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第三転

よその弟がどうかは知らないが、

うちの弟は物静かで思慮深い。


姉と関わっても損するだけだと早々に見切りをつけ、

物理的に距離を置くことで被害を最小限に抑えてきた賢い子だ。

兄の失敗を見て育った影響だろうか、とにかく反応が薄い。


姉から無意味にランドセルをズタズタに切り裂かれた時も、

翌日には何事も無かったかのようにそれを背負って登校しようとした。

世間体を気にした両親が引き留めてリュックサック通いになったが、

それにも関心を示さなかった。


彼には音楽の才能があった。

幼稚園に入る前、ピアノ教室の無料体験で発覚したことだ。

それはよく耳にする“絶対音感”ではなく、“天性のリズム感”らしかった。


先生からベタ褒めされてやる気になっていたが、

その才能に嫉妬した姉が邪魔して台無しになった。

彼の演奏に合わせて“おならの歌”、“うんこの歌”など、

しょうもない下品な即興ソングをしつこく歌って意欲を削いだのだ。


中学の入学祝いとして買ってもらったギターは姉に壊された。

これがロックだと言わんばかりに、無意味に破壊された。

姉は「ギターで殴られた」と嘘をつき、両親はそれを信じた。

その日を境に、彼は音楽への情熱を完全に失ってしまった。


事故の当日、姉の車に整備不良があることを発見し、

会場までタクシーで向かおうと提案したのは彼だった。

姉は彼のスマホを取り上げ、風呂の浴槽に沈めて破壊した。

「まだタクシーを呼ぶ気ならこれも壊す」と見せたのは妹のスマホだった。

彼は妹のために我慢し、整備不良の車に乗ることに同意した。


兄も私も、姉の異常行動に面食らって何もできなかった。






口数が少ないので誤解されがちだが、決して冷血漢というわけではない。

謎の真っ白空間で目覚めてすぐに死後の世界だと理解し、

私たちを守れなかったことを悔やんでいた。


「やっぱりタクシーで行くべきだった……

 そうすれば死んだのはあれだけで済んだのに……」


“あれ”とはもちろん姉を指す言葉であり、

もはや家族とも人間とも思っていないのが伝わってくる。


気持ちはわかる。


こんな時くらい泣いてもいいのではと提案してみたが

妹にカッコ悪い姿を見られたくないというプライドにより、

いつも通りの無表情でおとなしく成り行きを見守っていた。

この非日常な状況下では、そのいつも通りの姿が私を安心させてくれた。


異世界への転送が始まった時、私は兄と会話していたので

彼がどんな反応をしたのかわからない。

最後の挨拶を交わせなかったのは心残りだが、

しっかり者の彼ならばどんな場所へ飛ばされても平気だろう。


願わくば来世では自分の意思を殺さず、また音楽に興味を持ってほしい。






時は少し遡り、異世界では一人の少年が処刑されようとしていた。


名前はマイルス。

つい先週までは路地裏でゴミ漁りをしていた孤児だったが、

突然現れた地方領主がその身柄を引き取り、養子として迎え入れた。

絶対に何か裏があるが、空腹だし金目の物を盗むチャンスだったので

喜ぶフリをしながら領主の屋敷へと足を踏み入れた。


しかし食事に盛られた睡眠薬には勝てず、

目が覚めた時には手足を拘束されていた。

やはり出自不明の孤児を養子に迎えたのには裏があった。


領主の実子が国王の別荘に忍び込み、

庭で放し飼いにしている犬が吠え出したので

つい仕方なく撲殺してしまったらしい。

運悪くメイドに現場を目撃され、

犯人は身なりの整った少年だと証言したせいで

愛する我が子が処刑されてしまうかもしれない。


「貴様のような薄汚い孤児とは違い、

 私の息子には輝かしい未来が待っている

 こんなつまらない理由で処刑されるわけにはいかん

 息子の身代わりとして死ねるのだ 光栄に思うがいい」


なんとも身勝手な理由に激しい怒りを覚えたが、

同時に「こんなものか」という諦めの感情も湧いてきた。

それは物心ついた頃から常に感じてきた虚しさだった。

世の中は支配する側とされる側の人間に分かれ、

自分は後者だった。ただそれだけの話だ。


マイルスは取り調べに対して真実を述べたが、

“優しい貴族に拾われたのに国王の別荘に盗み目的で侵入し、

 愛犬を殺した上にその罪をなすりつけようとする卑怯者”

という不名誉なレッテルを貼られて有罪となった。


彼は子供ゆえに斬首刑ではなく、生き埋めの刑に処された。

薬で眠らせて生きたまま埋葬する残虐非道な殺人行為だが、

どこも傷付けずに罪を裁くので、この世界では慈悲深い処刑法とされていた。


睡眠薬を打たれ、薄れゆく意識の中で彼は呟いた。


「こんなものか──」






5年後、マイルスは流れの冒険者として諸国を渡り歩いていた。

誰の下にもつかず、何者の意見にも左右されず、ただ思うがままに生きる。

そんな“支配されない側の人間”を目指して選択した道だった。


直剣だけでなくナイフや槍、斧、棍棒などの近接武器に加え、

クロスボウやスリングなど使える物はなんでも使うスタイルが有名で、

魔法を一切使えない純粋な戦士でありながらもその評判は上々だった。


あの日、土の中で死んだ彼の体には“弟”の魂が乗り移った。

残念ながら彼には転生特典らしきものは何も付与されなかった。

魂の番人は「特殊能力が身につく()()()()()」と言っており、嘘はついてない。


せっかく異世界で新たな生を得られたというのに、

何もできずにリスキルされてはたまったもんじゃない。

とにかくこの場から脱出するため、必死に全身を動かした。


全方位を土に覆われて活路は無いかのように思われた。

しかし奇跡的に雨が降ったおかげで地面がぬかるみ、

柔らかい方向を目指して掘り進んだ結果、

彼は地上への生還を果たすことができたのである。


墓場から蘇る現場を見られていたら、きっと再び殺されただろう。

しかし生き埋めにされた後の少年には誰も興味が無かったようで、

ワイン片手に鑑賞していた貴族たちの姿はどこにも見当たらなかった。


全てがそうだとは言わないが、この世界の処刑は娯楽らしい。

そんな歪んだ娯楽を受け入れたくなかった。

彼はもっと楽しいことを知っていた。


そう、音楽だ。

冒険者として活動し始めてから、剣の次に買った物はリュートだった。

中古の安物だが、この5年間の放浪生活を共にしてきた相棒だ。

吟遊詩人から曲を学び、暇さえあれば練習に明け暮れた。

演奏技術はまだまだだが、リズムの良さはいつも褒められた。


「あ、この曲……

 なんだか故郷の音色を思い出すなぁ」


酒場で話しかけてきたのはネイサンという男だった。

聞けば彼は勇者の末裔らしく、魔王討伐の旅をしているんだとか。

マイルスが演奏していた曲はこの世界のものではなく、

兄が布教していたアニメソングのアレンジだった。

おそらく似たような曲がこの世界にも存在するのだろう。


彼とは不思議と話が合った。

この世界に来てから初めて人との会話が楽しいと思えた。

ちょうどパーティーに前衛が欲しいと言っていたし、

たまにはこんなのもいいかというノリで彼の仲間に加わった。

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