クイーンとジャックは回るもの?(タマゲッターハウス:VRゲームの怪)
クトゥルフ神話は、アメリカの作家H.P.ラブクラフトや友人たちのホラー小説に登場する架空の神話です。
設定を流用した小説や漫画、ゲーム作品などが数多く輩出されました。
今回のお話では、若い男女がクトゥルフ神話を元にした体験ゲームの世界に入ります。
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
既設小説の登場人物も出ますが、旧作を知らなくてもお楽しみいただけます。
青空の中で魚の群れが泳いでいるのが見える。
あっちの空ではクジラが浮かんでいるぞ。
この仮想空間は『海の底』をイメージしているようだ。
なんとなく海外アニメの主人公で、黄色い海綿動物がいたのを思い出す。
「ヒロシー……、そろそろスタートしていいかなぁ」
イルカ型のカートに乗った榊原が言った。
ちなみにオレのカートはエビの形だ。
「ちょっと待て、榊原。まだ黒猫さんの説明があるみたいだぞ」
オレの名は佐田ヒロシ。大学生だ。
友人の榊原マツリといっしょに、まほろばコーポレーションの新作VRゲームのモニターをやっている。
『ニャルラカート』というレーシングゲームだ。
オレたちの身体の本体は、頭にヘッドギアをつけて歯医者さんみたいなベッドで寝かされていている。
ある意味、今は夢を見ている状態のようだ。
今のオレたちは四等身のキャラになって、小さいゴーカートのような自動車に乗っている。
これでレースを楽しめるのだ。
車のハンドルの前に小さなディスプレイがあり、そこに黒猫さんが映った。
このゲームの案内役のAIらしい。
「ヒロシどの、マツリどの。カートの操作のしかたは覚えたかね?」
「えーと、右足のペダルが前進で、左足のペダルがバックだっけ?」
「違うぞ、榊原。左足はブレーキだ。バックは座席の左レバーだよ」
普通のレーシングカートにはバックの機能はないと思うけどね。
「最初は練習だから、コース上には他のカートはいない。ゆっくり走らせて運転のやりかたを覚えておくといいよ。最初は競争はせず、なるべく抜かさないようにしてくれたまえ」
「はーい。じゃあ、黒猫さん。スタートしていい?」
榊原は待ちきれなさそうに言った。
「かまわないよ。そうだ。アクセルとブレーキのペダルはなるべく同時には踏まないようにね。同時に踏むとゲームの点数が下がる仕様になっているよ」
そういえば、実際のレーシングカートでアクセルとブレーキを同時に思いっきり踏むと、エンジンを痛めることがあるって聞いたぞ。
「そんなことしない……と思うけど。自信ないなぁ。まあ、なるべく気を付けるよ。じゃあ、ヒロシ。先に行ってるよー」
マツリのカートがスタートした。
ずいぶんゆっくりと走っているな。
本気で走るとすぐに抜かしそうだな。
オレは少し待ってからスタートした。
ブオオオオオオオ……。
小気味のいいエンジン音と振動だ。
身体が背中側のシートに押しつけられた。
加速の加重もちゃんと感じられるし、オープンヘルメットの顔に当たる風も気持ちいい。
……あれ?
「黒猫さん。ここは海の底っていう設定だよな。顔に風があたるんだが」
「そうだよ。この世界では水の中でも風が吹くんだよ」
「そういうものなのかな。細かいことは気にしない方がよさそうだな。それに『ニャルラカート』っていうから、ネコがいっぱいいる世界かと思ってたよ」
スタート地点の建屋は俺たちの身体が寝てる研究所と同じで、化け猫屋敷の形をしている。
「『ニャルラカート』は元々ホラーの世界という設定で、海洋生物のモンスターが跋扈してたんだよ。いろいろな変更案があって、海底のファンタジー世界に落ち着いたんだね」
もしかしてホラーのクトゥルフ神話にでてる『ナイアーラトテップ』のことか?
ホラーマニアには受けそうだが、苦手な人には売れなさそうだ。
あ、空を大きなウミガメが泳いでいた。その向こうにはイカもいる。
カートをゆっくり走らせつつ、左カーブに合わせてハンドルを切る。
横方向の加重を感じる。よくできてるな。
そのそろ榊原に追いつくかな?
あ、榊原のクルマがコースから外れて止まっている。
っていうか、コース外のサンゴの木に激突したようだ。
宙を泳ぐ魚が榊原の車をつついている。
「榊原、大丈夫か?」
「あちゃー、だよ。カーブでハンドル切り過ぎた。これ、どうやって脱出すればいいの?」
榊原が言うと、黒猫さんの声がした。
「左のレバーを引いてバックしたまえ。そうそう。そこでハンドルを少し左に切ってみようか」
「戻れたー。黒猫さん。運転のしかたをおしえてよー」
「かまわないですよ。では通信はマツリどのに直通でつなぐよ」
「オレはかまわないよ。では先に行ってるぜ」
アクセルをふかして前進した。どんどん加速して気持ちがいい。
前方に右カーブだ。俺は少しブレーキを踏んでスピードを落とす。
ブレーキをゆるめて、コースの左に寄った。
カーブ中に少しずつ右側によりつつ、カーブを出るところでコースに頭を向けてアクセルを踏んだ。
アウト・イン・アウトがカーブ攻略の基本だ。
勢いよくカーブを脱出して、しばし直線コース。
前方に左への急カーブが見えた。
いったんコースの右に寄せて、ハンドルを左に切りながらブレーキを踏んだ。
横方向へのGがきつい……あ、タイヤが横に滑った。
このままではスピンして、コマのようにグルグルまわることになりそうだ。
とっさにハンドルを右に切った。
スピンは防いだが、このままでは右側にコースアウトする。
もう一度左にハンドルを切る。
右・左・右・左とハンドルを切り返し、タイヤを横滑りさせてドリフト走行。
車の頭がカーブの出口を向いたところで、アクセルを目いっぱい踏んだ。
よし、クリアした。
オレは実際のレーシングカート場でレンタルカートに乗ったことがある。
カートの運転のコツを知っててよかった。
「きゃーーーー」
榊原の車が、後ろの方でコマのようにクルクル回っている。
オレも一歩間違えるとああなってたな。
5分ほどかかってコースを一周し終わった。
オレのカートもコースから抜けてピットに入った。ディスプレイに黒猫さんが映った。
「お疲れ様。ヒロシ。走った感想はどうだね?」
「ああ、面白かったよ。黒猫さん。実際のレーシングカートでは手や足が痛くなることもあったけど、このゲームはそこまでは再現されないよね」
「それはないよ。プロのカートレーサーにモニタリングしてもらったときには、そういうリアリティさも再現させようという意見もあったよ。だけど諸事情でボツになった。プレイヤーの身体が体調をくずす可能性もあるからね」
話しているうちに、榊原のカートもピットに戻ってきた。
「あれー? 車から降りるときはどうすんのー?」
「このバージョンでは車を降りる機能はないよ。あ、例外はレースで表彰台に上がるときだけ車からでるよ」
「そうなの? じゃあ、レースをやってみようよ。ライムいるー?」
「はいですの。ご用ですか? 茉莉さま」
榊原がきくと、俺と榊原のディスプレイに金髪の女の子の顔が映った。
ライムはオレたちの友人で、メイド型ロボットだ。
感情のあるAIが搭載されていて、VR世界にもつなげてもらっている。
「せっかくだから、ライムも一緒にレースに出ようよ。運転できるんでしょ?」
「やりたいですの。それでは失礼しますですの」
ピットの中にウミガメ型のカートが出現した。
4等身ミニキャラになったライムが乗っている。
そこでディスプレイの黒猫が言った。
「ヒロシどの。マツリどの。他のAIのカートもレースに出せるが、どうするかね。初心者モードだからAIにはハンデをつけるがね」
「ああ、他のカートも出してくれ。そっちの方がレースらしいしね」
「あたしもいいよ~。それでハンデはどうすんの? 時間を遅らせてスタートさせるの?」
「AIはライムの車も含めて最高時速三十キロしか出せなくなっているよ」
オレと榊原の車は六十キロまで出せる。
でも、AIのはスピンとかコースアウト、それに車同士のクラッシュがないだろうから、ハンデとしてはちょうどいいかな。
「あたしはそれでいいよ~。よーし、絶対一位でレースクイーンになってやるっ」
レースクイーンって、そういうのだっけ?
オレたちは徐行でカートをピットから出して、スタートラインに並んだ。
超初心者の榊原のカートは先頭。オレは真ん中ぐらい。
ライムの車は最後尾のようだ。
「では、前方の信号が緑になったらスタートだよ」
黒猫さんが言うと、前方で上下に並んだランプがカウントダウンするように上から消えていく。
一番下のランプが緑に点灯した。スタートだ。
俺はアクセルを踏みこんだ。