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終末における現代異世界転移学概論  作者: 藤原咖哩展
1回目
1/2

プロローグ

 西暦20XX年。


 日本は元号が平聖から黎和へと変わり、ぬるま湯の平和にどっぷりと浸かっていた。


 テレビからは毎日のように現政権を叩いたり、芸能人の不倫に盛り上がり、プロスポーツ選手の活躍に盛り上がる。

 人々はスマホに依存し、あらゆる情報を瞬時に膨大な量を得ることができる。

 漫画も、映画も、音楽もスマホがあれば見れ、世界中の誰とでもSNSで繋がることができる。

 社会の福利厚生も充実して、たまにその手から溢れる人々がいるが、目をつぶって誤魔化して概ねは回っている。良いか悪いかはともかく。

 さりとて、食べるものにも、水にも困らない。


 今この時世界は、人類は、日本は、様々な問題はあれど、栄華を極めていたのだ。



 

 ――その日までは。




 真夏の蒸し暑い日だった。

 

 いつもの下校中に、海堂原かいどうばらヒナタが空を見上げていた。

 太陽がこれでもかと言うほどに眩しく、ヒナタの金髪がキラキラと光を反射させている。


 ヒナタは手で日光を遮りながら、眼を細めて、空のその異常を見ていた。


 飛行機が。


 黒煙の尾を引きながら炎上する飛行機が落下していくのが見える。


 雲一つない青空に、一筋の黒煙が、幼児が2Bくらいの鉛筆を握りしめてズルズルと引くような黒い線が引かれていく。

 

 その非現実的な光景は、まるで映画のようで、漫画のようで、ヒナタはぽかんと口を開けて黒煙のしっぽを目で追うことしか出来なかった。


 しかし、ヒナタからの角度では、そのまま行くと、飛行機が一際高いマンションに向かっていくのに気づいた。


「うっわー!え!シズクのマンションじゃん!?やっば!」


 ヒナタは周りで空を見上げて騒つく民衆を掻き分けて、走り出した。


 


 



 同時刻、絶賛引きこもり中の紗凪森さなもりシズクは、自宅の高層マンションの窓から落下する飛行機を眺めていた。


 山積みにされたゲームや、マンガ。スナック菓子の袋と冷凍食品の空きトレイ、それにコーラのボトルが散乱している。

 ゲーミングチェアに座り、モニタは複数置かれ、正面はゲームだが、あとの2面は為替や株価のチャートがリアルタイムで流れていた。


 カーテンの隙間から、さらにはボサボサに伸びた黒の前髪の隙間から覗くように、墜落していく飛行機を目で追う。


 その光景がゲームの中の光景か、現実世界の光景か。


 すでに三日徹夜しているシズクの微睡んだ脳は、理解を放棄した。


 戦争系FPSゲームにどっぷり浸かったシズクには、落ちていく飛行機を見ても、()()()()()()として、顔色一つ変えず、再びモニタの中の敵に目を向けた。


 しかし。


 数十秒後、嫌でもゲームから現実世界に引き戻された。


 黒煙の尾が地平線に着いたところで、一瞬大気が震えたような音がして、爆炎が上がった。


 ビリビリと窓ガラスが揺れる。


 いったい何処に墜落したのか。


 石油、ガスのコンビナートか。

 

 とても飛行機一機の墜落で起きる衝撃では無かった。


 「痛ってえ…な」


 シズクは衝撃で椅子から転げ落ち、久方ぶりに言葉を発したせいか、小さい悲鳴を上げた。


 ゆっくりと立ち上がり、カーテンを開けて、窓の外を見る。


 シズクの住む部屋は高層マンションの最上階で、東京湾も見る事ができる。


 飛行機が落ちたのは、港湾地帯の方だ。


 しかし、飛行機が落ちた場所は分からなかった。


 1キロ先ほどは全て火の海で、ビルも家屋も倒壊し燃え盛っており、墜落現場は判然としない。


 何に誘爆したのか。地獄絵図が広がっている。


 ごくりと、喉を鳴らした。


 現実味の無い光景に言葉が出てこなかった。


 しばらくは呆然とく観ていたが、徐々に頭が回り始める。


 多分、このマンションまで火の手が上がる事はない。


 災禍は痛ましいが、ただの引きこもりの高校生である自分にできる事なんて何一つ無い。――はずだ。


 かと言ってニュースを追って、はしゃぐつもりも起きなかった。


 社会と断絶しているシズクには、興味を持つ事もなんだか申し訳無いような気もするし、やはり面倒なような気もする。


 それに、しばらくすればネットのまとめサイトに詳しく載るのだ。


 事故の原因は?

 機長は?航空会社の責任は?

 一体何が爆発したのか?

 被害者の数は?名前は?

 そのうち被害者の誰々が可愛いとかまで流れるだろう。


 胸糞悪くなる情報までが、きっと溢れかえる。


 人間の悪意は誰だって苦手だが、シズクは特に苦手だった。


 ぐるぐると頭の中を、そうした悪意的思考が駆け巡る。

 カーテンをギュッと握りしめて、うつむいた。


 そして、災禍の犠牲者に向けてなのか、目を瞑り、心中でごめんなさい、ごめんなさい。と呟いた。


 ――シズクはそっと、カーテンを閉めた。


 そして、何一つ楽しく無さそうに、澱んだ目で再びゲームのモニタに向き合い、マウスとキーボードに触れた。


 ゲームを再開するシズクの脳裏で、邪悪なピエロが「さあゲームの始まりです」とすました顔で告げ、クラッカーを鳴らし、破顔してケタケタと笑った気がした。

 

 そして、それは確かに始まりの合図だったのだ。


 世界改変。


 世界崩壊。


 そして。


 ヒナタとシズクの世界を渡る旅の始まりの合図だった。



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