用貧乏具合を自覚しているからである。理には適っているが、ちょっと哀しい……。
『……他には無いんですか? あの森にはワイバーンも居ましたし、外来種や回遊種が潜んでいる可能性もあるのでは?』
むしろ、心配なのはイレギュラーの方だ。海中を棲み処にする魔物は世界各地に居るし、小賢しいセイレーンの事、それらを利用する可能性もあるだろう。
《確かに、そうですね~》
《一応、在来種として「ネレイド」は居ますが、彼女たちの注目の的は人間の男ですし、ちょっかいを掛けなければ、向こうから仕掛けて来る事はありません》
《「トリトン」さんは話せば分かる男ですし~。「カリュブディス」や「スキュラ」はもっと西を根城にしてますしね~》
《やらかすとしたら、北から南下してきた連中ですかね~。「メロウ」族が現れると嵐になっちゃうんですよ~》
《……とか何とか言ってたら、もう直ぐセイレーンの岩礁地帯です。皆さん、耳栓をして下さ~い。“囮”は相棒がやりま~す!》
《えっ、何で!? うわっ、ちょ、や……ヤメローッ!?》
と、岩礁地帯が見える海域に達した。同時に不自然な霧が発生し始める。
だが、通り方は簡単。ピグミーを一人だけ耳栓無しの状態で船の舳先に括り付けて、気が狂い終わるまで無心のまま進めば良いのである。
《……あぼりもりべへもかなぽりたぁあああああん!?》
『あ、狂い出した』
暫くすると、ピグミーが繰り出した。今頃、セイレーンの歌声が海原に響いているに違いない。聞こえないけど。
《はん♪》
『おや、死んだ?』
《う~ん? 流石に早過ぎるような……?》
しかし、五分も経たない内に、ピグミーの洗脳が解けた。これは幾ら何でも早過ぎる。
『なにあれぇ~?』
すると、たくあんが空を見上げて首を傾げた。
「『なぁにあれ~?』」
漸く起きたポダルと、意味無しと判断して耳栓を外したラゴスも、思わず言葉を失う。
だが、唯一ピグミーたちは、その正体を知っていた。
《!《カ、カリュブディスだぁ!?》》
そう、根城から滅多に動かない筈の、カリュブディスが飛来したのだ。
「『『アレがそうなの!?』』」
しかし、たくあんたちは別の意味で驚いていた。何せ馬鹿デカい蛸が空に浮かんでいたのだから。そんな馬鹿な~。
◆セイレーン
岩礁地帯に住む半人半鳥の怪物。ハーピィも同じく半人半鳥だが、こちらは海鳥がベースで歌声も綺麗である。その美しい歌声で船乗りを惑わし難破させる悪質な魔物だったりもするが。元々は冥界の女神「ペルセポネ」の部下だったらしいが、ハデスが起こした一悶着を機に独立したらしい。
正体はグンカンドリの怪物。海鳥の癖に泳げないという弱点を克服すべく、魚のような鱗や多量のミオグロビンを持つなど、様々な変化を遂げた結果、念願の高い潜水能力を得た……は良いが、今度は飛ぶのがとてつもなく下手くそになった。雉に鼻で笑われるレベルの飛行能力しかないので、主に霧掛かった岩礁地帯に棲息している。




