冥界の支配者ヘルは恋をしたことがない
「凄いことなりましたねって........」
ジークフリートは遠目でヘラヘラと嗤うヘルに対し戦々恐々とする。レギンの主砲で肉体の八割以上を失ったにも関わらず再生して見せた。そして倒壊しそうな城の上でぶつぶつと楽しそうに一人呟いているのだ。
「化物かな?」
「_______うん、難敵だね。」
ロキが淡々とそう返す。
(難敵、か..........冥界の女王、強すぎ問題について)
主要人物の殆どを殺害されてしまった。どれもなす術もなくだ。ラグナロクの再来、第一巨人であるヘルの存在を嘗めていた。クリームヒルト達が死亡したことには悲しみを感じるが、今は恐怖で精神が支配されている。あの化物と対峙しなければならないと考えるだけで足がすくむ。
「ロキ、勝てそう?」
「ジークフリート......僕にも出来ない事だってあるんだよ?」
ロキはそう言うが、目の奥にある闘志が消えていない。何らかの策はあるらしい。けれどどこか迷いが見える。
「__________ジークフリート、俺は行くぞ。」
グローアは剣を鞘から抜き、冥界の女王の元へと向かおうとする。あれをみて行こうとするとは阿保なのだろうか。
「お前さんが行っても無駄死にするだけだぞ。作戦を考えてからにしてくれ。三人で何とかヘルを倒す方法がもしかしたらあるかも知れない。模索しよう。」
冥界に来た七英雄は全滅した。そして自分達三人とベオウルフ先生を除く序列上位組も死んでしまった。て言うかベオウルフ先生、沢山の死者達に因縁つけられて未だに城に辿り着いていないんだが。教職につく前にどれだけの恨みを買ってるんだ、あの人。
(ロキとグローアは強い。強いけど、ヘルには勝てない........先程の戦闘を観察して分かったけど冥界の女王はまさにスーパーマン。凡人がスーパーマンに敵う筈がない。ならばどうすれば勝てる。バットマンみたくクリプトナイトでもあればスーパーマンは倒せる。けどヘルはそのような弱点を持ってるのだろうか。否、分からない。彼女は自分を正しく「神」と定義していた。)
恐らく冥界の女王ヘルは魔王仕様だ。
ロールプレイで言うこのフィールドでは魔王にはダメージが通りにくいと言うものだろう。それに相手の特性を見透す「目」も持っている。仕舞いには化物染みた超速再生。細胞残らず消し去る圧倒的火力が必要だ。そこでレギンなのだが、彼女は既に技を使用して意識を失っている。
(_____________レギンがあの技をヘルを拘束した状態で三度ぶつければ勝てる。現実問題それは出来ないが恐らく可能ならば勝てるだろう。それかクリームヒルトが覇王としての熟練度を限界値まで極めていた場合だ。)
覇王の覚醒能力、それは重力操作である。10G以上の出力で押し潰し、拘束した後に覚醒能力最終奥義である「ブラックホール」を発動させる。
(違う次元に落としてしまおう。そうすれば1/3のアングルボサの呪いは解呪される。)
すべての勝てうる可能性を考えた。けれど現実は非情かな。レギンは主砲を1日に一発しか打てず、クリームヒルトは熟練度が足りて居ないために最終奥義は使えない。何よりも死んでしまった。万事休す。俺たち三人では抗いようもない。
「___________何かいい策は思い浮かんだか、ジークフリート?」
熟考していたらグローアから声が掛かる。
「あぁ.......うん、俺たち詰んでるって考えに纏まった。」
全滅エンド以外に考えられないです。ロキも何やら考えている様子だけど、めっちゃ嫌がった表情を浮かべては自分の頬を叩いている。一体どんな作戦を思い浮かべているんだ.......
「はぁ.......忍耐は怠慢、怠慢は傲慢、耐える堪えるぞ韓信匍匐。行こう、ジークフリート、グローア。」
凄くやる気のない様子のロキ。だが、ロキにはこれまでの実績や実力があるんのでグローアとジークフリートは黙って着いていく。
「ただ、全力で死なないように回避と後退を続けて。あることを達成出来れば、この戦いには勝てるから。」
ロキの露骨に嫌な表情が引っ掛かる。それと勝つ為の鍵は自分にあると言う。どういう意味だと聞いても答えてくれない。
『____________あなた方が実質最後の生者ですね。死ぬ準備は出来ましたか?』
城の屋根から地上へと降り、ジークフリート達へとフランクに話を掛けるヘル。
『今の私は機嫌があまり良くありません。後ろのお城を見て下さればお分かり頂けるでしょうが、お家が倒壊寸前です。弁償........してくれますか?』
こつこつと足音を響かせ此方へと近づいて来る。
「どう弁償すればいいんだ。直せって言うんじゃないだろうな。」
『いいえ、最初に言いました通り、死んで償って下さい。もちろん、最後には生き返らせて地上へと返して上げますから悪い取引ではないと思うんです』
禍々しい殺意と瘴気を纏わせて10歩先まで近づいて来る。これ以上近づかれたらヘルの攻撃を避けることは出来なくなる。
『ばぁ!』
「「「!!?」」」
自分達の正に背後に立ち、背中合わせに体重を掛けて来る。
『あはは、驚きました。私って軽騎士みたく「縮地」も出来ますし、転移だって冥界内なら自由自在なんですよ。殺ろうと思えばあなた方が此方の世界に落ちて来た際にでも命を奪えました。でもしなかったでしょ。』
「.........なぜ?」
グローアが冷や汗を浮かべ訪ねる。
『私が真に地上へと侵攻したのはガルムの件を除き一度のみ。お父様に命じられてラグナロクの際に「死船ナグルファル」を起動させたんです。巨人や死者の軍勢を乗せてアースガルズに攻め込んで沢山の者達をヘルヘイムへと誘いました。まぁ、最後は巨人族のスルトが振るった終末剣で世界ごと船は消えてなくなりましたがね。まぁ何が最終的には言いたいのかと言うとですね、殺す必要がないのならば無理に殺さずとも良いのです。』
これまで会って来た人物達の中で唯一まともな思考をお持ちの気がするのは気のせいだろうか。
『そもそも私はアングルボサの呪いの元凶以前に冥界の神。この一世界を統治している最高責任者です。貴方方も死すればこの世界へといずれは辿り着くのです。その者を殺そうとしている貴方方こそが世界の脅威だと思うのですよね。』
「だ、だが、貴方を殺害すればアングルボサの呪いを弱めることができると聞く!」
『確かにアングルボサの呪いは弱まるでしょう。ですが私が死した後、ヘルヘイムはどうなりますか?平穏とは程遠い混沌とした死の国へと生まれ変わりましょう。』
グローアは言葉に詰まる。何も言い返せない。
『お城に来た全ての生者達に説明をしておりますが、アングルボサの呪いは呪いなれど人だけで対処が可能でしょう。』
確かにアングルボサの呪いは地上にいる人間達だけで十分に対応出来ている。
「もしそれでも呪いを弱めたいのならば、「世界蛇ヨルムンガンド」と「大狼フェンリル」を倒しなさい。七英雄や今代の戦士達は質がいい。鍛えれば我が兄達を討伐出きるでしょう。ラグナロクの際に暴れに暴れたのです。お灸を据えて上げなさい。』
冥界の女王はそう説明するが恐らく意図するはその二人の巨人を冥界へと来させる為だろう。
「兄妹水入らずに過ごしたいんだな。」
『鋭い.......アングルボサの呪いの2/3を弱められる上、私は再び兄達と再開できる。』
確かにそれはwin-winの条件になる。だが、本当にそれを承諾すべきなのだろうか。
(地上にて二体の巨人を殺し、ヘルヘイムへと送る。そして三人が揃う.........)
ヘルに気取られないようにロキへと視線を向ける。
(そう、ジークフリートが考える通り最悪の結末を迎える。)
ヘルは恐らく地上へと攻め込む手筈を整える。
『あぁーあ.........だから、あまり頭が回る人間は好きではないのです』
グローアの右腕が空中を舞う。
「ジークフリート、グローア!!離れて!!!」
ロキが叫ぶ。直ぐにヘルの聴覚を潰し視界を支配する。
『________あぁこの能力は、ふふふ、そうですか、そうでしょうね。ウートガルザ・ロキ。お父様の伝承とよく混合された巨人の王。最強の巨人の一角。生きていたんですね。」
ロキがヘルを見たこともない形相で睨み付ける。するとヘルは地面へと体勢を崩し、倒れる。ロキにより視界をずらされたのだろう。
「何を言っているんだい.....僕は男爵家から勘当された"ただ"の人間。名前をロキ、『道化師』の職業を選定されたちょーと悪戯ずきなエルフさ。」
ヘルは視線を上げ、ロキを嗤う。
(そう自分へと自己暗示を掛けているのですね.......滑稽なことです。)
ヘルは何事もなかったかのように立ち上がり、ロキの正面へと転移する。
「貴方は更なる火種を撒きそうだ。」
「ジークフリートに触れて見ろ。冥界よりも深い闇を見せてやる。」
ヘルはロキの耳元でそう呟く。ロキも同じくヘルだけに聞こえる様にボソリとそう呟く。
「________________そう言われると触れて見たくなるのが神の定め♪」
「ッ!!!」
ジークフリートの元へと転移し、兜へと触れるヘル。そして兜は塵の様に消え去り、素顔が露になる。
「............え?」
「ん?」
ヘルは驚きの表情を浮かべる。それと同じくジークフリートも素っ頓狂な声を上げた。
(......................物凄くタイプ)
冥界の女王はすかさずジークフリートの手を取り、告げる。
「________________私と家庭を持ちませんか?」
第三歌章完ッ!!
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