第四転
よその妹がどうかは知らないが、
うちの妹は可愛くて最強である。
あの邪悪な姉を撃退したことがある、我が家の希望だった。
とはいえ妹から攻撃を仕掛けたわけではなく、反撃もせず、
暴力的な手段を一切用いずに勝利したのだから末恐ろしい。
姉は妹がチヤホヤされるのが気に食わず、
腹いせにランドセルをズタズタに切り裂いたことがある。
その後の対応が兄たちとは違ったのだ。
とにかく泣いた。
親が信じるまで泣き続けた。
たしか兄も同じ状況で号泣したはずだが、
「お姉ちゃんがそんなことするわけない」だとか、
「男が泣くのはみっともない」とかで逆に叱られ、
両親の信用を失う結果になったのを覚えている。
歳下の前で泣くのは恥ずかしいことなのだと教え込まれ、
それは我が家の悪しき伝統となり受け継がれてきた。
末っ子の妹には歳下の家族がいないので、思う存分泣くことができた。
「これだけ泣いているのだから、もしかしたら本当なのかもしれない」と、
両親はその時初めて姉を疑い、追い詰められた彼女は嘘泣きをした。
よくよく思い返せばあれが勝利と言えるのかは微妙だが、
今まで親を操ってきた姉に一矢報いたのは事実だ。
過去のランドセルの件について、両親からの謝罪は無かった。
「疑われる方が悪い」、「ちゃんと否定しなかったのが悪い」らしい。
奴らも相当なクズだとは思うが、自分たちを生産しただけマシだ。
我が家の基準では破壊しかしない姉こそが真の邪悪だと思う。
妹について思い返し、ひとつ合点がいった。
事故当日、何がなんでも整備不良の車に乗せたがった理由は
恥をかかせた妹への復讐だったのだろう。
どこに座っても同じなのに、姉は座席を指定してきた。
助手席には幅の広い兄、後部座席には弟妹たち。
ちょうどシートベルトが壊れている席に妹を座らせようとしていた。
そんな危険な席に可愛い妹は座らせられない。
それだけは絶対に譲れなかった。
それでも事故は起きた。
シートベルトは関係無しに、姉の暴走運転が招いた道連れ自爆だった。
さすがに殺す気までは無かったと思いたいが、結果はこうなった。
「お姉ちゃんどうして……っ
わたし死にたくないよ……っ!」
真っ白な空間で妹は泣いた。
本当は兄たちも泣きたかったが、悪い教育のせいで我慢していた。
いっそのことみんなの分まで涙を流せばいいと思った。
どうもここは精神世界的な空間で、本物の肉体ではない気がする。
脱水症状を引き起こすとは思えないし、どうせもう死んでいる。
しばらくして現れた魂の番人がごちゃごちゃと説明したが、
いきなり転生とか特典とか言われても妹には理解できなかった。
そういう知識のある兄たちとは違い、これが正常な反応なのだろう。
妹ともっと話しておきたかったが、
姉の早まった判断のせいで転送が開始されてしまった。
時は少し遡り、一人の少女が生け贄に捧げられようとしていた。
名前はダイアナ。
修道院の前に捨てられていた赤子で、
院長の元で神の教えを学びながら育った敬虔な信徒だ。
祭壇にカエルを仕込んだりするお転婆娘だが、
根は素直で明るい元気な少女に育った。
聖なる結界により魔物は寄り付かず、
隣国同士の戦争はここ数十年起きていない。
修道女たちは自給自足の生活を営み、
神の恵みに感謝しながら日々を送っていた。
そんな平和な日々は、ある日突然崩れ去った。
盗賊の襲撃だった。
彼らは邪教集団の依頼で子供を連れ去り、
建物や神像を破壊して回り、年老いた院長を殺し、
女たちを暴力で屈服させてその場で汚した。
ダイアナは地獄のような光景に叫びたい衝動を必死に抑えた。
泣いてる場合じゃない。口よりも頭を動かさないといけない。
本当は泣き虫の癖に、連れ去られた子供たちの中では最年長だからだ。
誰に教わったわけでもない、彼女自身の意志だった。
邪教徒たちはなんらかの邪神を召喚する儀式のため、
少女の生きた心臓を欲しがっていた。
それにどんな意味があるのかはわからない。
頭のおかしな連中が考えることだ。理解できなくていい。
ダイアナは必死に打開策を講じようとしたが
7歳の頭脳ではこれといった名案は思いつかず、
とうとう最初の生け贄が選ばれる段階まで来てしまった。
わずかな時間でも妹たちに長生きしてほしいと思った彼女は
邪教徒が選ぶより先に、自ら進んで生け贄になると宣言した。
そして邪教徒はダイアナの胸を切り開き、心臓を抉り出した。
彼女は生命が尽きる最期の瞬間まで泣くのを我慢した。
ダイアナの死体に“妹”の魂が宿り、力の限り叫んだ。
彼女の中に新たな心臓が作られ、血が作られ、傷が塞がってゆく。
その場にいた誰もが言葉を失い、目を離すことができなかった。
それは奇跡であり、殺戮の始まりであった。
ダイアナと目を合わせた邪教徒は一瞬で顔面が蒸発し、
目を合わせなくても彼女が念じるだけで首が弾け飛んだ。
立て続けに3人の頭部を破裂させ、自身の能力を確かめた。
どうやら転生特典で得た能力はこれだけではない。
まだ他にも存在し、試す必要がありそうだ。
実験台ならそのへんに大量にいる。
その場から逃げ出そうとした邪教徒に狙いを定め、
指をクイッと持ち上げると重力が反転し、
彼はそのまま空へと落ちていった。
こんなのはまだ序の口、全部で108個ある能力の一部に過ぎない。
そのどれもが大量の魔力を消費する代物だが、
“無限の魔力”の効果により実質使い放題だと把握した。
邪教徒の1人が幻術を仕掛けてきたが、“状態異常無効”により弾かれた。
ダイアナはその幻術を学習して術者に返した。
惑わされた敵は自ら喉を斬り裂き、絶命した。
1人ずつ相手にしていたのでは効率が悪い。
彼女は自分を中心に半径10メートルほどの力場を発生させ、
敵と認識した相手の体の自由を奪った。
それらを念力で一箇所に集め、テニスボール程度のサイズまで圧縮させた。
ダイアナと共に連れ去られた子供たちは恐怖した。
盗賊に襲われた時よりも、邪教徒の儀式を見せられた時よりも、
今自分たちの目の前で暴れている怪物が恐ろしかった。
“妹”は決して残忍な性格ではない。
この殺戮ショーを楽しんでいるわけではない。
力及ばず死んでいったダイアナの無念を晴らしているだけだ。
彼女の“妹たち”を守るために必死で戦った結果、
チートガン積みのオーバースペックで無双しているだけなのだ。
そして、全ての能力を確かめるより前に邪教集団は全滅した。
5年後、ダイアナは旅立ちの朝を迎えた。
あの事件の後、生き残った修道女や妹たちからは感謝されたが、
みんなどこか怯えているのは伝わってきた。
彼女はあまりにも強すぎたのだ。
これ以上大切な人たちを怖がらせたくはないし、
この力を誰かのために役立てたいと思った彼女は
ここを離れるべきだろうと結論づけた。
行商人の話によるとこの世界は今、魔王の脅威に晒されているらしい。
遥か北に魔王が支配する大陸があり、世界征服の準備を進めているそうだ。
力ある者として大切な人たちを守りたいという思い。
そして、旅をすれば家族と再会できるかもしれないという期待。
2つの願いを胸に、ダイアナは修道院を後にした。