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たくあん、死す!?

たくあんよ永遠なれ

 その日、一匹の肺魚が死んだ。

 アフリカの大地で生まれ、幼い頃に日本へ渡り、とある飼い主に買われて、長い長い時を重ね、寿命を全うして☆になった。


『………………?』


 しかし、彼女は再び目覚めた。プロトプテルス・アネクテンスとして。

 ただし、アフリカに転生した訳でも、飼い主の下へ舞い戻った訳でもない。青い空が天蓋を成し、巨木が生い茂る、見た事も無い湖の中。

 ここは一体何処で、今は何時なのか?

 そもそも、どうしてこうなったのか?

 分からない、何もかも……否、一つだけ分かっている事がある。それは彼女が今世も肺魚で、独りぼっちという事だ。元々、彼女はワイルド個体なので野生に帰ろうと思えば何時でも戻れる。

 だが、忘れてはいない。あの人に飼われていた頃の事を。ちょっと管理が厳しかったけど、美味しいご飯をお腹いっぱいに食べさせてくれて、水質も温度も安定した綺麗な水槽で何不自由なく暮らさせてくれた。出来るならあの頃に戻りたいが、そう上手くは行かないだろう。

 だから、彼女は生きる。今世もプロトプテルス・アネクテンスとして、精一杯に。

 ――――――とりあえず、餌を探す所から始めようか。肺魚は目が悪いものの、代わりに鼻が利く。獲物の匂いを頼りに探し出し、パクッと一呑みにして、頑強な顎と歯でボリボリもぐもぐと食べるのである。


『………………!?』


 しかし、そこで彼女はハタと気付いた。世界がクリアに視えている、と。水の中なので全体的に揺らいでいるが、色彩がハッキリと分かるし、光量も判別出来る。これは一体どうした事か?


『………………』


 まぁ、視界が良好なら、それに越した事は無いし、狩りに活かさない筋合いも無い。存分に利用させて貰おう。



 ――――――コソコソコソ。



『………………!』


 見付けた。間違いなく海老である。殻は硬いが中身は絶品な、彼女の大好物だ。

 本来、肺魚の主食は貝類だが、肉食の強い雑食性なので口に入るなら何でも食べられるし、ご主人に飼われていた頃は大粒の剥き海老(+キャットの餌とプレコの餌)を提供されていた。

 だから、海老を殻ごと生食するのは、実は初めてだったりする。限りなく微温湯に浸かって生きて来た彼女に、果たして海老を捕らえる事が出来るのだろうか?


『………………』


 可能な限り気配を消して、ゆっくりと忍び寄る。肺魚の鰭は泳ぐのには全く向いていないが、水底を歩く事は出来る。良好な視界と併せれば、初陣だろうと成功する筈である。

 だが、初めての視野、最初の海老狩りだったのが災いして、彼女は目の前に(・・・・)集中し(・・・)過ぎて(・・・)しまった(・・・・)



 ――――――ザバァアアアアッ!



『………………!?』


 気付けば、彼女は釣られていた。海老は生餌だったのだ。おそらく、尻尾の方に糸と針が仕込まれていたのだろう。甲殻類を含む節足動物は体節ごとに神経節を持っている為、ちょっと刺されたぐらいでは死なない。


「釣れたぁ~っ!」


 釣り上げたのは、ちみっこい女の子。真紅の瞳に羽毛のような桃色の髪、褐色肌を持ち、鮫を思わせる牙と眼付きが特徴である。全身がダークカラーの服装で、尖がり帽子にノースリーブのワンピースとブーツを着用している。瞳と同じ真紅の腕輪と足枷がチャームポイントだ。

 何と言うか、とても強気で、活動的な魔女っ娘だった。

 そんな訳が分からない少女に捕まってしまい、その上お口に針が刺さってしまっているので、肺魚の彼女は思わず元の飼い主に助けを求めた。


『た、たすけて~!』

「キェアアアッ!? 魚が喋ったァアアアッ!?」


 大きな声に出して(・・・・・・・・)

 もちろん、少女もビックリ、肺魚の彼女もビックリ。人と同じような肺を持つとは言え、発声器官の無い魚が言葉を話すとは。あ、あり得なヴィ~!


『やめて~、たべないで~!』

「え、あ、いや……えぇ……」


 少女は悩む。この喋る魚をどうした物かと。食べるのは簡単だが、このまま腹に収めてしまうのは、少々惜しい。話し相手が居ると喋りたくなるのは、人の性であろう。


『クコカカカカ!』

「むむ、「コカトリス」か」


 しかし、対話を試みようとした瞬間、森の中から異形の怪物が現れる。雄鶏より生まれたとされる、猛毒を操る怪物、「コカトリス」だ。


(なごやこーちん?)


 その姿は、まさしく恐竜染みた名古屋コーチン。尻尾は毒棘だらけの上に先端が鎌状になっており、翼が始祖鳥(アーケオプリテクス)のように指と爪が生えているなど、正しくは“名古屋コーチンカラーのデイノニクス”と表現すべきか。



◆『分類及び種族名称:毒針超獣=コカトリス』

◆『弱点:頭部』



『ギィグヴァアアアアォッ!』


 早速、コカトリスが襲い掛かってきた。両翼を刃の如く振るい、樹木処か大岩すら真っ二つに切り裂く。凄まじい切れ味である。絶対に鳥類の羽が発揮して良い威力では無い。


「よっと!」


 だが、少女は軽い身の熟しで躱し、距離を取る。


「……邪魔すんなよ、鶏が」


 さらに、懐から魔法の杖らしき物を出し、



 ――――――ビシュゥゥゥヴン!



 先端から光の刃を形成した。彼女の持つ魔力を圧縮、顕現化させた物だ。振るえばこんにゃく以外の物は膾切りに出来るだろう。魔法剣……なのかなぁ?


『ギャヴォオオオッ!』


 その危険性を野生の勘で感じ取ったのか、コカトリスが遠距離攻撃を仕掛ける。尻尾の毒針を飛ぶ斬撃として放つ、死の円刃である。


「フン、ハァッ、ドラァッ!」


 しかし、その悉くが、光熱を宿した少女の魔法剣によって切り払われる。


『ギィグヴォァアッ!』

「だらぁああああっ!」

『ギギャエエエェッ!?』


 業を煮やしたコカトリスが尻尾に毒霧を纏わせ、それを思い切り突き出す事で、毒針共々波動砲の如く発射するも、少女は小動もせず、逆に拳圧を飛ばすメガトンパンチで何もかも粉砕した。


「ギィアァヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 そして、獣同然な勝利の雄叫びを上げる。


『ばけものだ~』


 人間です、一応は(笑)。


「ふぅ……あ、えーっと、食べないから、とりあえず針を抜こう。話はそれからだよ」


 興奮が冷めた少女が、肺魚に向き直る。


『いたくしないでね?』

「何か誤解を招きそうな台詞だなぁ……」


 ともかく、口に針が刺さったままでは落ち着いて話も出来ない。針には返しが付いている為、なるべく痛くならないよう、しっかりと潰してから一気に引き抜いたのだが、


『いた~い! う~わ~!』

「ちょ、暴れないで! まだ傷口を塞いでないから!」


 やっぱり暴れられた。肺魚な彼女は、生まれてこの方“痛い目”に遭った事が無いので、怪我や痛みに対する耐性が全くと言って良い程に無かった。それだけ飼い主が愛情を持って育てていたという事なのだが、自然界に放り出された今の彼女にとってはマイナスに働いている。


「えーっと、回復薬、回復薬……あった!」


 少女は慌てふためきつつも、ポーチから青い液体の入った小瓶を取り出し、痛みに涙する肺魚に振り掛ける。


『いたい~……あれ?』


 すると、さっきまでの痛々しい傷口が嘘のように塞がり、激痛も治まった。


『すご~い、なにしたの~?』

「回復薬だよ。一番安いの(只)だけど」

『そ~なのか~』

「本当に分かってんのかなぁ、この子?」


 一先ず、お互いに落ち着けたから良しとしよう。


「……って言うか、水の中に入らなくて大丈夫なの?」

『こきゅうはできるよ~、はいぎょだから。でも、おはだがかんそうするのはよくないかな~』

「なら、この生け簀に入りなよ」

『わかった~♪ ぬんぬ~ん♪』


 言われるがまま呑気に生け簀へ入る肺魚を見て、少女は何とも言えない気分になった。こんな調子では、とても野生下で生き延びる事など出来まい。


「さて、それじゃあ、自己紹介でもしておこうか? 私は「ポダル」。魔法使いよ……一応ね」


 最初に少女――――――「ポダル」が己を紹介した。


『ぼく、「たくあん」。そうよばれてたよ~♪ ぬんぬん♪』


 肺魚の彼女――――――「たくあん」も、そう名乗り返す。鰭を上下にピチピチさせながら。ポダルは知る由も無いが、「上から見たらたくあん漬けみたいだった」のが名前の決め手だったりする。何処まで行っても食われる側なのか……。


そう呼ばれてた(・・・・・・・)? あんた、飼い主でも居たの?」

『うん、しぬまえにね~』

「死ぬ前? いやいや、あんた生きてるじゃん」

『それはぼくもききたいよ~。しんだとおもったら、しらないところでめがさめたんだもん。わけがわからないよぉ~』


 孵化装置(イン○ュベーダー)かお前は。ボクと契約して魔法少女になってよ!


「ふーん。……転生って奴かねぇ? 噂には聞いた事あるけど」

『てんせいって?』

「生まれ変わりの事だよ。私も見るのは初めてだけどね」

『そ~なのか~』

「そうなんじゃない?」


 何だかよく分からないが、大体そんな感じだ。うん、考えるだけ不毛だから止めておこう。今は互いにもっと建設的な会話に努めるべきである。


「あんた、行く所あるの? と言うか、自然界で生きて行けるの?」

『むりぃ~』


 たくあんは正直に答えた。生前から飼い主の庇護下で過ごしていたのに、今更野生に還れる筈も無い。さっき見事に釣り上げられて、それが良く分かった。無理無理、絶対に無理。


「なら、私の家に来る? もう少し話してみたいし」

『おねが~い♪ ちゅっ♪』


 ポダルの言葉を聞いたたくあんは、嬉しくなって彼女の手にちゅ~っとキスをした。人の唇に似た、ぷにゅっとした感触が伝わる。


「いや、軽々しくキスするなよ!?」

『でも、「はんにんさん」にはいつもこうしてたよ~?』

「「はんにんさん」?」

『まえのごしゅじんのことだよ~』

「変わった名前だなぁ……」


 ※本来の肺魚は目が悪い為、飼い主の姿が某名探偵の犯人(正体不明時のアレ)みたいに見えている。


「まぁ良いや、とにかく行くよ。ほら、籠に入って。水は無いけど、乾燥はしなくて済むでしょ」

『ぬ~ん♪』

「何だかなぁ……」


 そんなこんなで、たくあんはポダルの籠に収まり、彼女の自宅に招待されるのだった。

 この先、たくあんにはどんな運命が待っているのか――――――それは、誰にも分からない。

◆たくあん(肺魚)


 アフリカハイギョの一種、「プロトプテルス・アネクテンス」の雌個体。生後一年程で日本へ売り飛ばされてしまうものの、その先で出会った「はんにんさん」に手厚い世話を受け、十数年の天寿を全うして幸せに逝った筈だったのだが、何故か異世界へ転生してしまった。特典は「視力の改善」「言語能力」「高い魔力」。とてものんびり屋で何時もぬんぬんしているが、やる時はやる偉い子。

 ちなみに、寿命はリセットされている上にかなり伸びている為、長くこの異世界を楽しむ事が出来るであろう。

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[良い点] たくあんさんの大冒険ですね!いきなり釣られ(≧▽≦)次話が楽しみです!ぬ〜ん [気になる点] 特にありません [一言] また読みに伺いまく、
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