20.
麻耶の目の前にはカソックの男がいた。
涼真がフェルナンと呼んだ男。
ライトブラウンの髪色をした白人。
青い瞳の男だ。
テーブルをはさんで、お互い椅子に座っている。
ただし、麻耶の両腕はひじかけに縛り付けられていて、自由はない。
ついでに、背後に修道服の女性が二人。
おそらくは監視役なのだろう。
「改めましてご挨拶を。我らが聖母マリア。私はフェルナン・フェルナンデス。あなたのために、ヨーロッパから、この極東の地までやってきた」
「あたしはマリアなんかじゃないわ。藤倉麻耶。ただの人間よ」
「いいえ」
フェルナンは、かぶりを振りつつ、口を開く。
「藤倉進が17年前、君を連れて逃げたことはわかっている」
「父さんが何をしたのよ」
「今から20年前、我らが古き栄光の騎士修道会の兄弟は、一つの発見をした。当時、奇跡認定のため、神学と並行して科学を学んでいた兄弟だ。聖母の顕現で発生した奇跡。その中に、聖母の生体が存在すると。聖母の像が悲しみのあまり、血の涙を流された。だが、その血はどこから現れたのか。いたずらや聖母を詐称するものらの犯罪も、さまざまなケースの中に「どこからでもない、どこかから」現れたとしか思えないケースが存在した。
それらの血液をあちこちで発生した奇跡から丹念に最終した、その兄弟は、それを使って卵子の培養に成功した。
十二個のそれは、十二の母体に移植され、十二人の赤子となった。
その赤子たちを聖母騎士修道会の連中がことごとく殺していった。
その時の殺人部隊の一人が、君が父だと思い込んでいる藤倉進だ」
「父さんが……」
人殺し? いいえ。そんな覚悟はしていた。
だけど、赤ん坊を?
「聖母騎士修道会の連中は許せなかったのだよ。彼らは、生まれてくる赤子を『聖母のまがいもの』と信じてしまった。そして、一大殺戮を行った。
だが仕方ない。特別な赤子が生まれるとき、同時に生まれた赤子が死を賜るのは、歴史上、やむを得ぬことだ。そして、神は君を見捨てなかった。こともあろうに、君を殺すためにやってきた者が、君を助ける側に回ったのだ。藤倉は悔い改めたのだよ」
「……」
「だが、藤倉は赤子を『ただの娘』に堕そうとした。救ったことは評価するが、しょせんそこまでの男だったのだ」
「父さんは、今、父さんはどうしてるの?」
「死んださ」
「え……?」
「聖母騎士修道会のディエゴが殺したよ。彼にとっては、二度と許せぬ裏切り者だ。名前を変え、顔を変えても魂は変えられない。まあ、でもいいじゃないか。あの異教徒が仇はとってくれたぞ」
麻耶は気が遠くなりかけた。
死を考えなかったわけではない。
だが、考えたくはなかった。
だから。
希望にすがった。
すがった希望が今、打ち砕かれた。
「あたしをどうしたいの?」
「子どもを産んでもらうよ。新たなる千年紀を救う、救世主を。本国の研究チームが我らが救世主の遺伝子を抽出している」
「救世主の遺伝子?」
麻耶は思わず聞いてしまった。
「世界各地の聖遺物から、『本物』を探しているのさ。現在、五つまで絞り込んだ」
「ど、どういうこと?」
フェルナンは笑った。
「そこから、救世主の遺伝子が見つかれば、あとはそれを君の胎内にお戻しするだけだ。そして、この壊れかけた人類の歴史に、真なる救世主をお迎えすることができるのだよ」
麻耶は自分の胎内に、無理やり宿らされるという事実に恐怖した。
そして、それ以上に真剣にこんなことを追求しているフェルナンに恐怖した。
「あんたたちの言いなりになんて、なるものですか」
「心配ない。強情な人間に言うことを聞かせる手段には不自由していない。しばらく、この部屋で待っているといい」
フェルナンは立ち上がった。
「セシリア、ラクス。お前たちは聖母様から目を離すな。いいな」
修道服の女性二人が、恭しく頭を下げた。
その手には銀色に光る武器があった。
絶望が麻耶の中に満ちた。
だが、その絶望の中、思い返すのは、どこか飄々とした、若い僧侶の姿だった。




