晩冬の空へ飛び込む
口ずさんだ音符はすーっとと空へ抜けようとして、でも鈍色の空はそれを許してくれなくて、ごつんと跳ね返され僕の耳へと帰ってきた。
狭い狭いこの空間には生活に必要な机に本棚、キッチンに冷蔵庫、ベッドが所狭しと置かれていて僕とモノ、どちらのために借りている場所なのかよく分からない。
ドアを開け階の端にある階段を登ると、ガタンゴトンと電車の通る音がいつもよりハッキリと聴こえた。そして被せるように響くムクドリの唄声は、ハモリとは言い難く、まるで音同士をぶつけ合ってるみたいだ。勝ち負けをつけたがるのは動物の本能なのだろうか。
勝った、負けた。
優れている、劣っている。
比較する事で技術には発展してきたと言われているこの社会は比較対象をズンズンと広げ、今では目に見えるモノどころか画面の中の感情の無いテクノロジーにまで達してしまった。
数字で現せないその対象は、もはや現代の価値観では優劣をつけることさえできず、その結果として圧倒的な敗北感を社会に浸透させた。無知こそ罪だと言わんばかりのテクノロジーの反乱は、人から時間を、そして仕事を、親友のフリをして奪っていく。
でもそれに人々は気づかず、そこで得られるべきであった、生きていく上での意味みたいなものに気づく舞台にすら上げてもらえず、ただ人生を消化することに一生を費やしている。
抜け出したい、そう思えば思うほど深みにハマって、手を伸ばした時に助けてくれるのは人ではないモノたちであった。引っ張り上げるフリをして手を離す瞬間を待っている。結果それが人ではないと気づいた時にはもう遅く身体は完全に沼の中、指先の第一関節しか残っていなくて、もうやるべき事は三途の川の渡り方と空への飛び方を考えることしか残っていなかった。
立ち止まり足を揃え、視線を上げ空を見る。雲ひとつないその青々としたそのパレットはこんな僕でも混ぜて一部に変えてくれそうな気がした。
勇気を持って踏みそう。
中学校の先生が言っていたその言葉の重さに今初めて気づいた。
震えるその右足をキャンパスへと伸ばしていく。
地球の重力から解放されて急に体が軽くなった。
初めて知った足の重さに感動しながら、今度は身体を委ねる。
ありがとう、先生。
僕は自由へと飛び立つ。