#2
新たに誕生した勇者は路頭に迷う。
「ありもしない現実を考えることがそんなに楽しいのか?」
老人は尋ねる。
「あぁ、楽しいぜ。気の向くままに思考を巡らせることがこんなに楽しいと思ったことは俺の人生では一度も無かったからな。」
勇者は答える。しかしその声には全く生気がこもっていなかった。
「やろうと思えば、俺の気まぐれで今ここにいる全員を60秒で皆殺しにすることができるだぜ。後先考えないで行動することには坊主の頃から慣れているんだ。肩書柄な。」
老人は答える。
「ここにはお前さんよりも強い”モンスター狩り”がうじゃうじゃいるぞ。あまり調子に乗るでないぞ。君のような蒙昧な下衆は出る杭は打たれる程度のことわざを知らんがな?」
「あんたが何を言っているのか分からないが、俺のように温室で育った腑抜けがぁ、で、ででしゃばるところではないと言いたいんだな!!!」
勇者は罵声を上げる。そして持前の短剣を高く上げる。
「プークスクス。そんなにムキになると本ムキ君ってあだな付けちゃおうかな。」
その場にいた芸者が反応する。
「クソ踊り子風情が、俺を誰だと思っているんだ。てめぇの相手なんぞ所詮は蛮族まがいの盗賊だけだと思うけどな。」
勇者は元通りの平常心を取り戻す。
「君は勇者だけど勇者なんかじゃないよ。こんなところにいる君は単に故郷を失った臆病者だと相場は決まっているんだから。」
「あぁそうだ。俺も元はといえば王国一の貴族だったが、今じゃこのありさま。家出して行き場を失い途方にくれている”マッチ売りの少女たち”と大して変わりはしないさ。」
「そうかそうかお前は一文なしか。今代の勇者にしてはひどく不遇な身だな。」
「黙れぇ!!」
勇者は短剣を振りかざす。眼鏡を付けたその”生意気な少女”をめった刺しにする。
周囲は唖然とする。何故なら何が起きたのか全く理解が追いついていかなかったからだ。
「ウわー!!!!!!ふざけるな。ふざけるな。この人殺し!人殺し!!!!!」
とっさに起こった出来事の犯人を弾劾する大勢の声がその空間全体に響き渡る。
「喋らなければ殺す。身振り手振りをすれば殺す。望みをこえば生かす。ただそれだけの事をしたい。」
大勢の悲鳴に打ち消されて勇者の独り言は他人の耳には届かない。
「この少女はすでに私の婚約者だ。既に生殺与奪の権は私に委ねられていた。見ろ。この満面の笑みを。幸せそうじゃないかぁ!!!」
その場にいた全員とその場に駆け付けた自警団が駆け付ける。そして医者もだ。
「下人ども。死ね。」
辺り一面にドスを効かせたような”赤黒い炎”が巻き上がる。きっとこれは何かの”人為的な”厄災の兆候なのだろうか。
さっきまでの喧騒がピッタリと止み。本来なら有り得ない程の静寂に包まれる。
「少し派手にやり過ぎたかな。ちょっとここはくさくて人が寄り付かないだろうね。」
「一を極めた者よりも三を極めた人間の方が処世できる。とは皮肉なものかな。まぁ単純な人殺しをやるだけだけどね。」
「あの世で僕を恨まないでよ~」
そして勇者はねむりにつく。周りの状況は”悲惨”としか言いようがないが、眠りの中ではきっといい夢を見られるだろう。
何時間たっただろうか。あたり一面はひっとこ一人おらず、真っ暗闇に包まれていた。
「お目覚めですか。勇者様。私はあなたの側近です。」
「案ずるな。俺の下僕。罵詈雑言の嵐はガキの頃から慣れている。それよりここはどこなんだ。」
「ここは刑務所です。あなたの暴動に耐え切れず。市民が王国騎士団に通報しました。」
「この勇者である僕が破壊衝動を抑えきれる訳が無いだろうがクソったれ。参ったものだ。だけどやることなすこと全て無駄なんだよ。」
あたり一面が閃光に包まれる。小規模な爆発が起きたのだ。きっとこの爆発によって眠っていた子供達は起きてしまっただろう。
「健やかに眠れ。少女たち。」
勇者は少女たちが安らかに眠れるようにのかかった催眠をかける。
「俺は君たちの親でも保護者でもないからな。すまんがこれぐらいしかしてやれることが無い。」
勇者は飛ぶ。紅に染まった夜空を行く当て先々も無く飛び続ける。
「信じる神があるのなら。俺はその神をも我が毒矢をもってして殺してみせる。例え何があったとしてもな。」
「お気の召すままに。創世記原点たる始まりの勇者様。」
これは新たな英雄の誕生を示唆していた。